合言葉は『リトル・ホンダ』 新型「ホンダN-ONE」と「S600」を結ぶ意外なエピソード
2021.04.07 デイリーコラムアウトローの乗り物からイメージを一新
新型「ホンダN-ONE」のテレビCM「Only ONE」編に、ザ・ビーチ・ボーイズの『リトル・ホンダ』が使われている。
アメリカが生んだ最も偉大なポップロックグループといわれるザ・ビーチ・ボーイズ。カリフォルニア出身で、1962年のメジャーデビューから数年間は、サーフィンやホットロッドといったアメリカ西海岸の若者文化にまつわる曲を数多く歌っていた。『リトル・ホンダ』は1964年にリリースされた6枚目のアルバム『オール・サマー・ロング』に収められていたナンバーである。
これより前、1963年に彼らは『ホンダ55(フィフティ・ファイブ)』なるラジオ用のCMソングを歌っていたという。歌われているのは、おそらく55ccの単気筒OHVエンジンを積んだ日本で言うところの「スーパーカブC105」系だろう。1959年に設立されたアメリカン・ホンダはロサンゼルスが拠点だったから、地縁からザ・ビーチ・ボーイズを起用したのかもしれない。
当時、ホンダはアメリカで“YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA”(素晴らしい人々、ホンダに乗る)というスローガンを掲げた、スーパーカブ中心のセールスキャンペーンを展開していた。日本でカブといえば、ソバ屋の出前用をはじめとするビジネスユース主体だったが、アメリカ向けはカラフルな車体にダブルシートが付いた、シャレたパーソナルバイクだったのだ。
そのキャンペーンによって、ホンダはマーロン・ブランド主演の映画『乱暴者(あばれもの)』に登場するバイカーやヘルズ・エンジェルスに象徴されるアウトローの乗り物から、誰もが気軽に楽しめるカジュアルな乗り物へとバイクのイメージを転換し、アメリカ市場でのセールス拡大に成功した。そうしたシーンを歌った曲が『リトル・ホンダ』で、先にCMソングの『ホンダ55』の件があったとはいえ、タイアップではなく純粋なアルバム収録曲だったという。
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カバーバージョンが大ヒット
『リトル・ホンダ』の作曲は、ザ・ビーチ・ボーイズのリーダーにしてベーシスト、そしてソングライターであるブライアン・ウィルソン。リードボーカルのマイク・ラヴの手になる歌詞の内容は、「ちっぽけなバイクだけど、軽くて速くて楽しい」とばかりに称賛している。実際、小さいながらもカブはアメリカ西海岸の若者にインパクトを与え、彼らのライフスタイルに浸透し始めていたのだ。
ちなみに、時折『リトル・ホンダ』は1966年に国内発売されたペダル付きモペット「リトルホンダP25」を歌った曲だと思っている人を見かけるが、これは誤り。なぜならP25のデビュー以前にすでに曲は世に出ていたし、またリフレイン(繰り返し)部分の歌詞に「ファーストギア、セカンドギア、サードギア」と3段ギアボックスを駆使して加速していく光景が歌われていることからも、無段変速のP25ではなく3段変速のカブ系であることがわかる。むしろこの曲にあやかって命名されたのがリトルホンダP25なのである。
それはともかく、この曲に目をつけたザ・ビーチ・ボーイズに近しいプロデューサーが、ホンダをもじってThe Hondells(ザ・ホンデルズ)と名づけたグループにカバーさせたシングル盤をリリースしたところ、全米チャートで9位まで上がるヒットとなった。それを見た本家ザ・ビーチ・ボーイズもシングルカットして、こちらも小ヒット。ほかに数多くのサーフィン&ホットロッドソングを歌ったジャン&ディーンや『砂に書いたラブレター』のビッグヒットで知られるパット・ブーンなどもカバーを残している。
ホンダの本国である日本でのカバーはないのかって? 実はこれがあるのだ。
ホンダならではのプロモーション
「スーパーカブCA100」や「ハンターカブCT200」から「CB72/77」や「CL72」まで、1960年代半ばの北米向け二輪ラインナップが勢ぞろいした、アメリカで撮影したと思われる写真に『Litte HONDA』の文字。これは本田技研工業、すなわち日本の本家が販売促進用に制作したソノシート(極めて薄い録音レコード盤)のジャケットである。
収められているのは、ザ・ビーチ・ボーイズのオリジナルと、日本語によるカバーバージョン。編曲:宮川 泰、作詞:安井かずみ、演奏:寺内タケシとブルージーンズという、当時の一流スタッフをそろえた日本語版を歌っているのは、なんとジャニーズ。現在も俳優/歌手として活躍するあおい輝彦ら4人のメンバーからなる歌って踊れるグループで、あのジャニーズ事務所の所属タレント第1号。1964年にレコードデビュー、グループサウンズがブームとなる60年代後半まで高い人気を誇った元祖男性アイドルグループだ。
そして最大の注目ポイントが、当時20代の若さで、女性ながら(ここでは褒め言葉)さっそうと「ロータス・エラン」を走らせていたという安井かずみのペンによる日本語詩。単純な訳詩ではなく、主役をカブから「ホンダのスポーツ」、すなわち四輪の「S600」に差し替えているのだ。それにしたがって、前述したオリジナルでは3段だったギアチェンジの描写が、ちゃんと「トップギア」を加えた4段に改められている。歌詞の内容は、小さいけれど速くてイカしたホンダのスポーツを駆り、あの娘の家までゴー! といったところだ。
この販促用ソノシートのリリース時期はというと、ジャケット内側のブックレット部分に1965年3月発売の「S600クーペ」が新製品として紹介されていることから考えて、同年の春から秋ごろにかけてと推察される。
というわけで、アメリカでカブを歌った『リトル・ホンダ』が、日本では半世紀以上の時を超えて、S600とN-ONEという2台のリトルなホンダ四輪車のプロモーションを彩っているのである。それも遊びごころあふれる、とびきりシャレたセンスで。これもまた「ホンダのDNA」なのだろう。
(文=沼田 亨/写真=本田技研工業、沼田 亨/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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