第958回:欧州BEVのゲームチェンジャー? 「ルノー・トゥインゴE-Tech」と初対面
2026.04.23 マッキナ あらモーダ!お前を迎えに
2026年4月8日、バッテリー電気自動車(BEV)である新型「ルノー・トゥインゴE-Techエレクトリック」(以下トゥインゴ)が欧州で発売された。シリーズとしては4代目となる。それに合わせて、フランスやイタリアではインターネットやラジオでCMがたびたび流れるようになった。「もしや」と思った筆者は、イタリア中部シエナの、顔なじみのルノー販売店に連絡をとってみた。すると経営者のルイージ氏が「もうショールームに1台ありますよ」と言うではないか。ただし成約済みで、あと1週間足らずで納車されてしまうという。これは大変だ。その日は土曜日であったが、さっそく見に行くことにした。
ショールームに向かう筆者の脳裏に流れていたのは「Je reviens te chercher(お前を迎えに戻ってきた:邦題 帰っておいで)」だ。フランス人歌手ジルベール・ベコーが、自身で作曲した1960年代の名シャンソンである。なぜ「長いこと離れていた恋人を迎えに行く」みたいな歌を思い起こしたかというと、新型トゥインゴもまた、構想の発表からそれなりに時間が経過していたからである。
ルカ・デメオCEO(当時)がコンセプトカー「トゥインゴ レジェンド」を発表したのは2023年11月の投資家向け説明会。それが初めて一般公開されたのは、翌2024年のパリモーターショーだった。そして2025年11月6日に市販仕様が公開されてからも、発売までには約5カ月を要した。足掛け約2年半も待ったことになる。
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安いのにはワケがある
昼休み後、午後の営業が始まる16時にルイージ氏のショールームで筆者を迎えてくれた新型トゥインゴは、6色のボディーカラーのなかでも「マンゴーイエロー」をまとう個体だった。唯一、追加料金が発生しない塗色である。
造形の着想源となった1993年の初代と比較すると、実寸は全長×全幅×全高=3789×1720×1491mmと、それぞれ356mm、90mm、68mmも拡大。ホイールベースも2493mmなので、146mm大きくなっている。しかしながら、リアフェンダー上のショルダーラインを除いて、それほど肥大した感じがしないのは、デザインの妙であろう。
室内に入ると初代のような開放感はない。シートの選択肢が黒一色というのも残念である。しかし、シティーカーとしてのスペースという観点から評価すると、前後席とも窮屈感はない。ダッシュボードも期待よりポップ感が低めという声があるかもしれないが、ルノーグループのサブブランド、ダチアのパーツを各所に流用してコストダウンを図りながら、ここまで異なった感覚に仕上げたデザイナーの苦労を考えると、十分及第点が与えられる。
ルイージ氏のもとで働く営業担当者によると、この第1号車を発注した顧客は、すでにBEV購入歴のある女性だという。競合ブランドに対する優位点は? と筆者が質問すると「第1に5ドアであること。第2に価格です」と教えてくれた。当然、彼の頭には「フィアット500e」があったに違いない。ベースモデルで比較すると、トゥインゴは1万9500ユーロ(約365万円)。対して500eは2万3900ユーロ(約448万円。いずれもイタリア付加価値税込み)である。円換算で83万円安いことになる。
価格に関していえば、早くから2万ユーロ以下での販売を目指し、欧州のBEV市場のゲームチェンジャーになることを目標に掲げていたルノーにとって、公約達成ということになる。しかしながら、調べてみると安いのには理由があった。
最高出力を比べると、500eには87kWのハイレンジ仕様の用意があるが、トゥインゴは60kW仕様のみ。満充電からの最長航続距離(WLTPモード)は500eの334kmに対して、トゥインゴは261kmまたは263kmにとどまる。またDC急速充電の恩恵に浴するには、メーカーオプションの「アドバンスドチャージ」を490ユーロ(約9万円)で追加しなければならない。
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ブラックボックス
「スマート・フォーフォー」をベースにしていた先代とは異なり、今回は前輪駆動である。以前この販売店で見た「5 E-Techエレクトリック」でそうしたように、フロントフードを開けようと運転席側ダッシュボード下を手でまさぐった。だがなにもレバーが見つからない。前部に回り込んでチリ(車体パネルの継ぎ目)を確認したが、それらしきものがない。グローブボックスに入っていたクイックスタートガイドを参照して理由が判明した。ずばり「指定修理工場でないと開けられない」設計なのである。トレーニングを受けたメカニックでないと危険な高電圧をともなうBEVにとって、これはある種、正しい設計だ。
かねて、内燃機関車でも電子部品の増加にともない「ブラックボックス化」という表現が用いられてきた。だが今回のトゥインゴでは、フロントフードが密封されたことで、名実ともにクルマがブラックボックスと化したといえる。これは、スペアタイヤの廃止をはるかに超える、140年続く自動車史の転換点ではないか。それ以前の、動物の機嫌をうかがいながら馬車に乗っていた時代も含めて、人は初めて、自らを運んでくれるものにすべてを任せることになる。
やはり「あれ」が欲しい
経営者のルイージ氏がやってきた。自らジェントルマンドライバーとしてヒルクライムに参戦し、その日も午前中郊外で開催されていたラリーを観戦してきたという彼は、「近ごろのクルマは制動の制御が秀逸になりましたな。ハンドブレーキターンなんていう技はいらなくなる」と感想をもらす。閑話休題。ルイージ氏に売る側としての新型トゥインゴの感想を聞く。
すると彼は開口一番「これでハイブリッドがあれば」と話した。筆者も同感だ。前述の航続距離からすると、やはりシティーユースが現実的だろう。わが家から最寄りの空の玄関であるフィレンツェ空港までは約86km。往復は可能だ。しかし、フィレンツェの次の都市であるボローニャまでは片道170kmあり、折り返すにはいったん充電が必要となる。あくまでも筆者の事情だが、1台持ちだとややきつい。
親しみが持てるデザイン、長距離でもそれなりに快適さが確保されるであろう室内空間、そして2人家族なら旅用の荷物もそれなりに載せられるスペースが確保されているだけに惜しい。そう、もし内燃機関版があれば、その日即座にカメラとペンを投げ出して、商談のテーブルについていただろう。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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