「日産チェリー」発売時の広告。日産の小型車は戦前から「ダットサン」ブランドを冠していたが、チェリーは1966年に吸収合併した旧プリンスの技術陣が開発したため、「ニッサン」を“名字”に掲げていた。
「日産チェリー」発売時の広告。日産の小型車は戦前から「ダットサン」ブランドを冠していたが、チェリーは1966年に吸収合併した旧プリンスの技術陣が開発したため、「ニッサン」を“名字”に掲げていた。拡大
高性能版の「チェリーX-1」は、標準の1リッターに対してSUツインキャブ仕様の1.2リッターエンジンを搭載。走りっぷりから“和製ミニクーパー”の異名をとった。
高性能版の「チェリーX-1」は、標準の1リッターに対してSUツインキャブ仕様の1.2リッターエンジンを搭載。走りっぷりから“和製ミニクーパー”の異名をとった。拡大
「セダンよりスタイリッシュなのでは?」という声もあった4ナンバーの「チェリー バン」。リアサスペンションは、セダンのトレーリングアーム式独立懸架に対してリーフの固定軸となる。
「セダンよりスタイリッシュなのでは?」という声もあった4ナンバーの「チェリー バン」。リアサスペンションは、セダンのトレーリングアーム式独立懸架に対してリーフの固定軸となる。拡大

エンジニアリング/マーケティングに見る初の試み

【超えてなかった?】
日産チェリー

1970年代に向けた日産の意欲作だったチェリー。大規模なティザーキャンペーン(少しずつ見せることで興味をそそる)の後に、「超えてるクルマ」というキャッチフレーズを掲げてデビューした。ティザーキャンペーン自体に特に新味はなかったが、チェリーの場合は覆面車のテスト風景をフィーチャーした新聞広告のビジュアルや、「美しい日本から生まれる『新しい可動空間』その名もチェリー」という大仰なコピーなどによって期待感をあおった。

いざ登場したチェリーは、日産のボトムラインを担う1リッター級のコンパクトカーで、日産初となるFF車だった。FF機構は欧州で広まりつつあったエンジン横置き方式を導入していたが、今日の主流であるエンジン、ギアボックス、デファレンシャルを直線上に並べたジアコーザ式ではなく、エンジンの下にギアボックスとデフを置く、「Mini」に始まるイシゴニス式だった。ちなみに日産は後継となる「チェリーF-II」や初代「パルサー」(輸出名はチェリーのまま)にもイシゴニス式を継承していたが、1981年に実施されたパルサーのマイナーチェンジに際してジアコーザ式に転換した。

ボディーはセミファストバックの2/4ドアセダン。開発当初はハッチバック案もあったものの、当時の日本では「ライトバンみたい」と敬遠される恐れがあったため見送られたらしい。総じてチェリーは日本では目新しい、欧州調の合理的なコンパクトカーだったが、「超えてるクルマ」というほどでもなかった。ティザーキャンペーンであおりすぎた結果、自らハードルを上げてしまった感は否めない。

イラストをフィーチャーした「トヨタ・セリカ」発売時の広告。当初のキャッチフレーズは「未来の国からやってきたセリカ」で、すぐに「恋はセリカで」に変わった。
イラストをフィーチャーした「トヨタ・セリカ」発売時の広告。当初のキャッチフレーズは「未来の国からやってきたセリカ」で、すぐに「恋はセリカで」に変わった。拡大
1.6リッターDOHCエンジンを積んだトップグレードの「セリカ1600GT」。これに限ってはメーカーによるレディーメイドで、フルチョイスシステムは適用されなかった。
1.6リッターDOHCエンジンを積んだトップグレードの「セリカ1600GT」。これに限ってはメーカーによるレディーメイドで、フルチョイスシステムは適用されなかった。拡大
2/4ドアセダンでスタートした「トヨタ・カリーナ」。エポーレット(肩章)タイプと称したテールランプを持つリアビューが特徴だった。
2/4ドアセダンでスタートした「トヨタ・カリーナ」。エポーレット(肩章)タイプと称したテールランプを持つリアビューが特徴だった。拡大

【日本初のコンセプト】
トヨタ・カリーナ/セリカ

「カローラ」と「コロナ」の中間に位置する2/4ドアセダンの「カリーナ」と、2ドアハードトップクーペの「セリカ」。外見からはまったくの別車種に思えるが、その実両車はプラットフォームを共有しており、こうした商品企画は日本では初めてだった。

前:ストラット/コイルの独立懸架、後ろ:4リンク/コイルの固定軸というサスペンションを備えたシャシー、OHVヘミヘッド(「セリカ1600GT」のみDOHC)の1.4/1.6リッターエンジン、FRの駆動方式など、設計は両車ともにオーソドックス。目新しかったのは、それまでごく一部の高性能車のみに使われていた5段MTを1.6リッター全車に用意したこと。4段MTに高速走行に適したオーバートップの5速を加えただけだが、「5段=高性能かつ高級な機構」というイメージを抱いていた当時の一般ユーザーには訴求力があり、これ以後5段MTが一般化していく契機となった。

ややスポーティーなキャラクターを与えられた実用的なセダンであるカリーナに対して、セリカは日本初のスペシャルティーカー。1964年に誕生して大ヒットした「フォード・マスタング」に始まる、実用車のシャシーにスポーツカー風のスタイリッシュなボディーを載せたモデルである。既存の「コロナ ハードトップ」や「ブルーバード クーペ」のようなセダンをアレンジしたクーペモデルとは違って、まったく異なるボディーをまとっているところが新しかった。

セリカが導入した、“フルチョイスシステム”と呼ばれる販売方法も日本初の試みだった。これもマスタングに倣ったものだが、外装、内装、エンジン、ギアボックスおよびオプションをリストの中から選択し、自分好みのモデルを仕立てる方法である。

このジャンルのモデルは、マスタングのヒットを受けて世界中でフォロワーが誕生したのだが、フォードの欧州版スペシャルティーカーである「カプリ」の登場は本家より5年遅れの1969年。セリカはその翌年の70年にデビューしたのだから、タイムラグはわずかだったわけだ。

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