新たな基準値は25.4km/リッター 4月に施行された2030年度燃費基準とは?
2020.05.20 デイリーコラムEVとPHEVも規制対象に
コロナ禍ですっかり影を潜めてしまったが、年度の変わり目である4月1日にはさまざまな変化があった。東京ディズニーリゾートの大人用1dayパスポートは7500円から8200円に。食用油や一部缶詰も値上げされた。また、東京都では自転車利用者の損害保険への加入が条例により義務化されている。
自動車業界では「乗用自動車のエネルギー消費性能の向上に関するエネルギー消費機器等製造事業者等の判断の基準等(平成25年経済産業省・国土交通省告示第2号)」が施行された。乗用車の2030年度の燃費基準推定値は25.4km/リッター。2016年実績19.2km/リッターと比べると32.4%の改善となる。
達成判定はこれまで通り、企業別平均燃費基準方式(CAFE方式)を採用。企業としては全体に燃費改善を図らなければならないが、燃費がいいモデルを多数販売していれば、燃費基準に達しないモデルがあってもカバーできる可能性がある。つまり、こだわりのクルマを必ずしも断念しなくても済むというわけだ。
一方、対象は変更された。これまではガソリン自動車とディーゼル自動車、LPG自動車だったが、ここに電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド自動車(PHEV)が加わった。
そして、燃費の算定には「Well-to-Wheel(WtW:井戸から車輪まで)」の考え方を導入。これまでもWtWは環境対策およびエネルギーの効率的利用の観点からその重要性が指摘されていたが、計算の難しさで実務には用いられてこなかった。それを日本が世界に先んじて導入したことは注目に値する。
従来の考え方とは何が違う?
新燃費基準に採用されたWtW(井戸から車輪まで)は「Well-to-Tank(WtT:井戸からタンクまで)」と「Tank-to-Wheel(TtW:タンクから車輪まで)」の和からなる。
われわれが日常的に「燃費」と呼んでいるのはタンクに燃料を入れてからの効率のことだ。ドライブの際に満タン方式で燃費を計算した経験がある人は多いだろう。これがまさにTtWだ。しかし、ガソリンや軽油は採油や輸送、精製の際にもエネルギーを使用し、そこでもCO2が排出されている。これらが井戸からタンクまでのWtTだが、日本はそのほとんどを輸入に頼っているため、新燃費基準のWtTは国内で行う精製や輸送から先の燃費を指している。
なぜ燃費基準においてWtTを考慮するかといえば、動力源が多様化しているからだ。例えばサトウキビやトウモロコシに由来するバイオ燃料は精製プロセスでのCO2排出量がマイナスとみなされるので、WtTは軽油(ディーゼル燃料)よりも小さい。そのためTtWが同じ燃費のクルマならば、軽油よりもバイオ燃料を使う方がCO2排出量を抑えられることになる。
拡大 |
Well-to-Wheelで評価は変わるか
新燃費基準の対象に加わったEVとPHEVは燃費ではなく、電力量1kWhあたりの走行距離を“電費”として使用している。電費はガソリン車やディーゼル車でいえばTtWのことで、これに発電や送配電のプロセスを加えることでWtWになる。
先ほどWtWは計算が難しいと指摘したのは電源構成が深く関わるためだ。例えば火力発電が多いと同じ電力量でもCO2排出量が多くなり、再生可能エネルギーを増やせばCO2排出量を減らせる。また、同じ石炭火力でも発電所が高性能ならCO2排出量は減らせるし、送配電の状況によっても変わる。電気はWtTの変数が多いことが計算を難しくする理由のひとつだ。
しかし、世界的に電動化が加速しているいま、発電にも踏み込んだ議論を避けるべきではないだろう。例えば、ノルウェーは全電力を水力発電で賄うため、WtTは非常に好成績だが、中国やインドは低効率の発電所が多く、WtTの成績が悪い。これでは自動車メーカーがいかに優れたEVを開発しても、世界のCO2排出量を適切に減らすことはできない。
とはいえ、現実問題として、燃費基準にWtWを導入する流れがどこまで広がるかは未知数だ。ノルウェーのように恵まれた資源を持つ国ばかりではないし、環境対策と経済成長はコンフリクト(相反)しやすく一筋縄ではいかない。日本がいかに国際的リーダーシップを発揮していけるのかに期待したい。
なお、この4月には道路運送車両の保安基準等も改正され、燃料電池車に対しても国際基準(WLTP)による燃費(水素1kgあたりの走行距離)の測定が義務付けられることとなった。こちらは新燃費基準には反映されないが、燃料電池車の比較には役立ちそうだ。
近年は自動運転などの新技術に注目が集まっているが、環境対策も極めて重要な課題のひとつだ。クルマが愛される存在であり続けるために、環境と調和する道を探すことを忘れずにいたい。
(文=林 愛子/写真=国土交通省、トヨタ自動車、日産自動車/編集=藤沢 勝)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
-
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ 2025.12.12 日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。
-
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る 2025.12.11 マツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。
-
業界を揺るがした2025年のホットワード 「トランプ関税」で国産自動車メーカーはどうなった? 2025.12.10 2025年の自動車業界を震え上がらせたのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領肝いりのいわゆる「トランプ関税」だ。年の瀬ということで、業界に与えた影響を清水草一が振り返ります。
-
あのステランティスもNACS規格を採用! 日本のBEV充電はこの先どうなる? 2025.12.8 ステランティスが「2027年から日本で販売する電気自動車の一部をNACS規格の急速充電器に対応できるようにする」と宣言。それでCHAdeMO規格の普及も進む国内の充電環境には、どんな変化が生じるだろうか。識者がリポートする。
-
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット― 2025.12.5 ハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。
-
NEW
ホンダ・プレリュード(前編)
2025.12.14思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「ホンダ・プレリュード」に試乗。ホンダ党にとっては待ち望んだビッグネームの復活であり、長い休眠期間を経て最新のテクノロジーを満載したスポーツクーペへと進化している。山野のジャッジやいかに!? -
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.13試乗記「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。 -
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】
2025.12.12試乗記「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。 -
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ
2025.12.12デイリーコラム日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。 -
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達―
2025.12.11マッキナ あらモーダ!イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。 -
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る
2025.12.11デイリーコラムマツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。





