第777回:果たしてその正体は!? 屋根にぬいぐるみを積んだトラックを捕獲
2022.10.06 マッキナ あらモーダ!イタリアにもいるんです
日本の路上では、ダッシュボードの上やリアウィンドウの下に、人形やぬいぐるみを並べたクルマを見かける。いっぽうイタリアにおける同様の光景は、日本であまりイメージしにくい。なぜなら、メディアで紹介される車両は、大半がメーカーの公式写真か、試乗車であるからだ。
実は、ぬいぐるみを車両に載せる人、すなわち「ヌイグルマー」(©大矢アキオ)は、イタリアにも存在する。早速実例をご覧いただこう。【写真A】はスーパーマーケットの駐車場で発見した、現行「フィアット・パンダ」のマイルドハイブリッド仕様である。主に犬のぬいぐるみが、リアウィンドウいっぱいに展開されている。
【写真B】は、アヒルのマスコットをダッシュボードに並べた同じフィアットのミニSUV「ドブロ」だ。このコレクション、実は「コントラーダ」と呼ばれる、中世から連綿と続くシエナの自治組織と絡んでいる。撮影したのは市内でも「ガチョウ」と名づけられたコントラーダのエリアだ。アヒルをガチョウになぞらえて収集したものであろう。大半がドライバー側に向いているのは、他人受け以上に、自身の“憩い”を優先していてほほ笑ましい。
筆者が考えるに、第2次大戦後の欧州における車内マスコット文化の発端は、ドイツではないかと考える。当時を知る現地自動車ファンによると、ドイツ語で言うところのヴァッケルダッケル、すなわち【写真C】のようなダックスフントを模した人形が1960年代を中心に流行した。自動車の振動に合わせて首を振る仕掛けだった。多くがリアウィンドウに置かれたのは、後続ドライバーの受けを狙ったものであろう。
このヴァッケルダッケルは、今日でもある種のノスタルジーを伴っているようで、ドイツ系ヒストリックカーの集会というと、必ず1、2体を発見できる。また、近年メルセデス・ベンツの公式グッズカタログにも、往年のヴァッケルダッケルを模した製品が「メルセデス・ドッグ」の名で掲載されている。
運転時の視界を考慮した場合、当然ながらぬいぐるみは、その妨げとなる場合がある。しかしリアビューカメラやバードビューカメラの助けを借りて、バーチャルによる視界確保が進化すれば、ぬいぐるみやマスコットを並べる人がさらに増えるのではないか、と筆者は読んでいる。
謎のトラックを追え
2022年初夏のことだ。朝シエナ市内を散歩していると、不思議なトラックが前方から近づいてきて通過した。何が不思議かといえば、キャビンの上部に「ペッパピッグ」をはじめとした、何体かのぬいぐるみがくくり付けられているのである。後日も同様に見かけたので、筆者が手を振ると、運転席のドライバーも拳を振り回して応えてくれた。ノリのいい人とみた。
以来筆者は、ぬいぐるみトラックをなんとか写真に収めようとした。毎日ポケットの一番取り出しやすいところにスマートフォンを入れ、散歩に臨むようになった。速写態勢である。
思い起こせば、筆者が小学生だった1970年代に「(フォルクス)ワーゲンを見ると運が良い」という、おまじないがあった。実際のところは「タイプ1(ビートル)」のことを指していたのだが、筆者はといえば通学路で「パサート」や「ゴルフ」まで数えた。そのとき筆者の意図が分からず糾弾した同級生とは、今も音信不通である。エンスージアストとは孤独なものだ。ともかく、あまりに遭遇できない「ぬいぐるみトラック」は、現代版のワーゲン占いに思えてきた。
ようやく発見したのは、2カ月近くが経過した2022年9月末のことであった。以前と同様、ぬいぐるみをキャビン上にくくり付けている。ただし今度は、筆者が徒歩ではなく、クルマを運転していたときだった。これでは撮影できない。ロータリーに進入したトラックが、どの方向に出てゆくかを目で追い、カーチェイスを敢行した。
やがてトラックが止まったので、筆者も脇の駐車場にクルマを滑り込ませた。見ているとドライバーは、キャビン上に慣れた足取りで登り、車載クレーンを操作し始めた。つり上げたのは、プラスチックおよびガラス専用の回収ボックスである。資源ゴミ専用の塵芥(じんかい)車だったのである。やがて底のふたが開き、内容物が音を立ててこぼれ出た。
トラックは、欧州の重商用車ブランド、イヴェコのいちモデル「ストラリス」である。後日調べたスペックによれば、2007〜2012年に製造されたモデルで、搭載されているエンジンは、1万0308cc直列6気筒ディーゼルの420PSだ。
イヴェコが再び走り始めた。筆者も自分のクルマに戻って追う。頭の中には往年のテレビドラマ『太陽にほえろ!』の挿入曲『行動のテーマ』が流れていた。次に止まったのは、数百m離れたところにある回収ボックス前だった。
心優しきドライバー
ドライバーのクレーン作業を観察する。回収ボックスの上部には輪の形をした金具が2本生えている。まず1本目にクレーンのフックを通してつり上げ、荷台にいったん載せる。続いて2本目の金具に掛け直して持ち上げると、ボックス下部のふたが開く仕掛けだ。その後、再び1本目で持ち上げてボックスを地上に戻す。そのあとクレーンのアームを使ってゴミを圧縮。最後に走行時の飛散防止のため、自動の開閉カバーをかけて終了である。
以前、路肩から手を振った筆者を覚えているかどうかはともかく、作業を終えて地上に降りてきたドライバーに声をかけてみた。彼の名はアンドレアさん。
クレーンゲーム機とか得意ではないですか? と筆者が聞くと、アンドレアさんは「はい」と笑った。
ところで、なぜぬいぐるみを?
「みんな回収ボックスの中に捨ててあったんですよ」
前述のように、彼の担当はプラスチックおよびガラスの回収である。そのダストボックスにぬいぐるみを捨てるのはルール違反だ。そもそもゴミ収集場所に、ぬいぐるみや楽器が捨てられているのを発見するたび、いたたまれない気持ちになる筆者である。
他のゴミと一緒に荷台部分に落下したぬいぐるみを、彼が必死で救出する姿が目に浮かぶ。「あなたは優しい心をお持ちですね」と筆者が声をかけると、アンドレアさんはほほ笑んだ。写真でお分かりいただけるように、本人の風貌もどこか、ぬいぐるみ風である。
幼稚園教諭の経験もある女房によれば、塵芥車やそのドライバー/オペレーターは、いつの時代も幼児に人気だという。アンドレアさんのぬいぐるみトラックを見て、働くクルマや彼らの仕事に理解を示す子どもがさらに増えれば、それは好ましいことである。
その後、プロヌイグルマーである心優しいアンドレアさんのトラックとは、まだ遭遇していない。ただそれだけに、再び見た日は、かつてのワーゲン占い以上に、良い一日になる気がするのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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