ヤマハYZF-R7(6MT)
ファン・トゥ・ライドの求道者 2021.12.16 試乗記 ヤマハから新しいスーパースポーツモデル「YZF-R7」が登場。操る楽しさをとことん追求したというヤマハ“R”シリーズの新顔は、ビギナーにもベテランにもお薦めしたい、間口が広くて奥深いマシンに仕上がっていた。目標は走る喜びを極めること
ヤマハから登場するミドルクラスの新型スーパースポーツがYZF-R7だ。2021年7月に投入された「MT-07」をベースに持ち、688ccの直列2気筒エンジンやメインフレームといった主要コンポーネントは共有。アップハンドルをセパレートハンドルに換え、ネイキッドだった車体をフルカウルで覆うことによって、スポーティーな外観を得ている。
欧米ではすでにリリースが始まっており、今回その日本仕様が正式に発表された。2022年2月14日の販売開始と、99万9900円という価格が明らかになり(「WGP 60thアニバーサリー」は同年3月14日発売、105万4900円)、ヒットモデルに躍り出る可能性は極めて高い。MT-07の価格に上乗せされた18万5900円の価値はまったく正当なものであり、あらゆるスキル、あらゆる年齢層のライダーに心地いい時間をもたらしてくれるに違いない。先ごろその試乗会が千葉・袖ケ浦フォレストレースウェイで開催されたため、そこで体感したハンドリングをお届けしよう。
YZF-R7には「Fun Master of Super Sport」というキャッチコピーが掲げられ、楽しさを極めることをコンセプトにしている。仕上がりは実際その通りだ。73PS/8750rpmの最高出力と188kgの車重がもたらす関係性は、恐怖感なくスロットルを全開にでき、だからといって刺激が足りないわけでもない絶妙なところでバランス。こまごまとした検分はさておき、与えられた試乗時間をフルに使ってただただ走り続けてしまった。
ヤマハが設定した一回あたり45分間の走行セッションは、「YZF-R25」で全力走行し続けるにはやや長く(=ちょっと飽きる)、「YZF-R1/R1M」でもやはり長い(=かなり疲れる)配分ながら、YZF-R7だとまったく気にならない。飽きがくるわけでも、疲れて集中力が途切れるわけでもなく、なんならずっと走っていたい。そう思えたほど、心地いいひと時だった。
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「MT-07」をベースに細やかな改良を実施
ライディングポジションは見た目よりもずっと快適だ。ハンドルのグリップ位置はMT-07比で174mm下方、152mm前方に移り、ステップ位置は60mm上方、52mm後方へセット。シート高も30mm上がっている。典型的なセパハン&バックステップながら、上半身も下半身も窮屈な姿勢を強いられることはなく、とりわけシート座面の前後長にはゆとりがありすぎるほどだ。
270°→450°→270°→450°の不等間隔で爆発するエンジンは穏やかな過渡特性と十分なトルクを併せ持ち、神経質さとは無縁だ。73PS(54kW)/8750rpmという既述の最高出力と67N・m(6.8kgf・m)/6500rpmの最大トルクは、MT-07とまったく同じで、アシスト&スリッパークラッチの追加装備が唯一異なる点となる。
無論、そのパワーがドトウの加速をもたらすことはなく、よほどのことがない限りタイヤが路面をかきむしることもない。スロットルを開ければほどよいレスポンスでトルクが立ち上がり、小気味いい鼓動が伝わってくる。それがチェーンを介してリズミカルなトラクションに変換され、車速や姿勢の大部分を右手ひとつで制御することができるのだ。
パワーは控えめとはいえ、約400mのメインストレートでメーター表示は優に180km/hを超える。その時点でまだ5速と6速を残しており、しかるべきコースならトップスピードは220km/hほどだろうか。これに不満を覚えるライダーがそれほど多くいるとは思えない。
袖ケ浦フォレストレースウェイの1コーナーへは、シグナルブリッジの通過を目安に減速を開始する。4速から2速へシフトダウンする時、MT-07ではリアタイヤがホッピングしないように気を使う一方、YZF-R7にその必要はない。アシスト&スリッパークラッチが正確に作動し、エンジンブレーキによる抵抗を巧みに逃がしてくれるからだ。左足の動きが少々ラフになってもやんわりといなすようにギアが送り込まれ、スピードを落とすことに意識を注ぐことができる。
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スキルによって変わるコーナリングの印象
その役割を担うブレーキのフィーリングもいい。フロントブレーキに備わるブレンボの純ラジアル式マスターシリンダーは、ことさら強くアピールされていないが量産モデルとしては世界初採用となる。既存のものはハンドルバーに対して大なり小なり角度がつけられたセミラジアルなのだ。ブレーキレバーを握り込んだ時の制動力の増し方や、入力を弱めていった時のリリース感はもちろん、剛性の高い倒立フォークとの相性もよく、フロントまわりの動きがよりクリアに感じられる。バイクとの信頼関係を築くのに時間は要せず、ブレーキングポイントを遅らせるチャレンジをすぐに許容してくれるほど、一体感が高い。
さて、ライダーが次にすべきことは車体をリーンさせることだが、ここから先はスキルや経験値によって微妙に印象が変わってくる。ざっくりそれを初級・中級・上級に分けたとしよう。初級のライダーにとって、YZF-R7のハンドリングは優しいことこの上ない。バンクしていく時のレスポンスは穏やかそのもので、車体は先走ることなくゆっくりと傾き、その角度のぶんだけゆったりと旋回。サスペンションのストロークや荷重の強弱といった小難しいことを意識しなくとも、流れるようにコーナーをクリアできるはずだ。
リッタースーパースポーツの経験がある中級ライダーも、同じように感じるだろう。ただし、そうしたマシンの動きを知っているとクイックさを加えたくなるかもしれない。入力に対する反応スピードを1.2倍速くらいに高め、もう少し俊敏に鼻先をクリップに向かわせ、もう少しタイトなラインを描きたい。そういう思いと、「でもこれはこれで」という納得の間で悩むさまが想像できる。
ネガティブな方向に寄せるなら「思ったより曲がらない」と表現することもできるが、もしもそうした印象を持ったとしても、それは開発陣がYZF-R7に込めたハンドリングを素直に受け止めている証しであり、その感覚は正しい。
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幅広いライダーを受け止めるための調律
というのも、YZF-R7の下地になったMT-07は、スポーツネイキッドとしては比較的ネック(ヘッドパイプ)が高い位置にある。そこから縦方向にも横方向にも離れたところにハンドルがセットされ、極端な表現をすればスーパーモタード(オフロードバイクをベースに足まわりをオンロード向けに改良したもの)的な成り立ちを持つのだ。基本的な特性としては浅いバンク角で軽快に曲がる反面、深いバンク角で大きな荷重をかけることは重視していない。
高いネックのモデルに低くて狭いハンドルを装着すれば、ステアリングレスポンスが穏やかになるのは当然で、KTMの「690デューク」(スポーツネイキッド)や「690SMC」(スーパーモタード)から派生したハスクバーナの「ヴィットピレン701」のハンドリングもやはりそうだった。キビキビというよりはユラユラ。そういうハンドリングだ。
ヤマハもそれを重々分かっていて、①キャスターを立て(24.8°→23.7°)、②フォークのオフセットを引き(40mm→35mm)、③リアサスのバネレートを強め(120N→135N)、④前荷重を増やすことによって(49.4%:50.6%→50.7%:49.3%)、軽快感と安定感のバランスを模索。またフレームにセンターブレースと呼ばれる剛体を追加することで車体剛性を20%引き上げ、アンダーブラケット(110gの軽量化と剛性向上)やリンク(4mm短縮)も変更するなど、スーパースポーツ化のための専用設計・専用チューニングを実にきめ細かく行っているのだ。
その気になればもっとシャープな運動性を与えることもできたはずだが、ヤマハはMT-07の優しい素性を残しつつ、神経質さが顔をのぞかせる手前で寸止め。「YZF-R25」や「YZF-R3」からステップアップしてきたライダーが違和感なくビッグバイクの世界へ足を踏み入れ、「YZF-R6」や「YZF-R1/R1M」からのステップダウンを考え始めたライダーの受け皿になる最適解が、そのつくり込みに表れている。
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リッターバイクではできないことができる
最後に、上級のライダーにとってどうかといえば、そこもしっかりカバーする。コーナー入り口での高い回頭性を望むなら、ブレーキングによっていかにフロント荷重を残すか。コーナリングスピードを高めたいのなら頭とお尻の位置でいかに前後の荷重ポイントをバランスさせるか。そういう工夫の余地を、適度な加減速Gと適度な速度域のなかに残してくれているからだ。
コーナリング時の写真でもそれは分かるのだが、フルバンク中でもフロントカウルとフェンダーのクリアランスが大きく、つまりフォークに荷重がかかりきっていないシーンが多かった。生まれついてのスーパースポーツならマシンのディメンションで(勝手に)フロント荷重をつくってくれるわけだが、そのつもりで漫然と乗っていてはいけない。YZF-R7ではライダーが意図してそれをつくり出す必要があり、その介在を手間と考えるか、工夫と考えるかによって意識は変わる。後者のライダーはスポーツライディングの深淵(しんえん)に立ったも同然で、どんどんスキルアップしていけるに違いない。
なにより、YZF-R1/R1Mで同じことをしようとすると、少なからずリスクを背負わなければいけないが、YZF-R7では過度な緊張感にさらされないところがいい。流れる時間に少々のゆとりがあるため、考えて、試して、やり直して……という試行錯誤を繰り返し、走っているさなかでも入力に対する反応を反すうできる。200PS級のリッタースーパースポーツではそんな余裕があるはずもなく、迫ってくるコーナーをやり過ごすだけで精いっぱいにならざるを得ないだろう。
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スペックがすべてではない
このように、許容範囲も間口も広いYZF-R7だが、もちろん限界はある。数少ないウイークポイントがリアサスペンションで、大きく速い動きに追従できない場面があった。袖ケ浦フォレストレースウェイの場合、速度域が高く、なおかつバンクしている時間が長いコーナーが2カ所ある。こうしたコーナーではゆっくりとバンク角が深まり、荷重もそれに合わせてフロントからリアへゆっくりと移行するため車体は安定。トラクションにも大きな変化はない。
一方、やはり2カ所あるヘアピンでは様子が異なる。短い区間で旋回を終えるために減速とバンクを手短にまとめようとすると、フロントにかかっていた荷重が急激にリアへ移行する。その変化を吸収しきれず、クリップへ向かう手前でリアタイヤが小刻みにスライド。ラインがはらみ気味になったり、向き変えのタイミングが遅れたりすることがあった。意識してリア寄りに乗ると余計に負担がかかるため、丁寧な操作を心がけたい。
また、ファイナルのギア比はMT-07よりハイギアード化されているが、テクニカルな中速サーキットを想定して開発されたことを思えば、むしろショート化してもいい。袖ケ浦フォレストレースウェイに当てはめるなら、ストレートで5速まで入ると手順が増え、操作の学びにもなるはずだ。普通に乗っているとエンジン特性はフラットそのものながら、本当においしい回転域を突き詰めると意外と狭い(7000~9500rpmあたりだ)こともあり、可能ならクロスミッションを組み込めると、よりキビキビと走れそうだ。
もっとも、こうしたあれこれはカスタムやセッティングの範疇(はんちゅう)でもあり、それらも含めて楽しむといいだろう。いずれにしても素晴らしい素材であることには変わりなく、YZF-R7は街乗りからサーキットまで、ビギナーからベテランまで、小柄なライダーから大柄なライダーまでフォロー。それでいて、パフォーマンスもデザインも価格もすべてがちょうどいいところに落とし込まれているのだから、スーパースポーツの世界に新しい価値観をもたらすはずだ。ハイスペックであることにこだわらず、電子デバイスにも頼らないからこそ見えてくるピュアなスポーツライディングの世界がそこにある。
(文=伊丹孝裕/写真=峰 昌宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
ヤマハYZF-R7 ABS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2070×705×1160mm
ホイールベース:1395mm
シート高:835mm
重量:188kg
エンジン:688cc 水冷4ストローク直列2気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:73PS(54kW)/8750rpm
最大トルク:67N・m(6.8kgf・m)/6500rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:24.6km/リッター(WMTCモード)
価格:99万9900円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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