コロナウイルスで露呈した“中国依存” 世界の自動車産業が抱えるサプライチェーンの弱点
2020.03.16 デイリーコラムようやく回復し始めた中国の完成車生産
中国・湖北省を震源とする新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。中国では湖北省を除く地域での新規感染者の報告がピークを過ぎているものの、最近では中国以外での感染者数が急増。人的被害はもちろん、世界経済や産業界に及ぼす影響も深刻なものとなっており、それは自動車産業も例外ではない。
湖北省の中心都市である武漢は、中国における自動車産業の集積地帯のひとつに数えられる。日本メーカーではホンダが3つの工場を構え、その生産能力は合計60万台と、中国における生産能力の約半分を占める主力生産地域となっている。また、日産自動車と中国東風汽車との合弁会社である東風日産乗用車公司の工場も湖北省にある。新型コロナウイルスの感染症は、そんな日本メーカーの重要生産基地を直撃した。
急速な感染拡大を受け、完成車メーカー各社は中国の旧正月である春節の休暇(2020年は1月24日~30日)に入ると同時に、操業を停止する。また春節といえば帰省や旅行で人の移動が活発化する時期でもあるが、中国の中央政府は感染拡大を防ぐため、1月23日から武漢市の公共交通の運行を停止。高速道路も閉鎖するなど、武漢市を事実上封鎖する異例の措置を取った。
春節の休暇が明けても、工場内での感染拡大を防ぐため、湖北省政府は操業再開を2月10日以降にするよう通達。ホンダは2月14日を操業再開の予定日としたが、感染症の勢いが止まらなかったことから、再開を2月下旬に延期することとなった。これが地元政府の要請でさらに延び、3月11日以降にようやく一部生産再開となった次第だ。同日時点の報道によると、東風日産の工場も週内に生産を再開する予定とのことで、この記事が掲載される頃には、こちらも部分稼働が始まっているかもしれない。
一方、湖北省以外の自動車工場では、より早くに再稼働が始まった。トヨタ自動車は2月下旬に広州市、吉林省長春市、天津市の工場を再開したほか、マツダも江蘇省南京市の完成車工場での生産を再開。さらにホンダも、広州市の乗用車工場については2月17日に部分的な生産を再開している。
このように、河北省を含めて徐々に回復を見せ始めた中国の自動車生産だが、どの工場もまだフル生産には達しておらず、以前の状態に戻るには、なおしばらくの時間を要するものと思われる。
![]() |
国内生産になぜ影響が?
一方、湖北省から遠く離れた日本でも、新型コロナウイルスの影響が続いている。日産自動車では2月14日と17日に九州工場のラインを停止。3000台規模の生産に影響が出た。同社は3月に入っても、土日の稼働をやめるなどの生産調整を続けている。トヨタ自動車も2月10日からエンジンやターボチャージャー、触媒コンバーターを生産する下山工場などのラインを止め、ホンダも3月初旬に寄居工場と狭山工場で数百台規模の減産措置を取った。
影響を受けているのは日本のメーカーだけではない。FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)は2月中旬にセルビア工場を停止したほか、韓国現代自動車や韓国ルノー・サムスンも2月初旬に韓国国内の工場の稼働を停止している。これらはいずれも、中国からの部品供給が滞ったのが原因だ。
日本は2019年の実績で、約3300億円の自動車部品を中国から輸入している。国内向け自動車部品の総出荷額が15兆円程度であることを考えると、その比率は2%強と決して多くはないが、輸入部品に関していえば中国からのそれは全体の3分の1強を占め、欧米の自動車メーカーに比べると比率が高い。
今回、ホンダや日産が生産調整を行う原因となった部品の種類は明らかになっていないが、恐らくはシートベルト関連やドア開閉関連、ブレーキペダル、変速機の構成部品、燃料ホースなど、比較的小型で輸送コストがかからないものが多いと見られる。こうした製品の多くは、現地に進出している日本メーカーのものだ。いすゞ自動車が調達するターボチャージャーの一部も、スイスのギャレットモーションが武漢の工場で生産している製品と見られている。また、現代自動車やルノー・サムスンの工場が停止したのは、中国で韓国企業が生産するワイヤハーネスの供給が停止したからだ。ワイヤハーネスは非常に種類が多く、製造を自動化しにくい部品であり、中国やインドなど人件費が安い国で生産される場合が多いのだ。
今日でも、中国に存する自動車用部品はハイテクというよりはローテクなものが多いが、3万点といわれる構成部品のひとつでもそろわなければクルマはつくれない。低コスト化を旗印に、グローバルに構築されたサプライチェーンの弱点を、新型コロナウイルスは図らずも浮き彫りにしたといえるだろう。部品供給拠点としての中国の存在感が増していく中で、こうした問題にどう対処していくのか。各社はコスト効率を追求しつつもリスクを分散するという難しい舵取りを迫られている。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=本田技研工業/編集=堀田剛資)
![]() |

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する 2025.10.13 ダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。