ハイパーカーは? F1は? ストロール氏の買収劇からアストンマーティンの今後を占う
2020.02.17 デイリーコラム新たな株主はカナダの大富豪
2020年の1月の末から2月の頭にかけて、アストンマーティンのファンやF1のファンにとって、少しばかり衝撃的ともいえるニュースが流れた。カナダのビリオネアにしてビジネスマンであるローレンス・ストロール氏と彼が率いる投資家グループが、アストンマーティン・ラゴンダ社の株式の16.7%を1億8200万ポンドで買収し、それに伴ってストロール氏と彼のグループが所有するレーシングポイントF1チームが、2021年以降はアストンマーティンのワークスチームとしてF1に参戦する、というものだ。アストンによるレッドブルF1チームへのスポンサーシップはこの2020年一杯で終了となり、レッドブル・アドバンスト・テクノロジーと共同開発してきた「ヴァルキリー」のプロジェクトはクルマの生産が終わるまで継続される、という記事も目にした。
この駄文をしたためている2月13日現在ではアストンマーティンからプレスリリースが出ているわけでもないので、あくまでも欧州メディアの報道をベースに話を進めるしかないのだが、これらの情報は1月31日にロンドン証券取引所へ提出された書類の中に明記されているという。また現CEOのアンディ・パーマー氏は現職にとどまる一方、現在のペニー・ヒューズ氏に代わりストロール氏がエグゼクティブチェアマンに就任し、経営にも参画することになるようだ。
注目すべきモータースポーツへの理解の深さ
ストロール氏がアストンに関与する可能性は、昨年(2019年)の12月頃からウワサされはじめていた。アメリカ市場で+100%、日本市場では+40%、世界全体では+26%という販売の伸び率を実現していながら、“ブレグジット”騒動が長引いたことや、安定しない欧州経済の影響で英国と欧州が不調に転じたことなどに焦点がいってしまい、証券の空売りなどもあって株価も下がり、アストンが外部からの投資を欲していたことは漏れ聞こえていた。ボルボやロータスを傘下に収め、ダイムラーの筆頭株主でもあるジーリー・ホールディングスがアストン買収に乗り出しているというウワサも流れていた。
それだけに、アストンが選んだのがローレンス・ストロール氏であったことに、僕は軽く安堵(あんど)した。ストロール氏は事実上、息子であるランス・ストロール選手のシートを安定的に確保するために財政難に陥っていた旧フォース・インディアを買収したことから、“世界一の親バカ”とやゆされることもあるが、そんなところからも察せられるように、現在のアストンにとって欠かせないモータースポーツへの理解も深い。地元カナダにサーキットを持っていたりするほどだ。であれば、プロダクションモデルのイメージづくりにつながるGTカーでのレースも、継続されることだろう。
蛇足ながら、「ヴァンテージ」のドイツツーリングカー選手権(DTM)撤退に関しては、エンジンビルダーであり開発を担っていたHWAとアストンのパートナーチームであったRモータースポーツの関係解消が直接的な理由であるため、今回の一件とは関係ないと見ていいだろう。
カーガイかつブランドビジネスのスペシャリスト
話を戻すと、ストロール氏は別の面でも世界の頂点級の人物である。彼はフェラーリを中心とした素晴らしく貴重な歴史的名車やレーシングカーのコレクターとしても知られているのだ。そのコレクションは「250GTO」「250テスタロッサ スカリエッティ スパイダー」「330P4」「275GTB MARTスパイダー」「412P」「512M」「512BB LM」「330SP」「288GTO」「F40GTE」「F50」「エンツォ」「FXX」……と、こうして書き連ねるだけでもこちらが泣けてくるようなものばかりで、自分自身で走らせてもいるという。要するに、ストロール氏は過ぎるくらいにカーガイなのだ。同じ投資家であるなら、クルマを通して金しか見ていない面々よりも、クルマ好きの心が分かる人である方が好ましいに決まっている。
そして、これこそが重要なことなのだけれど、ストロール氏が財をなしてきたのは、ピエールカルダン、ラルフローレン、トミーヒルフィガーといった、いわゆるブランドビジネスへの投資である。世界的なブランドを構築していくうえで何が大切で何が必要かということを、彼は知り尽くしている。ある面ではフェラーリやランボルギーニよりも独自の文化や哲学を重んじ、そこに魅力を感じるファンの多いアストンマーティンというブランドの価値を、そういう人物が大きく毀損(きそん)してしまう可能性は低い。そう考えてしまうのは、単純だろうか?
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期待が膨らむロードマップの中身
ストロール氏と彼のグループは、すでにアストンマーティンに対して新たな提案をしていて、アストン側も受け入れている、らしい。
当面は好評かつ受注も順調な「DBX」の生産を最優先にする。2022年正式デビュー予定の「ヴァルハラ」やその後に続く「ヴァンキッシュ」といった、ヴァルキリーに続くミドシップのスーパースポーツカーの開発は継続し、それらのモデルに搭載するためのV6ターボ、そしてそれにハイブリッドシステムを加えた新しいパワーユニットの開発も継続する。代わりに、2022年に予定されていたラゴンダブランド、つまり電気自動車(EV)への投資は2025年まで延期。毎年ひとつのヘリテイジにちなんだスペシャルモデルと、ふたつの現行モデルをベースにしたスペシャルモデルを限定でリリースする。
この提案は、アストンのファンが期待しているところをキッチリと抑えつつ、その次のステップとしてラゴンダをはじめとするEVの分野に入っていこうとしているように僕には思えるのだ。
いや、繰り返すけれど、ここに書き連ねたことは海外メディアでの報道をまとめたようなものであって、アストンマーティンからの正式なアナウンスではない。でも、あれこれ読みあさったけれど、いずれも記されている内容はほぼ同じ。「“ある程度”以上には信じてもいいかな」と、個人的には感じさせられた。何より、株価のことばかり並べて「もうダメなんじゃね?」みたいなトーンばかりだった数カ月前までと比べ、期待感のある記事が圧倒的多数であり、“アストンウオッチャー”として、それは本当にうれしいことだったのだ。
いずれ、何らかのかたちで正式なアナウンスはあるだろうし、アンディ・パーマーCEOとお会いして、話を伺える日も来るだろう。そのときが来るのがとても楽しみなのだが、今はつい先日発表されたばかりの「ヴァンテージ ロードスター」の方に目を移し、まずはそっちの発表を喜ぶことにしよう。
(文=嶋田智之/写真=アストンマーティン、フェラーリ、Newspress、FIA、webCG/編集=堀田剛資)

嶋田 智之
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