いまや世界のベンチマーク!? アウディの“ステアリングへのこだわり”って何だ?
2021.05.17 デイリーコラム単なる操舵のツールではない
アウディのエンジニアたちがこだわりにこだわり抜いた技術について熱っぽく語る技術説明会「アウディ・テックトーク」。これまで「音響と騒音ならびに振動」「ライト」「クワトロ」「プラグインハイブリッド」「充電」といった“オタク的話題”の数々を取り上げてきたのだが、その最新回は「ステアリング」がテーマ。「ステアリングだけで、そんなにたくさん語ることあるの?」と思われるかもしれないが、これが驚くほど盛りだくさんの内容だった。
例えば、ひとつのステアリングホイールが誕生するまでには3Dプリンターを用いた開発の初期段階から生産まで4~5年の期間を要するとか、アウディではステアリングホイールのリム形状や中心部分はできるだけコンパクトに設計しているとか、ステアリングホイール径は375mm、リム直径は30~36mmが標準だとか、ますます機能が増えて操作も複雑になってきたステアリングホイール上のコントローラーをどんな風にレイアウトしているのかなどについて、深い深いエンジニアリングトークが次々と飛び出してきたのである。
そんななかで、今回最大のトピックだったのが、先ごろ本国で発表された「Q4 e-tron」のステアリングホイールである。写真をご覧になればわかるとおり、リムの上下部分がフラットにされているのを除けば、極めてシンプルなデザインに思える。
ところが、その黒く見える水平のスポーク部分には、実はタッチセンサー式スイッチが内蔵されているのだ。最近は「フェラーリ・ローマ」や最新の「レンジローバー」もステアリングスイッチにタッチセンサーを使っているけれど、Q4 e-tronのものはローマと同じように普段は真っ黒な状態。ただし、その表面を触ると背後の照明がついて、機能を示すアイコンが浮かび上がる仕組みになっている。もっとも、ここまではローマも同じだが、Q4 e-tronの場合は、スイッチを押すとパネルが軽く押し返されて、操作したことが触覚でも確かめられるように工夫されている。しかも、本来はフラットなタッチセンサー上にスイッチ同士の境目を示す小さな突起部が設けられていて、自分がいまどのスイッチを操作しようとしているかが指先の感触だけでつかめるようになっているのもローマのものとの違い。どちらも、手元を見なくても操作できるブラインドタッチを可能にするもので、安全上、極めて好ましいといえる。
また、ステアリングリムの下側をフラットにしたのは良好な乗降性を確保するため、上側をフラットにしたのは前方の視界を改善するためだという。
Q4 e-tronの操作系はダッシュボードまわりにも新機軸が多く、それらは今後デビューするアウディの各モデルに採用される見通しだ。
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こだわり転じて「良いお手本」に
こんなハイテクな話題だけでなく、アウディはステアリングにまつわるごく基本的な機能や仕様についても独自のこだわりがある。
例えば、アウディのステアリングリムは握る位置によって感触が大きく変わらないように素材や形状を選んでいるという。そういえば、少なくとも近年のアウディに限って言えば、レザーとウッドをつなげたようなステアリングリムを見たことがない。これもスムーズに、そして気持ちよく操舵してもらうための一工夫らしい。
もうひとつ、アウディで特徴的なのが操舵力が軽く、洗練されていて雑み成分の少ないステアリングフィールにある。ほんの数年前まで、こうしたアウディのステアリングフィールのことを「感触が薄い」「オモチャみたい」と批判する声も聞かれたが、普段は振動などを伝えないのに、必要なロードインフォメーションだけはしっかり伝えるアウディのステアリングフィールのことを私は以前から高く評価してきた。軽い操舵力も、きちんとしたステアリングフィールが伝わってくるのであれば、労力が軽減されてむしろ好ましいと私は捉えていた。
当時、アウディと同じようなステアリングフィールに仕上げているプレミアムブランドは皆無に近かったが、車両価格が2000万円を超えるラグジュアリーブランドが続々とアウディ方式を採用。最近では、古典的なステアリングフィールを売り物にしてきたプレミアムブランドもこの流れに追随するようになってきた。
前輪駆動主体だったアウディはステアリングに伝わるパワートレイン系の振動を遮断するため、以前からぜいたくな仕様のフロントサスペンションを採用してきたが、結果的にこれがライバルをリードするステアリングフィールを生み出し、他社にも波及していったと私は理解している。これもまた、技術へのこだわりが深いアウディが自動車テクノロジーのトレンドをリードした一例といえるだろう。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=アウディ/編集=関 顕也)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。