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第161回:涙が出るぜ! おっさんポルシェ

2020.02.04 カーマニア人間国宝への道 清水 草一

300万円台で買える「911」

久しぶりに会ったモテないカーマニア仲間のS氏(おっさん)。彼はいつのまにか「ポルシェ911」に乗っていた。

S氏はそれまで、激安(確か150万円ほど)の「メルセデス・ベンツSクラス」に乗っており、私は「激安Sクラス、いいね!」と絶賛していたが、いつのまにか911にくら替えしていたのである。

といっても激安志向は相変わらずで、S氏の911は断然不人気の996型カレラの「ティプトロニックS」(後期型)だった。ある意味「やっぱりネ!」とも思ったが、激安にこだわるその姿勢はアッパレであり、強い興味をそそられた。

私:これ、いくらだったんですか?

S氏:300万円弱です。ただ、買ったときは車高が落ちていて、ホイールも下品だったので、そのへんをノーマルに戻したら、それだけで数十万円かかっちゃって、結果的にあんまりお安くは収まりませんでした。

それでもまあ300万円台だ。今日び、300万円台で買える911は996型ティプトロしかあり得ない。

相場を見ると、911の最安層はほぼすべて996型で占められており、その他のモデルはおおむね500万円から。500万円未満の911はほとんど全部996型! といってもいい。ああ悲しみの996型。

私は911を買おうと思ったことはないが、カーマニアなので、「もしも買うなら」という妄想は常に脳内でうごめいている。そのMy妄想によると、「996型だけはダメ!」となっている。なにせ996型は911の超負け組。あの涙目型ヘッドライトを見るだけで、なんとなく元気がなくなってしまう。

カーマニア仲間のS氏と筆者。
カーマニア仲間のS氏と筆者。拡大
S氏の愛車、996型の「ポルシェ911カレラ」。
S氏の愛車、996型の「ポルシェ911カレラ」。拡大
S氏の愛車のホイールは、ノーマルのものに変更されている。
S氏の愛車のホイールは、ノーマルのものに変更されている。拡大

懐かしの“涙目”モデル

しかも996型の涙目は、なぜか大抵黄ばんでいる。そりゃまぁポリカーボネート製のヘッドライトは紫外線等によって経年で黄ばむものですが、996型の黄ばんだ涙目は、貧乏の証しに見えてならない。

ポルシェに乗ってるのに貧乏扱いされるなんざ割に合わん! そのような雑念により、「996型だけはダメ!」となるのです。「GT3」は除きます。

ただ、ヘッドライトが黄ばんでない996型は、それほど貧乏臭く見えない。S氏のポルシェは黄ばんでなかったし、白いボディーカラーのノーマルということもあり、意外と上品に見えたのでした。

S氏:ヘッドライトの黄ばみは、一生懸命磨いて落としたんですよ。ホイールもわざわざノーマルを買い直しましたし。

これなら、新車で買ってずっと乗っているお金持ちに見えないこともない。

思い起こせば我が亡き父は、かつて996型のティプトロに乗っていた。20年ほど前、70歳を目前にして「もう一度ポルシェを買おうと思う」と言い出し、新車を買って数年間乗ったのでした。

それまで父は2度、911に乗っている。最初は68年。私が6歳の時にナローの「911Sタルガ」を買い、周囲に死ぬほど自慢しながら乗り回した。

その約20年後には、930型のタルガを買った。それは私も運転させてもらいまして、新車のナラシで伊勢神宮にお参りしました。その車内でラジオを通じて天皇陛下の崩御を知り、新元号「平成」も知りました。私の平成はポルシェとともに始まったんでした。

930型は、いま考えれば手ごわいクルマで、数年後、60を前にして父は「もうムリだ」と言って「ソアラ」に乗り換えたものの、今度は70を前にして「もう一度」となったというわけです。

S氏の愛車のヘッドライトは、黄ばみが落とされ、貧乏臭く見えることはなかった。
S氏の愛車のヘッドライトは、黄ばみが落とされ、貧乏臭く見えることはなかった。拡大
S氏の愛車の走行距離は、6万kmを超えている。
S氏の愛車の走行距離は、6万kmを超えている。拡大
筆者が20代だったころ。父の愛車だった「ポルシェ911」(930型)と。
筆者が20代だったころ。父の愛車だった「ポルシェ911」(930型)と。拡大

ヌルくユルく快適な走行感

996型カレラのティプトロは、実にポルシェらしくないというかユルいというかヌルいというか、マニア心に刺さるところのない911で、断然不人気なのもむべなるかな。クルマのことは全然よくわかっていなかった父も、996型については「まったく普通のクルマだ」と言い残したほどである。だからこそ70で乗れたんですが。

S氏の996型を前にして、そのような亡き父の思い出がよみがえり、つい目頭が熱くなってしまった。そして、とても運転したくなってしまった。私はS氏にお願いして、ちょっとだけ試乗させてもらうことにした。

エンジンはまったく問題なく始動した。ティプトロをDレンジに入れて発進する。

おお、トルコンスリップ! これだよこれ、996型のヌルいトルコンスリップ懐かし~! それにしてもステアリング径がデカい! こんなにデカかったっけ? ステアリング径はデカければデカいほどオッサンになる。このトルコンスリップとデカいステアリングのハーモニーは、まさに“ザ・おっさんポルシェ”!!

アクセルをグイッと踏み込めば、ポルシェらしい水平対向サウンドが響き、「この瞬間がポルシェだよね」という雰囲気も一瞬出るが、基本的にはおっさんポルシェはユルくヌルく快適に走る。60を前にして空冷重ステのポルシェを降りた父が、70を前にして再び乗ったポルシェだけのことはある。

そういえば、父の996型の売却をまかされた私は、買い取り業者さんとの雑談で、こう言われたのを思い出した。

「フェラーリに乗っている方にすれば、これは普通のクルマかもしれませんが、一般の方にはポルシェなんです。本当に特別なクルマなんですよ」

真理であった。カーマニアの歪(ゆが)んだ目にはおっさんポルシェに映っても、一般の皆さまにはポルシェはポルシェ。カーマニアのふだんの足として、300万円で911が買えるなら、決して高くはないだろう。つーか300万円で買える911はこれだけだし。

(文と写真=清水草一/編集=大沢 遼)

「911カレラ」(996型)のティプトロニック仕様は“ザ・おっさんポルシェ”だ!
「911カレラ」(996型)のティプトロニック仕様は“ザ・おっさんポルシェ”だ!拡大
「911カレラ」(996型)はステアリング径がデカい!
「911カレラ」(996型)はステアリング径がデカい!拡大
「911」が300万円で買えるなら、996型もアリ?
「911」が300万円で買えるなら、996型もアリ?拡大
清水 草一

清水 草一

お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。

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