第727回:喜びは“お値段以上” イタリアの観光ハイヤードライバーに密着
2021.10.14 マッキナ あらモーダ!無人駅に黒塗りメルセデス
今回はイタリアにおける観光ハイヤー運転手のお話を。
先日、筆者のクルマが高速道路上で故障に見舞われた。クルマはロードサービスの地域代理店による陸送車で運ばれ、そのまま彼らが営む修理工場で直してもらうことになった。
修理は故障発生から5日後の夕方に完了した。
困ったのは、工場までの足である。わが家から50km以上離れている。途中までは列車で行けるのだが、先方の最寄り駅からは約15kmの距離がある。
故障当日は修理工場のクルマで駅まで送ってもらったものの、今回は自力で行かなければならない。路線バスもあるのだが、それを待っていると工場が閉まってしまう。あいにく翌日から出張だったので、今日中にクルマを引き取らなければならない。
何はともあれ家を出て、列車に飛び乗った。
最寄り駅からタクシーを拾えればと思い、SNSのメッセンジャーを通じて留守番していた女房に「Googleストリートビュー」で、駅周辺の乗り場を確認してもらう。だが「見当たらない」という。
機転を利かせた女房は「観光ハイヤー」を手配してくれた。
イタリアで観光ハイヤーは「運転手付きレンタカー」を意味する「noleggio con conducente」といい、頭文字をとって「NCC」と呼ばれている。
突然の依頼ゆえ、列車到着から15分ほど待ち時間が生じるものの、確実に修理工場まで送ってくれるという。先方が提示した料金は30ユーロ(約3900円)だ。
列車から降り立ってみると、そこは無人駅だった。構内の新聞雑誌スタンドのあるじに聞けば、案の定「ここは田舎だから、タクシーなんかないわよ」と教えてくれた。
やがて見るも痛々しい「メルセデス・ベンツEクラス(W124)」がやってきたので、「これが村の観光ハイヤーか」と背筋が凍ったが、駅併設のバールに夕方の一杯を飲みに来た地元の人だった。
やがて到着した本当の観光ハイヤーは、同じメルセデス・ベンツでも立派な黒塗りの「ヴィート」だった。ヴィートとは「Vクラス」の商用車登録仕様である。
かつて東京でライドシェアサービス「ウーバー」を試したとき、米国や欧州とは違って、タクシー会社が運営する黒塗りの「トヨタ・アルファード」が到来し、自動スライドドアがするすると開いて驚いた。今回は同じ黒塗りワンボックスでも、周囲が片田舎ゆえ、さらにインパクトがある。
9人乗りの広大な車内の第2列シートに、筆者はちょこんと収まった。運転手はジャン-マルコさんという、30代後半から40代前半の人あたりのいい男性だった。
筆者が住むトスカーナ州で観光ハイヤーは、地元の結婚式のゲスト送迎といったリクエストもあるものの、大半は外国人需要だ。いずれも公共交通機関のアクセスがよくないワイナリーや小さな村、そしてアウトレットモールといった場所に彼らを連れて行くのが主な仕事なのである。
それは、SNSにおける彼らの評価欄への書き込みの大半が外国人によるものであることからも分かる。
イタリアでは2020年から2021年の間、2回に及ぶ新型コロナウイルス対策の移動制限が実施された。彼らの仕事は、大いに影響を受けたに違いない。
聞いてみると、「2020年は数カ月にわたって、お客さんゼロの月が続きましたよ」とジャン-マルコさんは教えてくれた。そして「その間にも税金や公共料金の支払いは確実にやってきました」と苦笑する。
本欄でたびたび記してきたように、イタリアの付加価値税は22%と高率だ。その他諸税と合わせると、稼ぎの5割近くが税金に消えてゆく。日本の所得税に相当するものは前年、つまりお客さんの数が正常だった年を基準に算定されるから、今年の収入がゼロでも容赦なく課税される。
「だから私と同様にドライバーをやっている同僚は、お客さんがいない間、ワイン農園で働いていましたよ」
そういえば筆者にも、観光ハイヤーのドライバーをしている(であろう)知人がいたので、連絡してみることにした。
脱サラドライバーの奮闘
マッシミリアーノさんという彼を最初に知ったのは、筆者が住むシエナ市街の高級食料品店だった。彼はそこで従業員として働いていたのだ。その店の歴代従業員のなかでも、とりわけ愛想がよい好青年だった。
ところがある日店に顔を出してみると、彼の姿が見えない。店主に聞くと「あいつは、やめちまったよ」という。
後日、マッシミリアーノさんと街でばったり会った。どうして店をやめたのかと問えば「近日、観光ハイヤーのドライバーを始めるんだ」と意気揚々と教えてくれた。
イタリアでNCCドライバーの大半は、個人営業である。元勤務先の店主は彼の腕を見込んでいたようで、かなり落胆していたが、本人は一国一城のあるじになることを選んだ、というわけだ。
NCCのドライバーになるには、21歳以上で日本の普通運転免許に相当するB免許を所持、かつ「KB」と呼ばれる職業能力試験にパスする必要がある。
KBでは、車両の構造と主要部品、保守点検の知識、旅客輸送に関する国内法などが出題される。有効期限は5年で、その後は健康診断を受けて更新する。
イタリアの職業別解説ウェブサイト『プロフエッシオーネ・エ・カリエレ』によると、KBの講習に要する費用は、400ユーロ~500ユーロ(約5万円~6万5000円)だ。
インターネットで検索してみると、マッシミリアーノさんはNCCドライバーとして立派に開業していた。その名も『マッシ・ザ・ドライバー』というウェブサイトを開設している。「Massi」とは本名「Massimiliano」の短縮形でありニックネームだ。
彼の営業車もメルセデス・ベンツ・ヴィートで、お客さんと撮影した写真も多数アップされている。連絡をとってみると、幸い筆者のことを覚えていてくれた。
早速彼に、新型コロナの期間中で最も苦労したことを質問してみる。
すると彼は「車両のローンや四半期ごとの付加価値税の納税、家計費(電気、水道、ガス、家賃)の支払いですね」と答えたうえで、「私のような仕事の場合、政府からの支援金では、固定費の一部しか補塡(ほてん)できません」とも語った。
ちなみに、イタリアでヴィートの9人乗りは、円換算にして700万円を優に超える。そしてこう結んだ。
「私の場合、家族の援助があったからこそ、事業を継続できたのだと思います」
やはり、彼も大変だったのである。
「2021年も、仕事の立ち上がりはかなり遅かったですね。毎年復活祭と重なる春の期間には仕事シーズンとなりますが、6月末にようやく始まりました」
さらに例年と違い、多くの人が旅行計画を最後の最後まで立案できなかったことから、「すべての依頼を調整するのに苦労しました」と明かす。
収入以上の喜び
NCCはタクシーとは異なりメーターは装備されていない。ドライバー自らが料金を設定できるが、『プロフエッシオーネ・エ・カリエレ』によると、ドライバーの平均月収は1500ユーロ~2000ユーロ(約19万5000円~26万円)だ。
それでも、マッシミリアーノさんによれば、この仕事の喜びは少なくないという。
「3年前にイタリアに滞在したお客さまが、2021年に再び私を指名してくださったのには感激しました」
そういえば、前述のジャン-マルコさんも2021年は「毎年やってくる英国在住の家族が、数週間にわたる滞在中、今年もずっと貸し切りにしてくれたことがうれしかったですね」と振り返っていた。
同業者が少なくないなか、常連客をいかに獲得するかが、NCCドライバーにとっての成功の鍵なのである。そのため、彼らは誠心誠意の心づかいと笑顔で仕事にあたる。
その間にも筆者のような、一見客の突然のリクエストにも対応する。本当に頭が下がる。
実際、マッシミリアーノさんは、「顧客との触れ合いがこの仕事の第一の楽しさ」と話す。同時に彼は「自分が生まれた地域で仕事ができることです」とも語る。郷土愛あふれるイタリアの人にとって、自分が育った地を紹介できる素晴らしい職業なのである。
筆者自身は将来早く運転免許を返上し、彼らに運転をお願いして各地を訪ねることが夢だ。だが、生活水準的にそう毎日使えそうにはない。
代わりに読者の皆さんが再びイタリアを自由に旅することができるようになった暁には、一日くらいステアリングから解放されて、彼らのクルマを使ってあげてほしい。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Massimiliano Mori、フォルクスワーゲン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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