新型スーパーカー「T.50」で再び表舞台に 鬼才ゴードン・マレーの歩みを知る
2020.08.19 デイリーコラム現時点での集大成
ゴードン・マレーが発表したハイパースポーツカーの「T.50」には、これまで彼が送り出してきたF1マシンや、「マクラーレンF1」などロードカーで培ってきた技術がすべて盛り込まれている。いわば現時点での集大成ということができるだろう。マレーの作品から浮かび上がってくる設計哲学の重要要素は、軽量設計と空力の最適化に注力し、無駄を省いて高効率を追い求めることだ。
T.50では、マレーが知見を積み重ねてきたカーボンコンポジット構造シャシーを採用し、48Vマイルドハイブリッド機構を備えたコスワース製自然吸気3.9リッターV12自然吸気エンジンを搭載しながら、車重を1000kg以下にとどめている。さらに空力面では、高速走行性能にふさわしいダウンフォースを得るために、リアにエアファンを備えた。市販車としては他に例を見ないこのファンこそ、まさに彼が1978年にブラバムF1マシンで用いたことがある、究極の空力デバイスである。
T.50の全容はすでにwebCGでも紹介されているので、ここではそれを補足する意味でマレーの足跡を追いかけ、T.50の設計思想を浮かび上がらせてみたい。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
F1からロードカー開発に転身
F1設計者としてのゴードン・マレーが手がけたマシンは、17シーズンで計56勝を果たし、5回のワールドドライバーズチャンピオンシップと、3回のコンストラクターズチャンピオンシップを獲得している。ブラバムでF1設計者として開花したのち、マクラーレンに移籍し、マクラーレン・ホンダで破竹の快進撃を遂げた。1990年にF1の現場から離れ、新設されたマクラーレンのロードカー開発に携わるようになり、F1や「メルセデス・ベンツSLRマクラーレン」などの高性能車を送りだした。2004年12月に独立し、ゴードン・マレー・デザインを設立して現在に至っている。
南アフリカでモータースポーツに目覚める
ゴードン・マレーは1946年に南アフリカのダーバンで生まれた。モータースポーツ好きのメカニックだった父親の影響を受け、ダートン技術大学の学生時代からレーシングドライバーになることを夢見ていたという。だが、マシンを買う資金が乏しかったことから、自作することを選び、工夫を凝らして戦闘力を高めていった。この1号車「IMG T1」は、自作シャシーに、自製のピストンや吸排気系を組み込んだ英フォードの「アングリア」用エンジンを搭載した、「ロータス・スーパーセブン」に似たマシンだった。さらにDOHCレーシングユニットを設計したほか、中央に運転席を配した3座席ミドエンジンカーを考案し、詳細をノートに書き留めている。このアイデアは20年後にマクラーレン製ロードカーのF1で実現し、最新作のT.50にも採用したのは、ご承知のとおりだ。
前述したIMG T1でも見られるように、若きマレーにとってコーリン・チャプマンは憧れの存在であり、1969年12月に英国に渡ると、真っ先にロータスを訪ねた。
ブラバムでF1設計者として開花
チャプマンの下で働くことを夢見ていたマレーだったが、人員の空きがないと告げられ、ブラバム(MRD:モーターレーシング・ディベロップメント)で職を得た。1971年11月に、バーニー・エクレストンがMRDを買収すると、エクレストンはマレーの進歩的な設計思想に注目。設計開発の責任者に抜てきしたことで、F1マシン設計者の道を歩むことになった。
マレーにとって初めてのF1マシンとなった「ブラバムBT42コスワース」は、彼が温めていたアイデアを基にしたマシンで、断面が三角形のモノコックシャシーと、短めのホイールベースが特徴だった。1974年シーズンに投入した発展型の「BT44」は3勝し、75年には、改良型の「BT44B」で2勝したことで、マレーの名はF1ファンの間で注目される存在となった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ファンカーの登場
1976年、エクレストンはアルファ・ロメオ製エンジンを独占使用する契約を結んだが、マレーにとっては、ボスの選択が苦労の始まりとなった。その水平対向12気筒エンジンは、「フォードDFV」に比べて重く、なにより幅が広いために当時のF1マシン設計の常識だったグラウンドエフェクトカー(ウイングカー)にはそぐわなかったからである。
ロータスが先陣を切ったウイングカーは、車体下面と地面との間を流れる空気の流れを利用して、ヴェンチュリー効果によってダウンフォースを得る。それはコンパクトなV型エンジンには適するが、水平対向エンジンでは、大きく張り出したシリンダーが邪魔して、空気の流路を十分に確保することができなかった。
これに対するマレーの答えが1978年に登場した「BT46B“ファンカー”」だった。エンジンから駆動するファンを車両後端に備えることで、エンジンベイから空気を吸い出し、路面に“吸い付く”効果を得ようと考えたのである。
なんの前触れもなくスウェーデンGPに登場した “ファンカー”は、レギュレーション違反ではないかとの指摘が噴出するなか、ニキ・ラウダが2位に34秒の大差をつけて優勝を果たしてしまった。
規則違反を指摘する声に対してマレーは、ファンはエンジンベイ内のラジエーターに空気を取り入れる冷却用であり、ダウンフォースは“付随的”なものと主張した。FIAがレース後に実施した検証によって気流の60%が冷却用に使われることが証明されたものの、「マシンは合法だが、規制に抜け穴がある」として、優勝というレース結果は認めたうえで、これ以降のレース出場を禁じるとの裁定を下した。
ブラバムは1980年シーズンからコスワースDFVに戻し、マレーはコンパクトな「BT49」を開発。ネルソン・ピケが3連勝してチャンピオンシップで2位となり、翌81年には改良型の「BT49C」によって、ピケがチャンピオンの座についた。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
マクラーレン時代
マレーは1986年10月にマクラーレンに移籍。1988年シーズン用マシンから手がけ、マクラーレン・ホンダによる圧倒的な勝利を果たした。
1989年初頭には高性能ロードカー計画のためにマクラーレン・カーズが設立され、1991年にはマレーの設計になる、センターステアリング3座席のスーパースポーツカーのF1が誕生した。マレーが自身初となるロードカーを開発するに当たって注目した存在が「ホンダNSX」であった。ホンダの栃木研究所で開発段階にあったNSXに試乗し、その高いポテンシャルに興味を抱いたと、後に語っている。
マレーは、マクラーレンF1の開発に当たって、NSXの乗り心地とハンドリング、優れたエアコンなど、日常的な使いやすさと快適さをベンチマークにしたという。NSXが市販されると自身でも購入し、6~7年間にわたって所有していた。その後、2003年に「メルセデス・ベンツSLRマクラーレン」を完成させると、2004年12月に独立し、ゴードン・マレー・デザイン社を興した。独立の理由について、大きな組織ではなく、小規模な会社で仕事をしたかったからだと述べている。
二酸化炭素の排出を減らすため
現在のゴードン・マレーは、「CO2の排出量を3分の2に減らしたいため」として、交通環境まで含め、広範囲にわたって自動車の機能・機構を再考、再構築していると語っている。マレーは1974年にブラバムBT44のリアウイングに初めてカーボンコンポジットを採用して以来、カーボンコンポジットの研究を続けており、外部への技術支援の例も少なくない。
その現れが、軽量で強靱(きょうじん)なカーボンを用いたEVのシティーカーや、ハイパースポーツカーのT.50である。また、ハイパーカーとは対極にある、開発途上国の人々のための、シンプルな多用途車「グローバルビークル・トラストOX」もそのひとつなのである。
(文=伊東和彦〈Mobi-curators Labo.〉/写真=ゴードン・マレー・デザイン&ゴードン・マレー・オートモーティブ/編集=藤沢 勝)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

伊東 和彦
-
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか? 2025.10.10 満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。
-
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選 2025.10.9 24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。
-
ハンドメイドでコツコツと 「Gクラス」はかくしてつくられる 2025.10.8 「メルセデス・ベンツGクラス」の生産を手がけるマグナ・シュタイヤーの工場を見学。Gクラスといえば、いまだに生産工程の多くが手作業なことで知られるが、それはなぜだろうか。“孤高のオフローダー”には、なにか人の手でしかなしえない特殊な技術が使われているのだろうか。
-
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る 2025.10.6 NHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。