第744回:イタリアの社会を支えるウクライナ それをさらに支えるあるクルマ
2022.02.17 マッキナ あらモーダ!すでにガソリン1リッター260円!
日本でも報道されているとおり、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が緊迫度を増している。
筆者が住むイタリアは、読者諸氏が想像する以上にウクライナと深い関係がある。そして「あるクルマ」からもウクライナの姿が浮かび上がってくる、というのが今回の話題である。
まずはエネルギーから。イタリアのロシアへの依存度はあまりに大きい。
国内消費されている天然ガスのうち、自国産出分は6%弱にとどまる。大半は国外からつながる計9本のパイプラインに依存しており、そのうちトップはロシアの39.9%である(2020年。出典:Bilancio Gas Naturale MSE)。
原油輸入も40.5%が旧ソビエト3国(アゼルバイジャン、ロシア、ガザキスタン)からであり、他の国と地域を抑えて首位を占めている(2020年第4四半期。出典:Oil Gas News)。
仮にロシアが欧州連合によるウクライナ政策に不満を持ち、報復措置でエネルギー供給を抑制した場合、イタリア経済はたちまち窮地に陥ることが予想される。
2022年2月8日付『コリエッレ・デッラ・セーラ』紙によると、すでにロシアは1月のイタリア北部タルヴィージオからのパイプラインによるガス供給量を前月比で43%も削減した。
原油価格も上昇を続けている。2022年2月12日現在、ハイオクガソリンの店頭価格はついに1リッターあたり2ユーロ(約260円)を突破している。
アジップのブランドで知られるイタリアのエネルギー企業、エニ社は、遠く旧ソビエト時代の1950年からロシアとの関係を構築してきた。だが、全欧州レベルで事が進行する今日、それは大きな力とはならない。
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女性が多い理由
ウクライナの自動車産業についても知っておこう。
同国政府による投資促進資料「ウクライン・インベスト」によると、世界的な自動車関連企業は20社以上、工場は30拠点以上あり、6万人以上の雇用を創出している。
ユーロカーはフォルクスワーゲン(VW)グループのシュコダをセミノックダウン生産している。旧ソビエト時代にまで歴史をさかのぼるZAZは韓国のキアを、商用車メーカーのイヴェコはトラックやバンを生産している。
サプライヤーではアプティブ(旧デルファイ)などのほか、日本企業では2002年から矢崎総業がワイヤハーネス工場を西部に構えている。
ところでイタリアには、東欧や旧ソビエト諸国出身者が多く住んでいる。
2021年1月のデータによると、欧州からイタリアに移り住んだ人の国・地域別内訳で1位はルーマニアの約107万人で、全体の20.8%を占める。5人に1人はルーマニア人ということになる。
筆者の周囲では、ルーマニアの人は左官業に就いている人が少なくない。以前住んでいたわが家の上階の住人もルーマニアから出稼ぎに来た人たちで、余った塗料を持ってひょいと来てはわが家の汚れた壁を塗ってくれたものだ。ルーマニア語はイタリア語と同じロマンス諸語に属するため、彼らによると「イタリア人の親方との意思疎通において、東欧言語を用いる周辺国の人と比較して、雇用の点でかなり有利」だという。
話を戻そう。2位はアドリア海を挟んだアルバニア人の約43万人(8.38%)、そして3位がウクライナ人の約23万5000人(4.56%)である。
イタリアとウクライナといえば、伝説の俳優であるマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンによる1970年の映画『ひまわり』に登場するひまわり畑は、ウクライナで撮影されたことで知られている。
いっぽう、筆者がイタリアに住み始めた1990年代中盤、ウクライナといえばチェルノブイリ原発事故の被害に遭った人たちの治療をしたり、またはさまざまな理由により自国で育てることが困難になった子女を養子として引き取ったり、といった事例が数々みられ、私も実際に会ったことがあった。
今日のイタリアにおけるウクライナ人を語るのに、最も適切なのは性別内訳だ。男性が5万2900人に対して女性は18万3000人と3倍以上にものぼるのだ。移民上位2カ国のルーマニアとアルバニアではみられない差である(データ出典:イタリア統計局、Tuttitalia)。
これは、多くのウクライナ人女性が、イタリア人高齢者家庭の家政婦として従事しているためである。
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仕送りも運ぶバン
それに関連して、筆者は日々のイタリア生活上で、ある乗り物を観察してきた。「バン」である。
主に出稼ぎの人たちのため、ルーマニアやウクライナを結ぶ、貨客混載の商用車だ。
当然ながら定期路線のバスが存在しており、それは大都市のバスターミナルを発着点としている。しかし、より安く、かつ小さな都市から乗りたいという需要に応えるのがバンだ。
筆者が住むシエナでも、10年ほど前から鉄道駅の片隅で、たびたびそうしたバンを目撃するようになった。
車種としては、「VWトランスポーターT4型」「メルセデス・ベンツ・スプリンター」、そして「フォード・トランジット」といったところが定番である。荷物用トレーラーをけん引しているものある。
面白いのは、1970~80年代のラリーカーのごとく、フロントフードにマット(つや消し)ブラックのフィルムが貼り付けてある車両が多いことだ。現地ではスタイリッシュと捉えられているのであろう。パーソナル無線用の長いアンテナと、ウィンドウに貼られた通過国の高速道路年間料金納付済みステッカー(ヴィニェット)も目印だ。
広告や時刻表は電柱、またはディスカウントスーパー脇などに自然発生的にできた貼り紙スペースでよく見つけることができる。
あるとき――青い空と小麦畑を示すという――水色と黄色のウクライナ国旗が入ったナンバープレートを掲げたバンが出発を待っていた。運転手に「一体、どれくらい所要時間がかかるのだ?」と尋ねると、相手は「どこまでだ?」と困った顔で聞き返してきた。「ウクライナは広いからさ」。後日調べてみると、国土面積は日本の約1.6倍もある。イタリアからウクライナの東端までは、スロベニア、ハンガリーを通って約1300km。ノンストップでも約14時間以上を要する。そこから首都キエフまではさらに770km、11時間かかる。彼らは一般的に、約3日をかけて2国間を移動しているという。
若干古い資料だが、こうした情報の専門ウェブサイト『ウクライナ・ヴィアッジ』によると、2015年には月8000台がウクライナ~イタリア間を往復した。料金は往復で200ユーロ(約2万6000円)以下で、荷物の場合は1kgあたり1.5~2ユーロ(約200~260円)。いずれも飛行機や路線バスと比較すると、かなり安い。
貨客混載と記したが、主に貨物を載せている。出稼ぎ中の人が、イタリアで購入した衣類や家庭用品を、故郷で待つ家族に送るのだ。
しかし、イタリアとウクライナを結ぶこのバンが2013年ごろから問題化した。要はイタリアで貨客運送業の正式な手続きを経ていないということである。こちらには日本の緑ナンバーに該当するものは存在しないものの、要は白ナンバートラック、もしくは白タク扱いとして、取り締まりが強化され始めたのである。ルーマニアとは異なりEU加盟国でないため、さらに厳しく摘発されるようになった。
もし彼女たちがいなくなったら
家政婦に話を戻せば、イタリアには公定賃金がある。介護の内容などにより、月880ユーロ(約11万6000円)から1232.33ユーロ(16万3000円)と定められている。
ウクライナ国内における労働者の平均月収は税引き後手取り246.8ユーロ(約3万2000円)だ。したがって、たとえ過酷な労働でも、また家族と離れ離れになっても、イタリアで懸命に働くのである。だから彼らは、高い飛行機など使わない。
家政婦、特に住み込みのそれはイタリアで慢性的に不足している。新型コロナウイルスに関連する各種規制が、その現象をさらに加速させている。
当然のことながら、道路運送車両に関連する法規は順守すべきものだ。しかし前述のバン便をあまりに厳しい法の網にかけてしまうと、イタリアの高齢者家庭を支える家政婦は、さらに減ってゆくと筆者は考える。
イタリアの65歳以上人口の比率は日本に次ぐ。自分で自動車を運転して生活必需品を調達している高齢者は少なくない。「公共交通機関を使えばよい」という意見もあろうが、イタリアでは都市部を一歩離れただけで、バスも電車もかなり便数が少なくなる。そのため、現役時代からそれらに頼らなかった人は、年をとっても運転し続けてしまう。
そうしたなか、家政婦不足と直接結びつけることができないことは承知だが、事故も発生しやすくなる。もはやイタリアにおける高齢者の交通事故死亡者数は、ドイツと並んで世界6位である(2020年。出典:Dekra)。イタリアの交通警察援護会(Asaps)の2018年統計によると、この国でも近年増加している逆走事故の22.2%、つまり5台に1台以上は、高齢運転者によるものだ。
お年寄りが無理に運転しなくてよい社会にする必要があり、それには公共交通機関を使いこなして用事を済ませる家政婦がひとつの解決手段である。
いっぽうで、ウクライナとクルマといえば、もうひとつ、路上の風景を思い出す。
クリミア危機・ウクライナ東部紛争が始まった2014年のことだ。
テレビでは連日現地の情勢が伝えられていたにもかかわらず、筆者が住むトスカーナでは明らかに休暇中の富裕層が乗るウクライナナンバーの高級車をたびたび目撃できたのだ。諸税が高額であることなどから、イタリアでは一般ドライバーがあまり乗らない「アウディA8」「メルセデス・ベンツEクラス」といったモデルである。
同じ国から同時期に、出稼ぎ家政婦とバカンス客がやってくる。ウクライナにおける、広い意味での多様性を感じざるを得なかった。
そして最後に再び言えば、ウクライナが将来豊かになっていった場合、高齢者を支える人々がどこの国からイタリアにやってくるのか、今から憂うところである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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