ロータス・エミーラV6ファーストエディション(MR/6MT)
今どきの体育会系 2023.07.22 試乗記 都会の絵の具に染まらないでと恋人にすがる歌謡曲があるが、新世代ロータスの第1弾「エミーラ」にその心配は無用だ。洗練された内外装によってすっかり快適・便利になったものの、操る実感にあふれたあの走りは健在。硬派なあなたにも木綿のハンカチーフは不要である。変わっていくのは当然ながら
「この店もすっかり変わっちまったなあ。俺の若いころはうんぬん……。」と声高に嘆く声を耳にすると、昭和ど真ん中世代の私も隣の席の知らないオジサンについ相づちを打ちたくなるが、口には出さないように心がけている。変わるのには、そうしなければならないそれぞれの事情があるに違いないのだ。まあだいたいそういう人はたまにしか来ない。常連ならば小さな変化もその背景もとっくに知っているはずである。
とはいいながら、新しいロータス・エミーラに乗り込んだときには走るのをしばらく忘れて、室内をしげしげと眺めまわして同じようなことをつぶやいてしまった。やはり驚きである。上下に押しつぶしたようなステアリングホイールの向こうには12.3インチのフルデジタルディスプレイ、ダッシュ中央には10.25インチのタッチスクリーンが備わり、スイッチ類も機能的にまとめられ、以前のような“借り物”感はない。ダッシュボードもシートもドアもレザーとアルカンターラのトリムできれいに覆われており、ドアポケットもカップホルダーも、さらにはコンソール中央の始動ボタンには赤いカバーも付いている。発売記念の「ファーストエディション」にはKEFのプレミアムサウンドシステムさえ装備されている。
別に驚くことではない、と言う人もいるだろうが、以前のエリーゼなどはアルミの構造材がほとんどむき出しだった。その徹底的に削ぎ落とされたミニマリズムこそロータスの魅力だ、というストイックなファンにとっては信じられないほど洗練され、豪華になったと感じられるだろう。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
新世代にして最後のICEモデル
いっぽうで、幅広のブーツを履いていては隣のペダルに足が引っかかってしまうほど、狭いフットウェルと小さなペダル、アルミのシフトノブとガチャコンという手応えのシフトフィールはこれまでどおり。しかもシフトレバー下のリンケージがのぞけるようにセンターコンソールにはメッシュ部分が設けられている。今も金属のロッドでリンケージを動かしていますよ、とのアピールだろうか。太い古い梁(はり)をそのままデザインとして残したリノベーション古民家を想像してしまった。
もちろんこのエミーラはリノベーション物件ではなく(アルミ製バスタブモノコックと樹脂ボディーは同じだが)、まったく新しい新世代シャシーだという。「エヴォーラ」に比べて若干長く幅広くなったエミーラだが、2575mmのホイールベースはエヴォーラと同一。エヴォーラは基本的に2+2シーターだったが、2シーターのエミーラには申し訳程度のリアシートの代わりにかなり実用的なラゲッジスペースが備わる。
すでに発表されているように、エミーラにはメルセデスAMG製4気筒ターボ+8段DCT搭載モデルも設定されているが(価格はV6ファーストエディションの1573万円に対して1485万円)、このV6ファーストエディションはおなじみのスーパーチャージャー付き3.5リッターV6を搭載。もともとトヨタの「2GR-FE」をベースにしているが、今や最高出力405PS/6800rpmと最大トルク420N・m(ATは430N・m)/2700-6700rpmを発生する。ロータスによればこのエミーラが純粋な内燃機関を搭載する最後のモデルという。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
柔軟で従順
遮音に配慮されているのか、以前よりも控えめな音量で滑らかに回るV6エンジンは、最近のターボユニットに比べてはっきりと直線的に盛り上がるパワーの出方が何となく懐かしく、そして扱いやすい。とりわけ低中速域のトルクのたくましさは車重(車検証値で1500kg)に対して十分以上で、軽々と操ることができる。エヴォーラの一部スポーツモデルのような爆発感やたけだけしさはトップエンドでもやや薄いものの、一般道で自信をもってコントロールできるという感覚を与えてくれる。快適なGTとしての性格を見据えたものだろう。
快適性も重視していると推察されるとはいえ、クラッチはそれなりに踏力を要求するし、回転数アシストのようなデバイスは備わらないが、あえてロータスのMTを選ぼうという顧客にとっては問題にならないはずだ。いかにもロッドとリンケージで動かしています、という手応えのシフトも同様。金属部品が擦れ合うようなフィーリングはクラシックなレースカーのようだが、これこれ、これがいいのよ、というファンがいるのも事実である。
文化的なGTスポーツ
もともとロータスは(一部を除いて)ガチガチのスパルタンな足まわりではなかったけれど、エミーラはさらに文化的というか、しなやかといってもいい乗り心地を備えている。電子制御ダンパーの類いを持たないものの、速度を問わずスムーズにストロークしているようで、突き上げはほとんど感じられないし、うねりがある路面でのスタビリティーも問題ない。ピリピリと神経をとがらせず、リラックスしてクルーズできるクルマである。その代わりといっていいのか、コーナリングもそれほど攻撃的ではなく、適切なバランスを考えてあるようなキャラクターだった。敏しょうであることは言うまでもないが、スパッと反応が返ってくるほどの鋭さではなく、ミドシップとしては穏当といえるかもしれない。もちろんスロットル操作やブレーキングによって微妙にステアリングの手応えが変化するのはこれまでのロータスミドシップと同様。常にビシッと路面を捉えているような、いわば重厚な接地感を伝える「ケイマン」などとは目指すところが異なるハンドリングである。荷重移動をしっかり意識して走る人には、操る実感にあふれているこの繊細なコントロール感がたまらないのかもしれない。
洗練された代わりに軟弱になったのか? と思うピューリタンがいるかもしれないが、詳細は不明なもののエミーラにはサーキット向けスポーツサスペンションなど各種仕様が用意されているというから(この試乗車は公道用スポーツサスペンションらしい)、硬派ががっかりする必要はない。ロータスは新たなカスタマー向けにこういうこともできる、という最初のデモカーがこの一台なのである。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ロータス・エミーラV6ファーストエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4413×1895×1226mm
ホイールベース:2575mm
車重:1500kg
駆動方式:MR
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:6段MT
最高出力:405PS(298kW)/6800rpm
最大トルク:420N・m(42.8kgf・m)/2700-6700rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y XL/(後)295/30ZR20 101Y XL(グッドイヤー・イーグルF1スーパースポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:1573万円/テスト車=1603万8000円
オプション装備:フルブラックパック(23万1000円)/ステアリングホイール<ブラックアルカンターラ/ブラックTBC×ブラックステッチ>(7万7000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト車の走行距離:5439km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:286.1km
使用燃料:45.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.3km/リッター(満タン法)/7.2km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
NEW
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか?