大きく変わるメルセデスの次期「SL」 果たして“オープンカーの王様”の復権なるか?
2021.11.29 デイリーコラム次期SLはトピック山盛り
去る10月末のこと、新型「SL」がデビューしました。初代のデビューは1954年。ドイツ勢として初のルマン総合優勝を筆頭に数々の栄光をものにしてメルセデスのスポーティネスを確立したレーシングカー「W194」を源流としたロードゴーイングレーサーとして登場したそのモデルは、今もメルセデスブランドのアイコン的な存在です。
そこから数えて7代目となるこのモデルの型式名称はR232。5代目からの通し番号となっていますが、その成り立ちは大きく変わりました。ポイントを挙げてみましょう。
- メルセデス本体ではなくAMGが主導で設計したメルセデスAMG銘柄「メルセデスAMG SL」として登場
- 4代目のR129型以来、20年ぶりとなる幌(ほろ)屋根の復活
- 同じくR129型以来、20年ぶりとなる2+2パッケージの復活
- SL初となる4WDの設定
とまぁ、これほどの変貌を遂げることになったのは果たしてなぜなのか? 近年の流れを振り返ってみます。
R129世代まで、SLは圧倒的な性能をもって「オープンカーの王様」と言い切れる完成度を誇っていました。その名の意は、ドイツ語の「Sport Leicht」つまり軽いから、「Sport Luxury」つまり豪華へと変貌を遂げたものの、開けようが閉じようが走りの質感に大差ないほどの剛性感や充実した装備、安全性への配慮なども行き届いた、文字通り何も我慢することのない、ぜいたくで完璧なクルマとして君臨していたわけです。対すれば当時の他のオープンカーは、安普請だったり面倒だったり心もとなかったり仰々しかったりと、工業製品というよりは嗜好(しこう)品や工芸品の域という印象でした。
それが2000年あたりを境に、オープンカーの品質はメキメキ上がり始めました。そもそもの車体側の剛性向上と並んで、開閉の電動化が進むだけでなく屋根の密着度や耐候性も向上と、サプライヤー側の進化も著しく、SLとの差を詰め始めたんですね。
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さまざまな変化の果てに
そこで5代目でSLが採った次の一手がバリオルーフでした。そもそもSLはクーペとロードスターという2つの車型を持つクルマとして登場し、2代目からは頑強なハードトップを脱着することでその両方を“2in1”とするコンセプトになっています。空力的見地から天井が凹型につくられた2代目、3代目の「パゴダルーフ」はその象徴ともいえるでしょう。
その発想は4代目まで続いたわけですが、その間に登場したのがメタルトップを格納するメカニズムです。既に「SLK」での採用実績もあったこともあり、SLのコンセプトを21世紀的に継承するうえで、それを用いない理由はなかったのでしょう。バリオルーフは6代目にも採用されており、直近のSLの特徴にもなっていました。
が、SLがバリオルーフを採用していた20年の間にも、幌屋根は進化を続けてきました。ハードパネルや吸音材を織り込んだ多層構造でバタつきを抑え静粛性を高めるなど、機能においてはその差がほとんどみられなくなっています。となると、格納スペースが小さくできてデザイン面の制約も小さい幌のほうがいいという考え方にもなってくるわけです。
変貌の理由は市場環境の変化やライバルの肉薄のみならず、身内での板挟みという側面もあります。従来SLはメルセデスのブランドにおいて、長らくスポーツモデルの頂点に位置づけられていました。が、21世紀になるとまず「SLRマクラーレン」が登場、その後AMGの開発となる「SLS AMG」や「AMG GT」といったモデルが登場、ブランドのスポーティネスはそちらが担うことになります。
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「AMG SL」は必然的
じゃあラグジュアリーの側は……といえば、「CL」改め「Sクラス クーペ」を名乗るようになったC217型に設定された「カブリオレ」が贅(ぜい)の頂点として降臨してしまいました。そう、直近のメルセデスのラインナップにおいては、不動だったはずのSLは立ち位置がなんとも曖昧なものになっていたわけです。
ただし、メルセデスも開発リソースをBEV(電気自動車)側に振っていかなければならないわけで、無尽蔵にモデルを増やしている場合ではありません。「280SE 3.5」の再来ともいえたSクラス カブリオレは一代限りでの終了が見込まれており、新しいSLにはそれをカバーする要素も求められます。仕向け地によっては2~4代目以来となる2+2シーターの復活はそういった事情もあるでしょうし、市場でのライバルと目される「ポルシェ911」や「BMW 8シリーズ」の屋根開きモデルと使い勝手をそろえる意味もあったのかもしれません。
と、それらを勘案していくと「SLはAMGに担わせよう」というふうになるのは、自然の流れなのだと思います。血筋という面からみれば初代のチューブラーフレーム構造を思いおこさせるSL初のアルミスペースフレーム構造は、恐らく次期「AMG GT」との共有が前提となっているはずです。で、そのAMG GTがスポーツカーとしてのポテンシャルをガチで追っかけてますから、SLの側は四駆でしっかりスタビリティーを確保して、大パワーを安心して扱えるようにすると、そういうすみ分けを図ったのでしょう。現行型ではAMG GTにもオープントップモデルがありますが、その処遇はSLの出来栄え次第ということになるかもしれません。
つい先日、新型SLの発表直後に行ったAMG本社のかいわいでは、カムフラージュのラッピングを解かないままのテストカーがせわしなく出入りしていました。タイミング的には最後の仕上げといったところでしょうか。車格的にはけっこう立派になったなぁという印象でしたが、果たして王位を再び確かなものとできるのか、今から楽しみです。
(文=渡辺敏史/写真=ダイムラー/編集=関 顕也)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。