メルセデスAMG SL63 4MATIC+(4WD/9AT)
ママ、店の雰囲気変わったね 2023.07.01 試乗記 先に導入された4気筒モデルの評判もよかったものの、やはりメルセデスの「SL」といえばV8モデルこそが常道にして王道だ。メルセデスAMGブランドにスピンアウトし、より運動性能を追求した7代目。その仕上がりやいかに!?新型はソフトトップに
SLといえばメルセデスのフラッグシップスポーツにして、オープンカーの王として君臨したモデル。と、そこに暗雲が垂れ込めたのは2000年代に入ってからのことだ。剛性や耐候性、開閉方法などオープンカーの基本性能が高まっていくなか、スポーツブランドやハイブランドがオープンモデルを続々と投入。その波にもまれたことに加えて、身内からも「Sクラス クーペ」の「カブリオレ」や「AMG GTC」などをかぶせられるなど、近年、SLを取り巻く環境はかなり気の毒なことになっていた。
これらの変化を織り込みながら、SLは現行の7代目R232型で立ち位置を大きく変えている。まず、開発がAMGに委ねられ、サブブランドであるメルセデスAMGの銘柄へと移行した。それを示すべく、ノーズ端のエンブレムはスリーポインテッドスターではなく、創業地アファルターバッハの紋章とバルブ類とを織り込んだAMG独自のものが配される。
屋根はR230~R231型と続いたバリオルーフから幌(ほろ)に戻されて、可動部や格納部の省スペース化によって2+2のパッケージを実現している。メタルトップで先駆けたがゆえ、耐候性が格段に向上した幌屋根を用いるライバルに対してむしろ弱点となっていた部分が、先祖返りすることで改められたかたちだ。
ちなみに日本ではずっと2座として売られていたSLだが、3代目R107や4代目R129の時代には、仕向け地によってはリアに子供向けともいえる2座を備えた仕様も設定されていた。新型でももちろんそのスペースは大人向けではなくジャケットや手荷物を放り込んでおく場所くらいに考えておいたほうがよく、座る場合の乗員の身長は150cmまでとのただし書きが加えられている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
やっぱV8だよねえ
メルセデスは次世代に向けてラインナップ全体の見直しをこつこつと進めているが、そのなかでSクラス クーペ&カブリオレは終売となった。「Cクラス」と「Eクラス」の「クーペ/カブリオレ」はEクラス側に統合され「CLE」になるという風のうわさもある。間もなく新型登場が予想される「AMG GT」に屋根開きが用意されるか否かは分からないが、果たしてSLにそっち方面の役割を担わせようとしているのか、63の立ち位置次第では見えてくるものもある。
63が搭載するエンジンはM177型4リッターV8だ。90度のバンク間に2つのターボを挟み込むホットVレイアウトのそれは、最高出力585PS/最大トルク800N・mのアウトプットを誇る一方で、ドライブモードや負荷、使用回転域に応じて、気筒休止が介入するなど環境性能にも気が配られている。組み合わせられるトランスミッションは「9Gトロニック」をベースに湿式クラッチを採用した「スピードシフトMCT」。0-100km/h加速は3.6秒、最高速は315km/hをマークする。
この大パワーの伝達ロスを少しでも減らすべく、63には史上初めて四駆が採用されたのも新しいSLの大きなトピックだ。加えて後軸には電子制御LSDも配している。あわせて、油圧式のロールコントロールスタビライザーを持つAMGアクティブライドコントロールサスや、100km/hを境に最大2.5度の同逆相を加えるリアアクスルステアリングなど、ボディーコントロール側にも最新テクノロジーを搭載して運動性能をサポートする。
スタートボタンを押すと、バフッというさく裂音とともにV8の野太いエキゾーストが響き渡る。今後のメルセデスAMGのパワートレイン展開に鑑みれば、この63は純粋な内燃機を搭載する最後のSLとなる可能性も高い。鼓膜を震わせるその音圧は、もはや郷愁さえ漂わせている。
そしてこの時点でオッさんはこうつぶやいてしまうのだ。やっぱV8だよねえと。
2リッターでそのボディーを難なく動かすハイテクぶりもすごいとは思うが、やっぱりSLはV8の器だ。ほかとは役者が違う。オープンカーとして圧倒的存在感を放っていた時代を見てきた身としては、そういう刷り込みが染みついて離れない。
ムキムキのカチンコチン
踏んでのサウンドはもとより、滑らかさのなかに爆発の粒感が混じり合う回転フィール、そしてぼうぼうと湧き上がるトルクにギューンと芯を食って伸びていくパワーなど、SL63はこれぞ内燃機、これぞV8を青天井の砂かぶり席に容赦なくぶちまけてくる。スタミナ苑で肉汁肉煙にむせびながらミックスホルモンをビールで流し込む、もう今夜はどうなってもいいと思うほどの恍惚(こうこつ)なライブ感は、どだい代替肉には務まるまい。そういう、してやったりな心持ちにさせられる。
というわけで運動性能うんぬん以前に、SLなら63こそがロードキングという結論は出てしまったわけだが、あろうことかその63さま、ハンドリングもかなり好戦的だ。車台はアルミ、スチール、マグネシウム、カーボンファイバー等を組み合わせたハイブリッド設計となり、AMG GTCと比べても曲げで40%、ねじりで50%の剛性向上を達成しているというが、確かにボディー的なところでの粗相は公道で乗る限り、まるっきり感じられない。むしろどうすればねじれてくれるんだろうと思うほど頑強だ。ホワイトボディーを見れば、激オコで上半身が裸になったケンシロウの血筋のようにリブが張り巡らされていて、部位剛性向上のためにキャスティングパーツがメガ盛りされていることが分かる。
ゆえに四駆を介して585PSのパワーが逃げているフシが、曲がりながらアクセルをブンブン踏んでいってもまったく感じられない。四駆の制御自体は不必要にイン巻きしていくようなものではないが、四輪操舵と電子制御LSDにアンチロール制御も相まって、グイグイと舵角の内側に食い込んでいくような挙動感がある。んもう速いのなんの……としか言いようがない私ごときの腕前でツッコむのも申し訳ないが、表現を変えれば、SLさまがそんなにあくせく曲がんなくていいよ……と言えなくもない。
真っすぐがドカンと安定していて、加減速や操舵や荷重をきちんと考えれば弱アンダーでグリグリ踏ん張るけれども、そこまでムキにならずとも運転所作のナリには気持ちよく曲がってもくれて、なによりそういう優しさが普段のむっちりと豊満な乗り味に表れている――。オッさんの描くSL像は、スナック並みの包容力があるクラブという夢のようなお店なのだが、新しいSLは走りに求道的にすぎて、対峙(たいじ)するこちらもそれに応えようと徐々に目がつり上がってくる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
輝き続けるために
座るなりネクタイ緩めてベルトも緩めるや「そっちは緩めなくていいから」とママにツッコまれ、熱すぎるアツシボで顔をゴシゴシぬぐっているとチーママがビールの小瓶をスポンと抜く音が聞こえる。そういう弛緩(しかん)要素が探せど見つからない。日ごろから胸肉とブロッコリーばっかり食べてるアスリートのような意識高めの大人にしてみれば十分にくつろぎも感じられるのだろう。が、夕飯くらい好きに食わせてくれよという数値高めの大人が甘えられる場所ではないということか。そのくらいSLは、本気のスポーツカーリーグに引っ張り込まれた感がある。
前述の、見るからに剛性の塊と化したような車台、そして前後マルチリンクの凝った足まわりをみるに、現状SLのみが使うアーキテクチャーは間違いなく次のAMG GTが用いることになるだろう。そのAMG GTは、レースを介してメルセデスとカスタマーを結ぶ接点として欠かせないピースに成長した。次期型もカスタマーレーシングの要件は当然これまで以上に織り込んでいるはずだ。
SLはその過程で、レーシングの素材を用いたラグジュアリーへと転換を図ることが定めとなったのだろう。想像どおり、このモデルこそがAMG GTCの直接的後継ともいえる。そしてレーシングラグジュアリーというこの道筋は、あろうことか昔話しかしないオッさんが大好物な初代への先祖返りでもあるわけだ。
こうなることで、SLという名前が輝き続けることができる。なんとあらば「911ターボ カブリオレ」ともガチでケンカできるだろう。かつてネオン輝く六本木の路肩でチャラチャラしていたSLを知るオッさんは、その覚悟の選択を温かい目で見守ろうと思う。多分、オッさんが期待するスナックラブ調の全身弛緩型オープンカーは、CLEといわれているようなモデルが、存分に体現してくれるはずだ。
(文=渡辺敏史/写真=峰 昌宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
メルセデスAMG SL63 4MATIC+
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4705×1915×1365mm
ホイールベース:2700mm
車重:1940kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:585PS(430kW)/5500-6500rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2500-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y XL/(後)305/30ZR21 104Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:--km/リッター
価格:2890万円/テスト車=2987万2000円
オプション装備:メタリックペイント<パタゴニアレッド>(14万7000円)/Burmesterハイエンド3Dサラウンドサウンドシステム(60万円)/ナッパレザー<クリスタルホワイト×ブラック>(22万5000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト車の走行距離:1141km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:343.8km
使用燃料:52.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.5km/リッター(満タン法)/6.4km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
BMW M235 xDriveグランクーペ(4WD/7AT)【試乗記】 2025.9.15 フルモデルチェンジによってF74の開発コードを得た新型「BMW 2シリーズ グランクーペ」。ラインナップのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられる「M235 xDrive」を郊外に連れ出し、アップデートされた第2世代の仕上がりと、その走りを確かめた。
-
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.13 「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。
-
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】 2025.9.12 レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。
-
トヨタ・カローラ クロスZ(4WD/CVT)【試乗記】 2025.9.10 「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジモデルが登場。一目で分かるのはデザイン変更だが、真に注目すべきはその乗り味の進化だ。特に初期型オーナーは「まさかここまで」と驚くに違いない。最上級グレード「Z」の4WDモデルを試す。
-
ホンダ・レブル250 SエディションE-Clutch(6MT)【レビュー】 2025.9.9 クラッチ操作はバイクにお任せ! ホンダ自慢の「E-Clutch」を搭載した「レブル250」に試乗。和製クルーザーの不動の人気モデルは、先進の自動クラッチシステムを得て、どんなマシンに進化したのか? まさに「鬼に金棒」な一台の走りを報告する。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。