さらなる効率化を目指して クルマづくりはこの先どうなる?
2020.01.10 デイリーコラム勢いを増す“シェア”
「バッジエンジニアリング」という言葉、ご存じでしょうか。要は、ひとつのエンジニアリングを多数のブランドや車名で共有することで、自動車業界においては昔からネガティブイメージの強いものです。
身近なところでは、トヨタのミニバン「アルファード」&「ヴェルファイア」。さかのぼると「マークII」3兄弟などもそれにあたりますが、これらは灯火類やアウターパネルなどから銘柄ごとの差別化が施されていますからまだマシなほう。1960~1970年代のイギリスにおいては、モーリスやライレー、ウーズレーなど民族資本系メーカーが合併の名の下に束ねられたこともあり、「ADO15-16」系を筆頭に大量のバッジエンジニアリングカーが製造されることとなりました。
が、当時は灯火類も規格品が主流で意匠的なすみ分けが難しく、「見た目で違うのはグリルのみ」といった、ブランドの哲学を無視したモデルも乱造される始末。それが見事にイギリスの自動車業界の衰退と重なったこともあり、禁忌的な意味合いが濃くなったんですね。
とはいえ、バッジエンジニアリングは途絶えたわけではありません。広義的にはむしろ以前より盛大に手がけられています。例えばフォルクスワーゲン・グループのMQBモジュール。前軸中心からフロントカウル部にかけての構造を固定化し、それ以外のディメンジョンはブツに合わせて可動できる設計で、B/C/Dセグメントの車両に幅広く対応するものとなっています。これはすなわち、設計工数の削減のみならず、近年更新慌ただしい電子系のアーキテクチャーの共有も実現するほか、製造設備の統一を条件に世界中での柔軟な生産性向上を達成……と、多大なコストメリットももたらしているわけです。
「車台の共有」と「多車種化」で勝つ
フォルクスワーゲンで言えば「ポロ」に「ゴルフ」に「パサート」に「ティグアン」に「Tクロス」……MQBを用いる車種は、アウディはもちろん、シュコダとセアトに至ってはラインナップの大半と、今や壮大なファミリーとなっています。年間の販売台数は軽く300万台オーバー。ディーゼル問題やWLTP認証絡みの販売遅延もあって予定通りとはいきませんが、グループ全数の3分の1をカバーするほどの一大勢力と化しています。
同様にMLBやMSBモジュールもグループ内で広く共有されていますが、これによるリードタイムやコストの圧縮分は、ブランドごとのドライバビリティーの調律やマーケティングの費用にあてがわれています。今や“比類なきもの”さえつくっていればカスタマーがおのずと引き寄せられるという時代ではない……とすれば、このようなリソースの振り分けがブランドのテンションを維持する上で大切になっていることも否定できません。
2000年代以降、商品力や技術力で世界の自動車産業をけん引してきたドイツ勢。それを数的な結果と結びつける必勝方程式は、この広大な車台共有構想に加えて、それを生かしきる多車種展開です。で、その多車種展開をたくらむ上で、中国を筆頭とする商圏および富裕層の拡大やSUVブームなどが追い風となったことは明らかで、例えばアウディでは、いつの間にやら「A」でも「Q」でも、1から8までの数字で使っていないのは数えるほどになっています。同様に、メルセデス・ベンツやBMWにおいてもこの10年で車種数が劇的に増えているのはご存じの通り。そしてこれら3ブランドの2009年と2018年の世界販売台数を比較すると、軒並み6割前後増となっています。
このアウディの勢いも原動力となってか、フォルクスワーゲン・グループの同期間の販売台数は約4割増です。同時期のトヨタグループ全体の世界販売が2割増程度と知れば、成熟した自動車産業にあって、ドイツ勢の成長ぶりは常軌を逸していたと言っても大げさではないでしょう。
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今後の要はパワートレイン
しかし、転機は確実に訪れています。まずドイツ勢が推し進める電動化の青写真を見るに、現状のR&D(研究開発)を延長線的に維持することは難しい。電池、モーター、パワー&エネルギーマネジメントの開発体制を組み立てる一方で、CASEの全領域に対応するソフトウエアエンジニアリングを専門化させることは、急務となっています。既にフォルクスワーゲンなどはこの領域に大ナタを振るっていますし、アウディやダイムラーは大規模な人員削減も辞さずの勢いで構造改革を始めました。
これが今後の車種数削減も伴うことになるのは疑いがありません。ましてや、ドイツの自動車メーカーは自前商圏のCAFE規制や最大商圏である中国のNEV規制を踏まえて、サブブランドを立ててまでのEV&PHEVシフトへとかじを切っています。そうでもしなければ出血は必至。もはや「1gのCO2が会社の健康を左右する」という状況ですから、燃費の悪いモデルが相当厳しい扱いになることは避けられません。数だけ積んでればオーケーという時代から、いかにすみ分け、売り分けながら、可能な限り規制のクレジットを回避しつつ利益を立てていくかという時代に……。今後はこの難しい駆け引きがエンジニアリング的にもマネジメント的にも求められることになるはずです。
今後のクルマづくりで注目されるのは、多車種展開を容易にするバッジエンジニアリングではなく、各車種のユーザーニーズに合った多様なパワートレインを吸収できるバッジエンジニアリングかもしれません。これを進めるとともに既存車種やグレードは、環境性能と企業収益面で効率の低いものから整理されていく。前述のアウディの場合、発表されている次期社長がその筋を踏襲するかは不明ですが、アウディの現社長は既にその件についても言及しています。それを踏まえて、現在掲げられている電動化向けサブブランドが、一気にではなくじわじわとそのプレゼンスを増していく。その筋書きをわれわれが実感できるようになるのは、早くても5年くらい先ではないかと僕は思います。
(文=渡辺敏史/写真=フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、ベントレー、webCG/編集=関 顕也)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。