技術はあれど成功ならず 2代目「ホンダNSX」はなぜ短命に終わるのか?
2021.08.23 デイリーコラム初代と比べて「あっという間」
先日アナウンスされた2代目「NSX」の生産終了については、さまざまな見解がメディアに取り上げられているのをご覧になられた方も多いのではないでしょうか。市場投入から5年余といえば、売れ筋のクルマでもフルモデルチェンジを迎えるか否かというタイミング。現行型「マツダ・ロードスター」が2015年に登場……と聞けば、ワンオフのスポーツカーの生涯としてはなんとも短いことがわかります。
バブル景気の波とF1常勝の追い風を受けて登場した初代NSXは、対峙(たいじ)するものが明快でした。端的には量産スポーツカーの世界で頂点に立つ「ポルシェ911」と「フェラーリ328」、この2つを超える存在であろうとしたわけです。ゆえに当時の両車が備えていなかったもの、優れた操縦安定性や信頼性、快適性などを携えた、ドライバーに優しいミドシップのスーパースポーツというコンセプトが立てられ、開発はそこに向かっていく作業となりました。
当初は「ヒリヒリするような快感がない」だの「ご立派なトランクですこと」だのといろいろ言われたわけですが、ゴードン・マレーがその多様性を褒めたたえ「マクラーレンF1」の開発にも影響を及ぼしたとか、ガンさん(黒沢元治)の超絶ドライビングでニュル8分切りのタイムをひねり出し、漢(おとこ)になったとか、いくつもの逸話に彩られて15年の歴史に幕を閉じたわけです。
迷いがみられた胎動期間
対して、2代目です。紆余(うよ)曲折の歴史は、2003年の東京モーターショーでお披露目されたコンセプトカー「HSC」に端を発します。最高出力300PSオーバーのV6をミドシップマウントするという想定でパッケージされたそのボディーサイズは、全長×全幅×全高=4250×1900×1140mm。そしてホイールベースは2660mm。初代NSXのディスコンもうわさされるなか、登場したその姿に次世代のNSXを見ない者はいなかったわけです。が、ホンダの見解は「S500から始まるHondaのスポーツDNAを継承する、新次元ピュアスポーツの提案」というものでした。
ちなみにこのころの他社事情はといえば、当時のライバルだったフェラーリは「360モデナ」にスイッチ、ポルシェは「911カレラ」が水冷化、それに加えてアストンマーティンは「ヴァンキッシュ」を発売、ランボルギーニは「ガヤルド」を、メルセデスは「SLRマクラーレン」を発表……と、スーパースポーツ界がにわかににぎやかになっていた時期であることがわかります。
と、そのHSC発表から4年後、初代NSXの生産終了から2年後の2007年、今度はデトロイトモーターショーで「アキュラ・アドバンスト・スポーツカー・コンセプト」と名乗るコンセプトカーが現れます。そのパワートレインはV10で、レイアウトはFRベースの4WD、形は当然ながら堂々のロングノーズと、初代NSXやHSCとのつながりは一片も見えません。
ホンダ十八番の前例否定というだけでは説明がつかないこの事態、理由はほかにいくつか考えられます。MRベースの4WDよりFRベースの4WDのほうが、推しメカだった「SH-AWD」のベクタリングシステムが構築しやすいこともあるでしょうし、主力市場と想定されるアメリカの嗜好(しこう)はMRよりFRだという読みもあったのかもしれません。
まわりの状況もどんどん変化
もとより、ホンダのなかには隙あらばエンジンを縦に置きたいというエネルギーが水面下にあって、それが時折蜃気楼(しんきろう)のように浮かび上がる、そんな気配を察したことが筆者も幾度かあります。横置きFF屋と思われていることに対するコンプレックスといいましょうか、一部のエンジニアにそういうマインドがあったことは間違いなかろうかと。もちろんそういう熱があればこそ、「S2000」のようなクルマも生まれるわけですが。
このFRベースのコンセプトカーの現実化については、ニュルなどでテストを開始する段までいっていましたが、リーマンショックで第3期F1撤退とともに頓挫。「HSV-010」と名づけられSUPER GT選手権参戦車両としての役割を果たすのみとなってしまいました。2代目NSXの企画を海外主導としたことに対する不満はよく耳にしましたが、そこには最大需要地域で生産するというホンダの六極体制の範にのっとった一面もあれば、さまざまな思惑や雑音に惑わされそうな日本より海外のほうが開発環境に向いてるのではという経営側の判断もあったのではないかと邪推してしまいます。
……と、そうこうしている間に、スーパースポーツのマーケットは咲き乱れの様相を呈しているではありませんか。ランボルギーニは「アヴェンタドール」でV12のアーキテクチャーを半世紀ぶりに完全刷新、ブガッティは復活し、アウディやマクラーレンが新規参入。そのマクラーレンに加えてフェラーリやポルシェが相次いでハイブリッドの超絶限定車を投入、その傍らにはパガーニだケーニグセグだ……と、仕事柄、そういう情報によく触れるわれわれでさえ、把握するのも大変なほどです。
果たしてこのなかに2代目NSXが入り込める余地はあるのか? ようやく登場したそれは、MRベースの3モーターハイブリッドにして前輪に向かうドライブシャフトはなく、前輪の2モーターで左右各輪を電気的に駆動しながらアクティブにベクタリングするというSH-AWDを実現していたわけです。
ライバルメーカーには響いても……
前代未聞のメカニズムにまずびっくりしたのは同業他社だったように思います。迫り来る電動化の波にどう対応するか頭を痛めるなか、もってこいのサンプルが現れたわけです。聞く限りイタリアのあそこやドイツのあそこ、アメリカのあそこなど、名だたるメーカーがR&D(研究開発)のためにそれを購入しています。
一方で、お客さんの立場にしてみれば、そのメカニズムは財布を開くに魅力が乏しかったのでしょう。このカテゴリーの価値は、テクノロジーでは拭いようのない伝統やブランドの背景にある壮大なストーリーといった文学的要素が前提にあり、そのうえで趣向を凝らしまくった発表会やらレーストラックでのオーナーイベントやらと“無二の体験”提供を競い合う、それほどに各社のブランディングやCS活動は激化していたわけです。
いくら新しいドライビング体験ができたとしても、世界の富裕層さまを相手に単価数千万円のハイブランドばりなホスピタリティーを均一に展開することはどうにも無理筋です。でもそれはホンダのみならず、アウディやメルセデスも同様の苦悩を抱えているのではないでしょうか。
なぜ2代目NSXは売れなかったのか。最大の理由は誕生に至るまでの紆余曲折やNSXという名にまつわる内々の熱量のバラツキにあったのだと思います。が、それがすべてというのはホンダがかわいそうかもしれません。現代的な事情として、カテゴリーの環境がさまざまな意味で急変していて、フルラインナップのブランドには荷が重すぎるものになっているからなのでしょう。いいものをつくれば売れるというものでもなければ、欲しけりゃ買えばいいと尊大に出ている場合でもない。フェラーリでさえ、F1を走らせていればストラダーレをバンバン買ってもらえる、そんな時代ではないということです。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業、フェラーリ、アウトモビリ・ランボルギーニ、webCG/編集=関 顕也)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。