フェラーリ812コンペティツィオーネ(FR/7AT)
最後の咆哮 2021.11.22 試乗記 跳ね馬の聖地フィオラノで、限定999台の特別なフェラーリ「812コンペティツィオーネ」に試乗。特殊なスペチアーレを除けば「搭載されるのはこれが最後では」と目される、マラネロ謹製のピュアなV12自然吸気エンジンを堪能した。既存の「812」とは全く違う
結論から始めたい。812コンペティツィオーネは既存の812シリーズ(「スーパーファスト」&「GTS」)とはまるで似て非なるクルマであった、と。そして、幸運にもコンペティツィオーネもしくは「コンペティツィオーネA」をオーダーできたというフェラリスチを心から祝福したいと思う。相当な嫉妬心とともに。
ウエットのフィオラノで試乗して、スタイリング&エアロダイナミクス、シャシー制御(特に四輪独立ステアリング)など大きな違いはいくつも見つかったのだが、最も感銘を受けたのが812シリーズにおける白眉(はくび)ともいうべき65°V12のエンジンフィールが“まるで違う”ことだった。
812スーパーファストと同GTSに搭載されたV12は型式名を「F140GA」といい、その数字から「エンツォ・フェラーリ」に積まれていたF140Bを祖先とすることが分かる。排気量は6.5リッターとなり、最高出力は800PS/8500rpm、最大トルク718N・m/7000rpmという、スペックをなるべく本文中に記したくない筆者でもあえて書きたくなるほどの数値を誇っていた。
型式名を「F140HB」へと変えたコンペティツィオーネ用のV12エンジンは、排気量こそ6.5リッターを踏襲するものの、その中身はほとんど別物だと言っていい。スペックを並べると、スタンダードな“GA”との差にエンジン好きは狂喜乱舞するだろう。すなわち、830PS/9250rpm、692N・m/7000rpm。最大トルクをわずかに落とし、最高出力を750rpm上で発生。さらに最高許容回転数は9500rpm !
排気量以外のすべてを刷新
実を言うと、今回はマラネロ工場の心臓部ともいうべきエンジンパーツの生産ラインを見学することができたのだが、生産ロボットの近代化が進む工場にあって、812コンペティツィオーネ用のパーツは専用のプロセスを追加して一層念入りに生産されていた。そして現場で見た、例えばHB用シリンダーヘッドの内部構造は見た目にも明らかにGA用とは異なっていたのだ。
シリンダーヘッドだけじゃない。クランクシャフト、コンロッド、ピストン、バルブトレインといったエンジン主要パーツのすべてが再設計されている。なかでも先のシリンダーヘッドとバルブトレインは完全なる新設計だ。DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)コーティングされたカムシャフトによるバルブステムの駆動装置は、同じくDLCコーティングされたスチール製スライディング・フィンガーフォロワー方式となって、バルブリフト特性を一層高めている。もちろんF1のテクノロジーが生かされた結果である。
そのほか、吸気システムもまるで違えば、排気システムも全く異なる。可変ジオメトリー吸気ダクトによる空気供給の最適化に、812の中途から採用されているGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルター)によるパワーロスや中高周波サウンドの劣化を抑えるべく、全く新しいエキゾーストシステムも開発してもいる(その見栄えに好き嫌いはあるだろうけれど)。
かくのごとき特徴をこの先も書き連ねるとキリがないと思えるほど、F140エンジンはコンペティツィオーネ用に進化しているのだ。フロントミドシップ+後輪駆動の2シーターフラッグシップモデル用としては最後となるピュアな自然吸気V12エンジンに、ふさわしい内容である(自然吸気12気筒エンジンそのものはこの先も限定モデルに搭載される可能性大)。ちなみにマラネロが発表したフィオラノサーキットのラップタイム=ロードカーのヒエラルキーだが、812コンペティツィオーネは1分20秒で、「SF90ストラダーレ」(1分19秒)と「296GTB」(1分21秒)の間に入っている。
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ウエット路面で感じた盤石の安定感
テスト当日、マラネロ周辺の天気予報は曇りのち雨。急いでフィオラノに向かったが、残念ながら直前のスロットの最終テストあたりから霧雨となってきた。そこから筆者の番まで3人。祈るような気持ちで順番待ちをするも、回ってきた時にはすでに完全ウエットの路面状況であった。
否、雨中のフィオラノで自然吸気FR最後のモンスターマシンをテストする機会のほうがレアだ、と自らを奮い立たせ、イエローのベルリネッタ・コンペティツィオーネに乗り込む。今回はプロ(テストドライバー)の駆る同じモデルの先導車両についていく方式だ(いつもは自由だったが)。フィオラノサーキットそのものは何度も走ってきたけれど、雨が降っているとなれば路面状態の確認は必須である。「マネッティーノ」(走行モード切り替え機構)で「ウエット」モードを選び、ゆっくりとラップしながらリスクの少ないラインや水たまりの有無をチェックする。
早くも感心することがあった。それはウエットモードでの“抜群の安定感”である。最新フェラーリのウエットモードは日常使いしたくなるほどに安楽で、特に電動パワーステアリングを採用したモデルでは長距離ドライブでも威力を発揮する。ノーズの動きがまるで乱れないからだ。それは雨中のフィオラノでも同じ。雨の確認ラップだというのにぐんぐん速度を上げていく先導車両に追いすがることも、すべてクルマ任せ(変速もオートマチック)で容易である。パワートレインもシャシーも、とにかくドライバーを無事に走らせることに徹しているから、まるで気を使うことなく踏んでいけるし、切っていけるし、速度をそぐことができた。四輪独立制御のステアリングは安定方向にも大いに寄与するというわけだ。もちろん加速フィールは「ユーノス・ロードスター」並みだけれども、安定感がそれ以上だったから舌を巻いた。
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その鋭さはカミソリのごとし
途中からマネッティーノを「スポーツ」にしてみる。V12サウンドは明らかにボリュームを上げた。前輪の動きは跳ね馬であることを思い出したかのようにシャープとなり、それでいてウエットの路面であってもしっかりとした手応えをドライバーに伝えてくれる。ハイパワーFRに乗って完全ウエットでも心底怖くないと思えたのは今回が初めてかもしれない。
驚くべきはまたしても制御であった。マニュアル変速を試してみたが、リスクを承知で回転域を上げてシフトアップしても後輪が乱れるということがない。否、時には一瞬、腰下からズズッと滑るが、それは滑るというより揺れるといった感覚でしかなく、安心して前を向いていられた。
そして、F140HBエンジンだ。同GAに比べるとカミソリ度が増している。恐ろしくシャープに吹け上がり、回転フィールはモーターのように軽く精緻、しかも高回転域での食いつきがすさまじい。ウエットの慣熟走行中にもかかわらずレースモードにスイッチしたくなる誘惑に何度もかられた。
慣熟走行を終えてピットに戻ると、赤い先導車両のドライバーがチーフテスターへとスイッチした。これからホットラップに入るという。雨は少し弱まったが、路面はしっとり。かなり“クール”な状況だ。
スポーツモードでコースイン。先ほどまでとは明らかに違う加速で引っ張られる。クルマにすべてを任せておけば安心、だということは分かっている。せめてエンジンだけでも存分に味わってやろうと再び高回転域までぶん回す。8000回転まで上がっていく速さが尋常ではない。あっという間だけれど力はずっと平行線でついてくる感覚がある。もうそのままずっと回していたい気分。1万回転まで回りそうな勢いだ。よく知っている812の12気筒も史上最高だと思っていたが、それを大きく上回ってまるで別物のエンジンだった。
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秀逸な電子制御 珠玉の12気筒エンジン
先導車両から少し離れてしまったので、今度は早めのシフトアップでできるだけ離れないように心がけて走る。コーナーの立ち上がりでは必ず“滑る”が、体勢を整えようと腰が意識する前にクルマのほうで整えてくれる。タイトベントでも中速コーナーでも腰が揺れるだけで済む感覚だ。これもまた、四輪独立ステアリングに備わる最新バージョンのサイドスリップコントロールを筆頭とする統合制御のおかげというべきだ。
思い切ってレースモードを試してみた。エキゾーストノートはまた一段と激しくなり、ヘルメット越しにもラウドに、そしてエモーショナルによく響く。変速時間も信じられないくらいに短く、しかもダイレクトだから、さすがに瞬間シャシー制御もついてこられずにシフトアップのたび車体が“揺れる”。コーナーでは“揺れる”では済まされなくなって、わずかな逆操舵と慎重なアクセルコントロールが要求される。スリルとファンが一体になる瞬間だ。
今回は慣熟走行を含めてわずかに10ラップ。このご時世に、たったそれだけのためにイタリアまで出向くなんてことはなかなか理解しがたい行為かもしれないけれど、その価値は十分にあった。雨中のフィオラノ、812コンペティツィオーネの超優秀な制御技術の数々と、史上最高の12気筒エンジンのフィールを味わうことができたのだから。
最後にもう一度記しておこう。812コンペティツィオーネは812スーパーファストとはまるで違うクルマである、と。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
フェラーリ812コンペティツィオーネ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4696×1971×1276mm
ホイールベース:2720mm
車重:1487kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:6.5リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:830PS(610kW)/9250rpm
最大トルク:692N・m(70.6kgf・m)/7000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR20/(後)315/35ZR20(ピレリPゼロ コルサPZC4)
燃費:16.9リッター/100km(約5.9km/リッター、WLTCモード)
価格:6784万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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