最新版を試すはずだったのに……!? 実力検証「パイオニアNP1」【総括編】
2022.10.12 デイリーコラムマック=ハンバーガーのケースも
不都合なのは“100円ショップ問題”だけではない。“ファッションセンターしまむら問題”もあった。東京から682km先の高知県四万十市にある店舗を案内された件である。さらに、“そば屋問題”も深刻だ。東京都調布市の深大寺で「おいしいそば屋を探して」と言ったら、3番目の候補として7.4km先の“港屋インスパイア系立ち食いそば屋”を示されたのだった。
いずれも、人間の意図を「パイオニアNP1」が理解できなかったことに起因するトラブルである。手っ取り早い解決策はないようだ。NP1はAI搭載をうたっているが、人間に取って代われるような能力は持っていない。AIはまだ発展途上の技術であり、「ナイト2000」のような頼もしいバディになるには時間がかかる。センサーと機械学習を使って高いポテンシャルを示すシーンはあっても、人間と普通に会話するのは難しい。
NP1は自然な言葉で検索できることを目指している。ハンバーガーショップのマクドナルドを探したい場合に、「マックを探して」でも「マクドを探して」でも検索できるようになっているそうだ。関東でも関西でも安心である。そこまでは教えることができるが、人情の機微を推し量るのはまた別の話になる。人間はいい加減にできていて、「マクドナルドを探して」と言いながら、実はハンバーガーなら何でもいいと思っていることだってある。AIはしゃくし定規に対応するので、モスバーガーやウェンディーズを選択肢として示すことはない。
つながることのメリットとデメリット
NP1を支えているのは、「Piomatix」というモビリティーAIプラットフォームである。情報収集、情報分析、音声出力を担い、適切な案内経路を示す仕組みだ。3つのコアエンジンで構成されていて、ドライバーの状況を把握する「ワークロード推定エンジン」と走行状態を先読みする「走行推定エンジン」の2つは分かりやすい。もう一つ、「インサイト推定エンジン」というのが難解だ。ユーザーの日常行動を推定するのだというが、漠然としている。
人間の気持ちを機械が理解するためには、この漠然とした分野について学習することが必要になるのだろう。深大寺でそば屋を探すなら寺の参道沿いの店に違いないと推論すべきなのだが、それを機械に教える方法は確立していない。今回の取材では、何度も「チューニングで検索の精度を上げる」という言葉が示された。確かに大切な作業だが、それだけでは根本的な解決にはならないのも確かである。
ともあれ、修正プログラムが施されたという。NP1では3カ月に1回メジャーアップデートが行われるが、細かな調整は随時行われているのだ。NP1を装着したテストカーを使わせてもらえるというので、早速乗り込むとしよう――と意気込んでいたら、残念なお知らせが。テスト用のサーバーがダウンして使えないというのだ。
驚くことではない。NP1を使っていて、突然本体とスマホの連携ができなくなったことがあった。ブルートゥースに不具合が発生し、つながらなくなったのだ。スマホの機種によって相性の良しあしがあり、トラブルが起きてしまうことがある。カーステレオやカーナビ単体の製品だった時代とは異なり、自社製品ではないデバイスにまで配慮しなくてはならなくなっている。
通信回線でつながっているので、NP1はアップデートが自動的に行われる。製品を購入した後にも機能の追加や修正ができるわけだ。パソコンやスマホと同じで常に最新のバージョンが利用できるというメリットがある。しかし、その代償としてこういうトラブルに見舞われる可能性が生じてしまう。NP1に限った話ではなく、コネクテッド機能が強化されていく自動車全体に共通する課題になっていくのだろう。
あなたの意見がマシンを育てる
2022年9月29日から、NP1に新しい機能が加えられた。「コエ替え」である。これまでは男声と女声の2種類だけだったが、新たに4種の声が選べるようになった。人気声優の悠木 碧(ゆうき・あおい)さんが参加してつくった声もある。悠木さんが数時間録音した声をもとに、どんな文章でも自然な発声ができるようになっているのだ。初音ミクなどと同じ音声合成技術である。これも自動的にNP1に送信されるので、ユーザーは何もしなくても利用できるようになる。
NP1はプラットフォームであり、外部の企業やサービスと連携している。音声認識はセレンス社のエンジンを採用していて、地図や飲食店のデータも外部から得たものだ。Amazonの「Alexa」も使えるようになっていて、音楽などのエンターテインメント機能を音声でコントロールできる。これからも、要望に応えてさまざまな機能が搭載される可能性があるそうだ。
社長の目に触れることになるのは確実なので気が引けるが、思い切って言ってしまおう。NP1には改善すべきところが山ほどある。AIによる音声操作という新たなジャンルを切り開いているのだから、当然だろう。逆に言えば、伸びしろがあるということだ。
パイオニアではコールセンターへの声やソーシャルネットワークのコメント、購入サイトのレビューから得た情報を生かして機能の改善を図っている。だから、NP1は「育てゲー」だと考えればいい。古いところでは「たまごっち」、最近なら『ウマ娘プリティーダービー』のような育成シミュレーションゲームとして楽しめる。使っていて感じた不満をSNSで発信すると、それを見た開発陣が手直しして進化させる。後になって「NP1は俺が育てたようなもんだぜ!」と自慢できるのだ。参加するなら今のうちである。
(文=鈴木真人/写真=webCG、パイオニア/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。