ZFが次世代の電動パワートレインを発表! ドイツの巨人が選んだ戦略とそのインパクト
2022.12.02 デイリーコラム高効率な次世代パワートレインを2025年に発売
さる2022年11月21日、大手自動車部品メーカーのZFフリードリヒスハーフェン(以下、ZF)が、乗用車および小型商用車の次世代電動モデル……要するに電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)に搭載する、電動ドライブシステムの概要を発表した。
ZFといえば、ドイツのフリードリヒスハーフェンに本社を置く、言わずと知れたメガサプライヤーだ。生産拠点は世界31カ国に188カ所。現在はパワートレインとドライブトレイン、そしてその周辺分野を得意としており、2021年度の売上高は実に383億ユーロ(約5兆5000億円、1ユーロ=144円で換算)に達する。昨今のEVトレンドの震源地であるドイツの巨人が、どんな電動化技術を発表するのか。興味津々でオンラインセミナーに参加した。
あらためて、今回ZFが発表した乗用車・小型商用車向けの電動ドライブシステムは、「効率」「性能」「コスト」という3要素にこだわった製品だ。主な構成要素は電動モーター、パワーエレクトロニクス(電子制御ユニット)、リダクションギア、ソフトウエアの4つ。個々の要素がいずれも高い技術水準にあり、システム全体としても優れた出力密度とエネルギー効率を実現するという。
加えて、各要素はモジュラー型のコンセプトにそって開発されているため、モーターだけ、パワーエレクトロニクスだけと、おのおのをばら売りすることも可能。電動ドライブのシステムそのものは2025年以降にリリースされる予定だが、これらの部品単体については、システムの上市よりも早い時期に量産開始となる見込みだ。
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高効率化はもちろんのこと拡張性も重視
ここからは、先述した4要素のなかから、セミナーで重点的に説明された電動モーター、パワーエレクトロニクス、リダクションギアの特徴について見ていこう。(個別の技術に興味のない人は、次のページへどうぞ)
電気モーターについては、現在市場に出回っているものより出力密度を向上。ポイントは、新しい冷却システムのコンセプトと巻き線技術だ。前者については、熱が発生する銅製ロッドの周囲に直接オイルを流すことで冷却効率を高め、同じ重量と設置スペースで性能を大幅に向上させた。これにより、連続出力はピーク出力の最大85%を実現。コストと環境負荷に直結する、重希土類の使用も大幅に削減できるという。一方、新しい巻き線技術は従来の“ヘアピン型”をさらに進化させたもので、設置スペースを10%削減できるとのこと。これも、使用する材料をトータルで10%削減できることを意味する。
次いでエレクトロニクス関連では、パワー半導体のディスクリートパッケージを集積してモジュール化する手法「ディスクリートパッケージテクノロジー」を採用した。……というと難解で頭も痛くなるが、要するに、さまざまな半導体素子を集めて特定の機能に特化したICチップやLSIチップを用意するのではなく、一つひとつの半導体素子をそれぞれチップとし、要件に合わせて組み合わせることで、求められる機能を実現する手法をとったのだ。期待されるのは、部品の標準化とフレキシブルな適応の両立。これにより、複雑なチップからなるモジュールよりも優れた拡張性を実現したうえで、従来と比べて部品点数の削減にも成功しているという。
また電動ドライブシステムのリダクションギアには、得意分野のひとつであるトランスミッションの開発で得たプラネタリーギアの技術を応用。統合された2つのプラネタリーギアには、“減速”だけでなく“差動”の機能も内包されるという。一般的なオフセット構成のリダクションギアと比べて、効率がよく、重量や設置スペースを減らすことができるのだ。
サプライヤーに求められる変化への適合力
いつの時代も技術の進化は業界の在りようを変えるもので、自動車業界ではEVが普及することで、部品点数が減り、調達資材が変わり、ソフトウエア技術の重要性が増している。ピラミッド型の産業構造のなかにあって、完成車メーカーの要求に応えることで成長してきた各部品メーカーにとっては、こうした変化を“先取り”するのは容易ではないだろう。
今回、ZFが発表した電動ドライブシステムは、現状では技術情報しかなく、事業性は未知数だ。しかし電動化のトレンドを背景にモジュール化を推進し、システムを“単品売り”もできるプラットフォームとして打ち出した点は特筆に値する。さらにこの手法は、完成車メーカー各社で近似する要件を最大公約数として捉えつつ、個別のニーズにも対応できそうなところも興味深い。要望に応じて個別に製品を開発するより、安価かつ短納期で対応できる可能性が高いのだ。コストや納期は、部品、あるいはサプライヤーの選定理由として十分で、モビリティーが多様化するいまの時代にも合っているといえる。
逆に考えると、独自の視点や発想からイノベーションを起こす力を蓄えてこなかった系列の(あるいは実質的に系列のなかにある)部品メーカーは、ニッチで高度な技術、そして完成車メーカーの要求に徹底して応えられる対応力が、“外様”のサプライヤーに対する差別化のかなめとなるのだろう。
ZFのように系列ピラミッドの外から侵食を図るのか、ピラミッドにとどまることで販売を固持するのか。各サプライヤーの新しい技術情報とともに、経営のかじ取りも注意深く見守りたい。
(文=林 愛子/写真=ZFジャパン/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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