ものづくりの魔法のつえ 3Dプリンターはクルマづくりでどう生かされている?
2021.05.21 デイリーコラム現実になった「夢の技術」
1980年代、1990年代。20世紀のあのころに流布していた近未来のイメージ、あなたは覚えていますか? 2021年現在、高層ビル間を自在に行き交うタイヤのないクルマはまだ実現されていないけれど、世界中に行きわたったスマホは思い描いていた未来アイテムにかなり近いような。
「でも逆に言えば、わかりやすく未来っぽいアイテムなんて、スマホくらいのもんじゃない?」
と思っていたら、いや待てあったぞ。「3Dプリンター」だ。これはかなり未来っぽいアドバンストマシンといっていいかもしれない。目の前でみるみるうちにモデリングされていく製作プロセスはまるで、ちょっとした魔法を見ているようだ。
そんな3Dプリンターがいま、自動車メーカーとその周辺でますます活躍の場を広げているという。世に3Dプリンターが知られてからずいぶんとたつが、いま自動車メーカーは最新のマシンや技術をどのように活用して、何をつくっているのか? 自動車業界における、3Dプリンターのいまを調べてみた。
ものづくりの基本が変わる
そもそも金属用3Dプリンターとはどのようなマシンなのだろうか? それは、ごく微細な金属粉末の層を重ねながらモデリングできる技術で、これまで難しかった複雑なカタチの金属部品をつくることを可能にする特殊な工作機械だ。自動車産業や航空宇宙産業のほか、医療の分野でもすでに利用されている。群馬県太田市に多く存在する自動車部品メーカーなどが、付加価値の高い分野へ進出し新事業をスタートするために、協働しながら活用を進めていくという。
過日、日本ミシュランタイヤも、タイヤの金型を製造する際に使っている「3Dメタルプリンティング」の独自技術を活用し、他社にさまざまなビジネスを提案していく方針を発表した。今後はタイヤだけでなく、これをビジネスの柱にしていきたいという。具体的には太田市にある同社の研究開発拠点をベースに2021年7月に共同組織を立ち上げ、2022年4月に本格的に始動する予定だ。使用する金属用3Dプリンターはミシュランの関連企業である「AddUp」の製品で、アジア圏への事業展開も視野に入れている。
一方、BMWは2018年の時点で、過去10年間で100万点を超えるパーツをプリント試作したと発表している。しかも、その後の10年以内にすべての車両に数千点の3Dパーツが使われることも想定している。そしてその言葉通り、プラグインハイブリッドのスポーツカー「i8ロードスター」の製造に際しては、3Dプリンターで生産した数千点もの“AM部品”が用いられた。
AMとは「Additive Manufacturing」の略で、3Dプリンティングの積層造形技術による製造方式のことを指す。今後、メーカーの開発・製造現場に大きな影響を及ぼすことが確実といわれている最新技術、AM部品はその恩恵をダイレクトに受けたプロダクトだ。
高級車や高性能車でも生かせる
MINIでは、エンブレムや内外装のカスタマイジングに、AM部品が活用されている。なんと、ユーザーそれぞれの好みでデザインした樹脂系パーツを、一点もののアイテムとしてオーダーすることができるという。自分の名前、好みのロゴやワードなどをオリジナルであしらうことが可能なのだ。また、ロールス・ロイスは「ファントム」に1万点以上のAM部品を採用した。公になっているだけでも、ハザードランプ用の樹脂ホルダー、センターロックボタン、パーキングブレーキなどに使われている。
プジョー、シトロエン、DSといった、かつてグループPSAを構成していたブランドでは、シャシー用パーツのほぼすべてがAM部品でまかなわれている。「DS 3」のインテリアパーツも多くがAM部品だ。またブガッティは「シロン ピュアスポーツ」のエキゾーストパイプを3Dプリンティング技術によって成形したチタン合金製としたことで、従来品に比べ約50kgの軽量化に成功している。もともと高度に職人的なものづくりが求められるプロセスで、その精度に限りなく近いクオリティーが実現できる3Dプリンティング技術は、大変魅力的なのである。
ポルシェでは、ラティス構造(枝状に分岐した格子が周期的に並ぶ構造)を持つ、新開発シートにAM部品を採用。このシートはユーザーの好みに合わせたカスタマイズが可能で、従来のスポーツシートよりも軽量に仕上げることができたという。
さらに驚かされるのは、同社の高性能モデルである「911 GT2 RS」用エンジンの例だ。ポルシェはこれまでにもボディーパーツ製造やプロトタイプ開発のために3Dプリンターを使ってきたが、実際に搭載されるエンジンの製造に活用したのはこれが初のケースとなる。それまでの鍛造ピストンよりも10%ほど軽量になり、パワーも30%増しになったと、メリットばかりが際立つ。複雑な形状でもコストに影響しないとは、感嘆するほかないだろう。
アフターサービスにおいても福音
ざっと駆け足で、3Dプリンティング技術によって生み出されたAM部品の実例を、新車製造の側面から挙げてみた。一方で、AM部品はアフターマーケットでの補修パーツとしても大きな期待が寄せられている。その分野ではこんな利点が見込まれている。
- 補修部品はこれまで、その大半が在庫として使われないまま倉庫にストックされてきたが、オンデマンドでの生産が可能となれば生産コスト/保管コスト/廃棄コストのすべてを抑えることができる。
- 部品の生産をスピーディーに行うことが可能なので、受注から納品までがスムーズ。
- 多品種・少量生産に向いているうえ、カスタマイズにも臨機応変に対応できる。
うーん、3Dプリンターの汎用(はんよう)性は計り知れないぞ。その高度なポテンシャルはぜひともすべて、善用に向かってほしい!
もちろん3Dプリンターとて万能ではない。しかもその可能性の大半は、オペレーターであるエンジニアに託されていることに間違いはない。「3Dプリンターで何ができるか」からもう一歩踏み込んで、「3Dプリンターで何をすべきか」が問われる時代が、すでにきているのかもしれない。
(文=宮崎正行/編集=関 顕也)

宮崎 正行
1971年生まれのライター/エディター。『MOTO NAVI』『NAVI CARS』『BICYCLE NAVI』編集部を経てフリーランスに。いろんな国のいろんな娘とお付き合いしたくて2〜3年に1回のペースでクルマを乗り換えるも、バイクはなぜかずーっと同じ空冷4発ナナハンと単気筒250に乗り続ける。本音を言えば雑誌は原稿を書くよりも編集する方が好き。あとシングルスピードの自転車とスティールパンと大盛りが好き。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する 2025.10.13 ダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。