トヨタが新技術を一挙に発表! レクサスの次世代BEVの姿が見えてきた
2023.06.14 デイリーコラム一日中ワークショップ
さる6月8日のこと。トヨタのR&Dの中枢となる静岡県裾野市の東富士研究所で、テクニカルワークショップが開かれた。佐藤恒治社長のもと、4月に発表された新体制方針説明会で次世代のモビリティーコンセプトを実現するための技術的な三本柱として打ち出された「電動化」「知能化」「多様化」について、より具体的な要素を見せながら説明しようという催しだ。
「今日は参加している技術者たちには、今やっていることの90%までは話していいと伝えてあります。80%では皆さんのストレスもたまるでしょう。そこから先は皆さんの巧みな話術次第で91、92%と引き出せることもあるかもしれませんね」
アナリストや新聞・テレビの経済系記者などに交じって、一部の自動車メディアやフリーランスなども参加できたこの説明会の冒頭、笑いを誘うあいさつをしたのは中嶋裕樹副社長兼CTO、つまり技術部門のトップだ。
そのお墨付きともあらば、素朴な疑問もいろいろとツッコめるのかなとのんきにふたを開けてみれば、15の試乗を含む42ものエレメントを6~7時間かけて巡るという超絶大盤振る舞いかつツメツメの内容だった。しかもそのネタたちは大半が初お披露目、かつ仰せのとおりほぼ丸出しだ。一方で場所が研究施設ということもあろうが、携帯電話のカメラはふさがれ、録音も不可と、記録媒体は人力のみ。途中20分ほどお昼の弁当をお茶で流し込みつつ、次から次へと上書きされる情報に脳内はパンク同然というスパルタぶりの向こうに、中嶋さんの大号令のもと、この日に至るまでは技術部門が領域長たちの日程調整からして蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたことが察せられる。
かつてのトヨタのワークショップでは経験したことのないモザイクなしの大開放の背景には、いくつかの理由が思い浮かぶ。IR的な情報開示にも動きの鈍い株価。耳にタコが、目にイボができるほど見聞きした電気自動車(BEV)の遅れとの悪評。近ごろは株主総会が海外の銭ゲバの的とされているような報もある。はたからみていても明らかな不当評価に、感情をむき出しにするのは大人げない。とあらば、ぐうの音も出ないほどの技術情報で一矢報いようではないか。そういう思いが経営陣にあったのではないかというのは僕の読みだ。
一充電走行距離が「bZ4X」の2倍に
加えて現在の自動車技術をみれば、パワートレインの多様化を軸に、技術の刷新や更新の頻度がすさまじく上がっている。寝かせるよりも使う、しまうよりもさらすことによる新陳代謝のほうが、短中期的に採用される技術においてはむしろプラスに働くのではないかという側面もあるだろう。ともあれ、自動車側の人間からみれば破格ともいえる今回のワークショップの意味を、アナリストの方々にも正当に理解していただけることを願うのみだ。
というわけで、この限られた尺でそのすべてをお伝えすることはかなわないが、要素のいくつかをつなげてみると、興味深いモデルのアウトラインが浮かび上がってきた。
まずはトヨタの駆動用バッテリーのビジョンについて。現在の「bZ4X」に採用されている三元系リチウムイオンバッテリーを基に時系列を追うと、まずモジュール間の接続方法を改め、余白を詰めるなどして体積あたり容量を拡大。急速充電の受け入れ性能を高めるとともにコストを2割抑えたユニットが2026年に採用されることが発表されている。ちなみに4月の新体制方針説明会では、まったく新しいアーキテクチャーのBEVをレクサスで投入すると佐藤社長が明言。その基本性能として、一充電走行距離がbZ4Xの2倍になると説明された。
順当にいけばその新しいバッテリーがレクサスの新しいBEVに搭載される可能性が高いが、そのモックアップを見る限り、体積密度が劇的に改変されている兆候はない。つまり、倍のバッテリーを積んで走行距離2倍という話ではなく、車台や駆動側にも何らかの工夫が求められることになるが、この点は後に触れる。
今回は初出しとして、その三元系リチウムイオンバッテリーのさらに先のビジョンを、時系列に沿ってモックアップを用いながら説明を受けた。まず2026~2027年の完成をメドにしているのが、正極材にLFP=リン酸鉄を用いたバイポーラ型リチウムイオンバッテリーだ。正極と負極を面で重ね合わせることで部品点数の削減や体積あたりの電流・電力量を高めることができるバイポーラはニッケル水素電池では「アクア」などに採用例があるが、いよいよリチウムイオンの側にも枠を広げることになる。bZ4X比で20%の走行可能距離延長と40%のコストダウンを開発目標として、主に普及価格帯車両への搭載を狙っているという。
アンダーボディーをギガキャスト化
このLFPバイポーラリチウムイオンバッテリーと並行して開発が進められているのが、三元系バイポーラリチウムイオンバッテリーで、こちらは2027~2028年の完成を目指している。2026年に投入予定の新アーキテクチャーBEVに対して走行可能距離は10%延長、コストは10%削ったうえで、急速充電性能も高めるということで、こちらはハイパフォーマンス系モデルへの搭載が想定されている。ちなみにこの2つのバイポーラリチウムイオンバッテリーは、すでに実車搭載での実験も始まっていて、今回展示されたモックアップも実物をベースにしているという。
そして、このバイポーラリチウムイオン群と並行して開発が進められているのが全固体電池だ。特性上、ひび割れや破断が起きやすいのがウイークポイントとなるが、素材や加工の工夫で安定化のメドが立ちつつあり、現時点では2027~2028年の完成を目指しているという。性能目標としては、新アーキテクチャーBEVに対して走行可能距離で20%延長、全固体の長所である熱耐性を生かしてSOC10→80%に要する急速充電の時間を10分としている。
バッテリーの具体的ビジョンに加えて、生産技術の側でも興味深い発表があった。前後アンダーボディーのギガキャスト化だ。テスラや一部中国メーカーの採用例があるが、品質検証やリペアビリティーの織り込みなどを経て、いよいよトヨタも次世代BEVに本格的に採り入れる。すでに元町工場ではプラントによる試作が始まっており、従来の構造なら86部品・33工程からなるリアアンダーボディーセクションを、アルミダイキャストで一発成形することが可能になるという。このギガキャスト化により生産性は2割向上、そこにBEVの自力推進を生かしてゴンドラやコンベヤーを持たない自走ラインを構築するなど、生産現場の改革も進め、工程のみならず工場投資も半減させることを目標としている。
すなわち、次世代BEVの骨格はバッテリーユニットのフロア部にメガキャストの前後アンダーボディーを組み合わせたスケートボード型のスケーラブルアーキテクチャーとなる可能性が高い。そこに加えて発表があったのが上屋、すなわちアッパーボディーの技術革新だ。
1000km走れる(!?)レクサスの次世代BEV
そのいち要素として三菱重工と技術検討中なのが、極超音速域での空力工学の応用だ。具体的には大気圏突入時等に威力を発揮する機体の熱防御技術を用いて、車体の意匠自由度を維持しながら空気抵抗を減らすという。飛行機の機体模型上に反映されたその加工はマスキングテープによる生々しい目隠しがなされていて、最後まで公開の是非を検討したアトともみてとれたが、どうやら表面加工に特別なノウハウがあるようだ。
加えて、車体デザインに空力要件を織り込む作業をAIに担わせる一方で、マンパワーを造形そのものに集中させるなどリソースの再配分を行い、意匠工程の迅速化と深化を両立させる。ここには究極効率を実現しながら、愛される対象としてのエモーションは犠牲にしないというクルマ屋としての矜持(きょうじ)も感じられるところだ。
と、かいつまんで説明したこれらの技術革新が2026年にすべて実装されたとするならば、登場するレクサスのBEVはどういうものになるのだろうか。
ざっと考えられるのは、劇的な生産性向上を伴いつつ同時に修復性にも一定の配慮がなされたアルミダイキャストのアーキテクチャーを床面のバッテリーユニットと組み合わせ、上屋の側はCd値0.19のレベルに達する形状や処理を武器に、航続距離にして1000kmの大台に乗せるというものだ。現場で耳にした話によれば、現状考えられる距離延伸の内訳はバッテリー側で85%、車体側で15%くらいのイメージになるという。
果たしてこの強烈なスペックが3年後もインパクトを維持し続けるのかは未知数だ。BEVカテゴリーの技術開発はまさに日進月歩、朝起きたら何かが起こっていたといっても大げさではないほどに熾烈(しれつ)を極めている。
そこでトヨタはBEVの開発プロセスを一気通貫かつ内外横断で行える「BEVファクトリー」を5月の組織改正とともに発足させた。加藤武郎プレジデントはBYDとの協業でBEV開発を担当するなど中国のBEV事情を見てきたその肌感をもって、最重要項目にスピードアップを掲げている。
今、BEVを巡る市場環境は純粋なデマンドのみに支えられているのではなく、投資的な側面からの大風呂敷も方々で広げられているのが実情だと個人的には感じている。多少のポロリは覚悟しながらも、技術的根拠をしっかり示すことで、それらとは明確に一線を画する。今回の技術説明会にはそういうクルマ屋としての意図も感じられた。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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