ファンカー「T.50」はここで生まれる ゴードン・マレー・オートモーティブ訪問記
2025.01.10 デイリーコラム輝かしい足跡
ゴードン・マレーといえば、1970~1980年代にブラバムでユニークなメカニズムやパッケージのF1を開発、1980年代後半に移籍したマクラーレンでは手がけた「MP4/4」がいきなり16戦15勝をマークするなど、天才と鬼才の評価が入り交じる希代のレーシングカーデザイナーです。
その後、1990年代にはF1の現場を離れ、現在のマクラーレン・オートモーティブの前身ともいえるマクラーレン・カーズに移籍。ここで氏は時のマクラーレン総統であるロン・デニスにブラバムからの移籍条件として挙げていた「ロードカーの開発」という職に就きます。そこで生まれたのが伝説のスーパーカーと称される「マクラーレンF1」でした。
5台の「XP」=プロトタイプも含む全106台の生産台数のうち、ロードカーの生産台数は64台。うち、日本には約3割の18台もが納車されたといいます。バブルの残り香漂う時代とはいえ、やはりホンダを漢にしてくれたマクラーレン&ゴードンへの並々ならぬ敬意があってこその数字といえるでしょう。ちなみに市場評価が高まるとともに大半が海外に流出。現在の国内残存数は3台といわれています。
その後、ゴードンはF1を通じたメルセデスとの協業の成果でもある「SLRマクラーレン」の開発を担当し、その完成を見届けるかのようなタイミングでマクラーレン・カーズを離れて独立。ゴードン・マレー・デザイン=GMDを設立し、モビリティー全般のデザインや設計をメーカーから請け負うスタジオの主となりました。ちなみに東レやヤマハなどがつくったコンセプトカーに絡んでいたことで、日本でも一定の存在感を示していましたね。
そして2017年に設立されたのがゴードン・マレー・オートモーティブ=GMAです。これはデザインや設計の請負ではなく、少数のクルマを開発・製造・販売するためにつくられた会社だとされていたものの、規模感などが伝わらないことから、GMDの延長としてコンセプトカーや試作車の製造を担う会社なのではないかと見られていたころもありました。
ファンカーをロードカーに
が、2019年の暮れ、ほれクリスマスプレゼントと言わんばかりのタイミングでGMAからいくつかのイラストが投下されました。「T.50」と題されたそのイラストは、明らかに新しいスーパースポーツであり、そのテール部にはニキ・ラウダのドライブでデビューウィンを飾るも、ライバルの抗議もあって即終了という憂き目にあった「ブラバムBT46B」を思い起こさせる「ファン」が鎮座しています。このファン、床面の空気を強制排出することで負圧を発生させ、強力なダウンフォースを生むというものでして、考えたのはゴードンその人。40年の時を経てロードカーにそれを載せようというのですから、なんとも執念深い話です。ちなみにT.50の命名は、自身が開発を担った50台目のクルマであることに由来しますが、そこにちょうど自身のキャリア50周年も重なっていたそうです。
翌2020年には正式に生産発表がなされたものの、コロナ禍の影響も大きく、開発や生産には遅滞が生じました。が、T.50は限定数の100台をようやく生産完了しつつあるそうで、2025年はGMAの第2のモデルである「T.33」の生産が始まるそうです。
……と、そこでGMAってどんなところ? とか、生産はどんな感じでやってるの? とか、素朴な疑問がいくつも募るわけです。なにせ拝見する限り、ブランディングだのマーケティングだのに注力している形跡はありません。それでも日本および香港などの周辺国だけで100台中15台、そのクローズドコース専用仕様となる「T.50sニキ・ラウダ」も25台中4台のオーダーが入っているといいます。それもあってか、アジア太平洋圏をカバーする正規のサービスセンターが千葉に設けられるなど、日本はGMAの要衝と位置づけられている感もあるわけです。
何より、T.50の現物を目にすると、余計な加飾が見当たらないシンプルな成り立ちに、それがゆえに達成できたのだろう小ささに驚かされます。走ることに没頭するためのパッケージは会社がもうけるための活動とは一線を画しすぎなのではないか、そんな心配さえ頭に浮かぶわけです。
というわけで行ってきましたGMA。円安の逆風を肌身に感じつつ、値切って現地のカメラマンさんに撮影もお願いしながら、ロンドン郊外のウォキングというベッドタウンからクルマで30分くらい、カントリーロードからちょっと入ったところにその社屋はありました。
部品の精度と軽量化を徹底
工場機能も有しているからでしょうか、想像以上に大きい本社社屋と、主に完成検査用のちょっとしたテストコースを挟んだ向こう側には開発機能を集約した社屋があるようですが、小高い丘を挟んでいるためそちらを臨むことはできません。セキュリティーの面でも、地形をうまく使ったレイアウトだなという印象でした。
その本社社屋側の導入路には、青い「アルピーヌA110」がポンと置かれていました。聞けばゴードンのクルマだとのこと。1100kgのミドシップをアシにしているというところに、ふんわりとT.50との遠縁を感じてしまいます。
アッセンブリーや検査を担う1階のスペースは、据えられたリフトや工具類を収める器具が濃いグレーに統一された、一面が白床のオープンな空間でした。大がかりな工機や工具などもなく工程のほとんどは人手間ゆえ、クルマをつくっている場所とは思えないほど静かです。ちなみに現地ではT.50の最終ロットを製造中で、整備中のテスト車両なども含めると20台近くが一望できる状態でした。が、大半はカスタマー向けの車両ゆえ、撮影は一切NG。記事の一部にオフィシャルの写真を使いましたが、実際の様子もこのとおりで、一台あたりの空間はかなりゆったりとられています。
さながらレーシングカーの組み立てを見ているような……という印象があながちトンチンカンではなかったのは、工員によって組み付けられている、あらゆる部品の仕上がり精度の高さと肉抜きの徹底ぶりが垣間見えたからです。サブフレームのような大物からランプステーのような小物、はてはそれを留めるネジ一本に至るまで、重量とつくり込みには相当気遣われていました。
と、そんなT.50の軽量化にまつわるエピソードのひとつとして挙げられるのがディへドラルドアのインナー側のグリップです。デフォルトは土台の芯の握り部に革を巻く仕立てですが、T.50の場合、チタン製の土台のほうが巻く革よりも軽い仕上げになっているといいます。クローズドコース専用車のT.50sニキ・ラウダでは、その芯部をさらに中空メッシュ化することで持ち応えが無に等しいほどの超軽量に仕上がっていました。
「これ、ちょっと持ってみ?」とその空気のようなグリップを手渡してくれたのはゴードン・マレー本人です。受け取るやその軽さに「げっ!」と声を上げてしまった自分の反応に大笑いする氏を見ていると、この人のクルマづくりの力点は完璧にエンジニアリングの側にあるのだなと実感させられます。
内燃機関車を操る楽しさを追求
236万ポンドというウルトラプライスの少なからぬところを、こういった外からは分かりにくいところへと費やしているところから見てとれるのは、GMAのクルマづくりの精神と背景です。つまり車両の対価は究極の引き算のためにあり、それを支え、形にするためのレーシングテクノロジーがイギリスには集積していると。
カスタマーの嗜好(しこう)のための加飾要素は山ほど取りそろえてはいるものの、そこにも重量増の要因となるものはひとつもありません。厳密には塗装も重量物といえばそうなんですが、わが子を裸で街に放り出すわけにもいきませんしね。ちなみにデジタル管理されたツールで個別塗装となるT.50のボディーカラーは約3000のパレットから選べ、100台の注文分すべてが異なる色なのだそうです。
と、ここまで小さく軽くにこだわり抜くと、なんならエンジンも10気筒や8気筒のほうが運動性能的に有利ではないか。そう思うわけですが、ゴードン・マレーはそこに議論の余地はなかったといいます。ハナっから12気筒一本、それありきでどこまで小さくできるかがテーマだったそうです。
「私はT.50もT.50sもサーキットのラップタイムを誇示するようなクルマにするつもりは毛頭ありません。それよりも大事なことは、内燃機のクルマを操ることにおいての楽しさや気持ちよさの究極体験を届けることです。それを可能にするのは自然吸気の12気筒以外は考えられませんでした」
そう話してくれた氏の傍らには、コスワースとの共同開発となる3.9リッターV12ユニットが飾られていました。一時的に最高出力を663PSから700PSにまで高めるブースターとしても用いられる48VのISGユニットがやたらと大きく見えるほど、そのエンジン本体はコンパクトに仕上がっていました。実際、単体重量は178kgと他のスポーツカーでいえばV8並みに収まっています。ちなみにこのエンジンを搭載するファミリーとして先に書いたT.33シリーズが既に発表されており、2025年から生産が始まります。そして仕上げに第3のモデルが控えているといううわさもありますが、それについては当然ながらノーコメントでした。
自動車史にも自分の仕事史にも残る一台
そして取材の最後に用意されたのがT.50の同乗機会です。ハンドル握らせて……なんてお願いしてみたのですが、保険の関係で無理とのこと。その小ささについ気安くなってしまいますが、考えてみたらT.50、ほぼ5億のクルマです。よくもぬけぬけと言ったもんだと後で赤面してしまいました。
ドライバーはGMAのダイナミクスの開発アドバイザーも務めるダリオ・フランキッティ。インディでは4度のシリーズチャンピオンを誇るレジェンドです。これもまた僥倖(ぎょうこう)……と、ドアを閉めるやT.50は軽やかに走りだし、スラスラと速度を乗せていきます。2速どころか4速でも走り始めてしまうのはまさに車重1tのたまもの。トップギアでもAT車のようにアクセルだけでラウンドアバウトをスーンと走ってしまう柔軟性とともに、へぇ~っとうならされたのは無駄にうるさいスポーツカーとは一線を画する静かさでした。
カントリーロードでの全開加速では一転して、聞いたことのないような金属的高音がキャビンを突き抜けます。白く塗られた金属製の細いニードルが、アルミ地の文字盤をあり得ない速度で駆け上がり、まったくよどみも詰まりもなく1万2000rpmに到達する、そこに12気筒時代のF1のオンボード映像を重ねることはまったくたやすいことでした。
とんでもなく速いことなどすっかり二の次にして、踊るニードルとサウンドとのシンクロにただただ恍惚(こうこつ)とさせられる。T.50はそんな官能ダダ漏れマシンです。こんなの知ってしまったら他ではもう感動できなくなってしまう……と、走って畏怖(いふ)の念さえ抱かせるクルマといえば、自分の仕事人生でも片手で数えられるくらいしかありませんが、このクルマは間違いなくそれに値するものです。自動車史に輝く星がまたひとつ、それをちょっと近いところで見ることができたのは本当にラッキーでした。
(文=渡辺敏史/写真=Alex Babington、ゴードン・マレー・オートモーティブ/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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