こんなに安いのはなぜなのか!? 「トヨタ・ヤリス クロス」の価格を検証する
2020.09.16 デイリーコラムライバルよりも18万円安い
最近は安全装備の充実などによってクルマの価格が高まった影響もあり、1.5リッター以下のエンジンを搭載するコンパクトな車種の人気が高い。また外観のカッコ良さと快適な居住性、優れた積載性などを両立させたことから、SUVも売れ筋だ。この2つの市場動向から、コンパクトSUVが注目されている。
なかでも好調に売れそうなコンパクトSUVが、2020年8月31日に発売された「トヨタ・ヤリス クロス」だ。1.5リッターの直列3気筒エンジンとこれをベースとしたハイブリッド、さらにプラットフォームなどは「ヤリス」と共通化されている。
そしてヤリス クロスは、ほかのコンパクトSUVに比べて価格が安いのが特徴だ。2WDの「ハイブリッドZ」は258万4000円で、同水準の装備とシリーズハイブリッドの「e-POWER」を搭載する「日産キックスX」(275万9900円)に比べると17万5900円安い。
また同等の装備を採用したホンダの「ヴェゼル ハイブリッドZ Honda SENSING」(276万0186円)と比べても、ヤリス クロスの方が17万6186円安い。このようにヤリス クロスの価格は、ライバル車よりも約18万円安いことが分かる。
一般的にコンパクトSUVの価格は、同じプラットフォームを使う5ドアハッチバックのコンパクトカーに比べると、装備の違いを補正しても35~40万円高いのが相場だ。キックスと「ノート」、ヴェゼルと「フィット」の差額はおおよそこの関係になる。
ところがヤリス クロスは、装備の違いを補正するとヤリスから約18万円の上乗せに抑えた。従ってキックスやヴェゼルと比較しても、18万円安く収まるわけだ。
SUV化のコストが小さい
ヤリス クロスが価格を抑えた背景には、大きく分けて3つの理由がある。
一番の理由は、ヤリス クロスのクルマづくりがヤリスに近いことだ。ボディーやサスペンションの変更で走りの質は高めたが、これらはヤリスの素性のよさに負うところが大きい。ホイールベースはヤリス クロスが数値上10mm長いが事実上は同寸で、後席の足元空間はヤリスと同様に狭い。
これに比べるとキックスとヴェゼルは、ホイールベースの数値などを含めてベースになったコンパクトカーから改変している部分が多く、コストがかかっている。つまりヤリス クロスは、ライバル車よりもSUV化によるコストが少なくて済むことになる。
またヤリス クロスがキックスやヴェゼルと同じ価格帯だと、実用志向のユーザーから見れば、後席や荷室が狭い分だけ割高感が生じてしまう。価格抑制にはこれを避ける意図もある。
2つ目の理由は、今後ヤリスをベースにした複数のコンパクトカーが登場することだ。かつての「ファンカーゴ」に相当する背の高いコンパクトカーなどを割安な価格で投入するから、ヤリス クロスもあらかじめ割安な設定にして、価格バランスを整えておく必要があった。
価格は同じブランド内における商品のヒエラルキーを決める重要な要素だから、今後のコンパクトカー戦略も考えて、ヤリス クロスの価格を決めている。その結果、ライバル車よりも割安になった。
軍団を掛け持ちするヤリス クロス
3つ目の理由はトヨタのSUV戦略だ。トヨタは国内で販売する姉妹車やセダンを次々と整理する一方で、拡販を見込めるSUVのラインナップは充実させている。
特にSUVは、同じ前輪駆動のプラットフォームを使う車種でも、デザインや最低地上高の違いによって、シティー派とラフロード派(イメージも含む)、さらに本格オフロード派に分けられる。さらにサイズにバリエーションを設けることで幅広い車種展開を図りやすく、トヨタの戦略は具体的には以下のようになる。
【トヨタSUV軍団のラインナップ】
- コンパクトサイズ:ヤリス クロス(シティー派)/ライズ(ラフロード派)
- ミドルサイズ:C-HR(シティー派)/カローラ クロス(ラフロード派)
- Lサイズ:ハリアー(シティー派)/RAV4(ラフロード派)/ランドクルーザープラド(本格オフロード派)
- キングサイズ:ランドクルーザー(本格オフロード派)
ヤリス クロスは、ヤリスや今後登場するハイトワゴンを含めた「トヨタ・ヤリス軍団」に含まれると同時に、上記の「トヨタSUV軍団」にも所属する。ヤリス クロスの価格も、この複合的な関係に基づいて決められている。
アップサイジングしやすい仕組み
コンパクトサイズに注目すると、シティー派がヤリス クロス、ラフロード派がライズになり、この2車種が価格で重複すると、トヨタSUV軍団の内部で争ってしまう。そこで純エンジン車で比べた場合、「ライズZ」が206万円、「ヤリス クロスZ」が221万円、さらにミドルサイズの「C-HR S-T」が241万5000円という具合に、互いの価格が重複しないように配慮されている(すべてFF車の価格)。
仮にヤリス クロスZがライバル車と同様に18万円高かったら、239万円になって241万5000円のC-HR S-Tとかぶってしまう。C-HRの1.2リッターターボはヤリス クロスの1.5リッター自然吸気エンジンよりもトルクがあってボディーも大きいから、ヤリス クロスに割高感が生じることになる。
今後のトヨタは、SUV軍団によって国内市場を牛耳るというもくろみがあるため、周到に用意を進めている。ヤリス クロスの価格もそのひとつだ。それはちょうど、昔の「カローラ」→「コロナ」→「マークII」→「クラウン」というエスカレーター式の車種構成に似ている。
当時はカローラとコロナ/マークIIとでは販売店が違ったが、今は全店が全車を扱う。従ってヤリス クロスのユーザーをC-HR、さらにハリアーへと誘導するアップサイジング戦略が、従来以上に行いやすくなった。
今のダウンサイジング傾向が続くと、日本はどんどんもうからない市場になっていく。このメーカーにとっての悪循環に終止符を打つことも、トヨタSUV軍団の目的に含まれている。トヨタが珍しく、国内市場に本気で熱く取り組んでいる。
(文=渡辺陽一郎/写真=トヨタ自動車、日産自動車/編集=藤沢 勝)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。 1985年に出版社に入社して、担当した雑誌が自動車の購入ガイド誌であった。そのために、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、車買取、カーリースなどの取材・編集経験は、約40年間に及ぶ。また編集長を約10年間務めた自動車雑誌も、購入ガイド誌であった。その過程では新車販売店、中古車販売店などの取材も行っており、新車、中古車を問わず、自動車販売に関する沿革も把握している。 クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
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