ロータス・エミーラ ファーストエディション(MR/8AT)
柔よく剛を制す 2024.10.08 試乗記 最高出力365PSのAMG製2リッター直4ターボエンジンを積むミドシップスポーツ「ロータス・エミーラ ファーストエディション」に試乗。車両重量1.4tの軽量なボディーと、AMGユニットが織りなす「ロータス最後のエンジン車」の走りを報告する。ロータス最後のエンジン車
小学生の頃、漫画『サーキットの狼』を読んで、ロータスという自動車メーカーの存在を知った。こういう50代の方は多いだろうと推察する。主人公の風吹裕矢が駆る「ロータス・ヨーロッパ」は、とにかく格好よかった。どこが格好よかったのかといえば、パワーで上回るポルシェやフェラーリにストレートでブチ抜かれるけれど、コーナーで抜き返すところだ。柔道の団体戦で2階級上の選手を投げ飛ばすような、“柔よく剛を制す”を体現しているところが、日本人の心に響いた。力ではかなわないけれど、技と気合で勝つ!
そして『サーキットの狼』から十数年後の1980年代後半、今度はF1のロータス・ホンダのステアリングホイールを中嶋 悟が握ることになる。しかも相棒は日本でも人気だったアイルトン・セナで、かつてのスーパーカー小僧たちは「やっぱりロータスだ」と、ますますこのブランドを応援するようになる。
といった具合に、ロータスを神格化する日本は、世界中のどことも異なる、特別な市場となる。一時期はロータスの年間生産台数の約4分の1が日本へ向けたものだったというから、日本とロータスは相思相愛と言っても過言ではないだろう。
かわいさ余って憎さ百倍というか、ロータスが打ち出した「VISION80」という経営戦略に、日本のスポーツカー愛好家の多くが「ん?」となった。「VISION80」とは、ロータス創立80周年を迎える2028年に向けて、BEVのラグジュアリーかつ高性能なモデルで、これまで縁が薄かった中国や中東といった市場を開拓するというもの。将来を考えれば納得できる経営判断ではあるけれど、「俺たちのロータスは……」と、遠くを見る目になってしまうのもまた事実。
だからロータスが「最後のエンジン車」だとするエミーラを前にすると、これが最後の試乗機会かもしれないという感傷的な気持ちと、まだ買えるんだという安堵(あんど)する気持ち、それにロータスのスポーツカーに乗れるという純粋な喜びが入り交じって、複雑な心境になる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
アルミむき出しは過去のもの
試乗車は、AMG製の2リッター直4ターボエンジンを搭載するモデル。エミーラにはトヨタの3.5リッターV6エンジンを積むV6モデルと、AMG製の2リッター直4ターボ「M139」ユニットを搭載する直4モデルがラインナップされる。
2025年モデルより直4モデルは「エミーラ ターボ」と、直4ターボをより高度にチューンした「エミーラ ターボSE」の2本立てとなるけれど、今回試乗したファーストエディションは前者と同じ最高出力365PSのユニットを搭載する。エミーラ ターボSEとエミーラV6は最高出力がいずれも406PSとなる。V6モデルはトランスミッションを6段MTと6段ATから選べるけれど、直4モデルは8段DCTのみとなる。
ほどよくタイトなドライバーズシートに腰掛けると、眼前には12.3インチのTFTディスプレイがあり、ダッシュボード中央には10.25インチのタッチスクリーンが鎮座していて、スイッチ類が少ないいかにもイマっぽい雰囲気。このあたりの操作系は、いちいちタッチスクリーンでページをめくっているとイライラするけれど、このクルマにはドライブモードのセレクターや空調、オーディオの音量など、頻繁に操作するスイッチやダイヤルは残されていて、好感を持つ。
すでに報告されているように、インテリアの素材の上質さやデザイン性の高さはかつてのロータス製ライトウェイトスポーツとは雲泥の差で、高級スポーツカーの趣。アルミむき出しの内装は個性的だったし、あの雰囲気を懐かしむ声があることも理解できる……。
というか、ホンネを言えばアルミむき出しのスパルタンな内装のロータスが恋しい。でも、それは閉店を決めた老舗喫茶店を惜しむようなもので、そんなことを言って許されるのは、実際にお財布を開いてきた常連だけだろう。そんなことをつらつらと考えながら、赤いカバーを指で押し上げ、エンジンスターターボタンをプッシュする。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
思いどおりに動いてくれる
火が入ったAMG製「M139」ユニットは、静かで滑らかにアイドリングをしている。けれども後で確認したところ、車外ではネコ科の猛獣が喉を鳴らすような、ゴロゴロという不穏な音が響いていた。つまり、内装をきれいに仕上げたというだけでなく、遮音にまで気を配っているということだろう。
発進すると、低回転域からみっちりと目の詰まった、濃厚なトルクを発生する。8段DCTの変速も、注意深く観察しないとシフトアップに気づかないほどシームレス。パワートレインの動きは実に滑らかだ。それでも高級スポーツクーペだとは感じないのは、乗り心地がはっきりとスポーティーだから。路面のわずかな凹凸も拾い、シートやステアリングホイールを通じてドライバーに伝える。ちなみに、2025年モデルとなるエミーラ ターボのサスペンションセッティングが標準の「ツーリング」であるのに対して、エミーラ ターボSEは「スポーツ」のセッティングになる。
ただし、乗り心地が硬すぎて不快だとは感じない。理由のひとつは、操舵やアクセル、ブレーキの操作に対する反応がダイレクトで、いかにも鋭敏なスポーツカーだと感じさせるから。これくらい思いどおりに動いてくれるなら、多少の乗り心地の硬さはスポーツカーらしいものだと納得させられる。
もうひとつ、路面からのショックを車両全体で受け止めているように感じる点も、乗り心地に不満を抱かない理由だ。どこか一点に衝撃が集中するのではなく、いいあんばいに分散されている。このクルマの基本骨格は新開発のものだというけれど、アルミ製のバスタブ型モノコックに樹脂ボディーをかぶせるという構造はいままでのロータス製スポーツカーと共通。この手法を、すっかり自家薬籠中のものにしているということだろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
“らしさ”が全開のコーナリング
ドライブモードセレクターを「TOUR」から「SPORT」に切り替えると、エンジン回転がポンと跳ね上がり、排気音の質も迫力あるものに変化する。加えて、ステアリングホイールの手応えもグッと重みを増して、クルマ全体がライザップのCMで見る、使用前から使用後のカラダに変化したように感じる。いや、「TOUR」でもあんなにブヨっとしていないけれど、とにかく「SPORT」はギュッと引き締まっていて筋肉質だ。
エミーラのV6エンジンの記憶が薄れかけているので直接比較はできないけれど、この直4はいい。なにがいいって、まず切れ味が鋭い。そして、矛盾するようではあるけれど、心地よい重みを伴いながら回転を上げる。ただ鋭いだけでなく、重みもあるから手応えがソリッドだ。おもちゃの刀ではなく、真剣のように感じる。
そして3000rpm、3500rpm、3750rpm、4000rpmと、回転を上げるにつれてキメ細やかに音質や回転フィールなどの表情を変えるところがドラマチックだ。5000rpm以上で耳に届く空に突き抜けるような乾いた快音は、心の中の小澤征爾がものすごい勢いでタクトを振ってしまうほど盛り上がる。
ステアリング操舵に対する反応は素早く、かつ正確で、感覚的にはステアリングホイールを切って曲がるというより、「曲がれ!」と念じた瞬間に向きを変えるように思えるほどだ。このコーナリングの快感はロータスのミドシップらしいもので、“柔よく剛を制す”を満喫できる。まぁこれだけパワフルなので「柔」もどうかと思うけれど、昨今のスーパースポーツのモンスターっぷりを思えば、「柔」と表現しても許されるんじゃないでしょうか。
ロータスは大きく変わろうとしているけれど、変えてはいけないところはしっかりとわきまえている。ステアリングホイールを握りながら、そう確信した。さすが、七十余年の歴史はだてじゃない。柔の道は一日にしてならず(ぢゃ)。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ロータス・エミーラ ファーストエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4413×1895×1226mm
ホイールベース:2575mm
車重:1405kg
駆動方式:MR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:365PS(269kW)/7200rpm
最大トルク:430N・m(43.8kgf・m)/3000-5500rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y XL/(後)295/30ZR20 101Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:1661万円/テスト車=1684万1000円
オプション装備:ボディーカラー<ダークバーダントメタリック>(0円)/ブレーキキャリパー<レッド>(0円)/インテリアトリム&シート<タンナッパレザー+タンステッチ>(0円)/スポーツサスペンション+ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2タイヤ<トラック>(0円)/フルブラックパック<ルーフパネル、カントレイル、ミラーパック、フロントエアブレード、フロントスプリッター、サイドシル、リアディフューザー、エキゾーストテールパイプフィニッシャー、リアLOTUSバッジ>(23万1000円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:2701km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:284.3km
使用燃料:36.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.8km/リッター(満タン法)/10.4km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
-
MINIジョンクーパーワークス エースマンE(FWD)【試乗記】 2025.11.12 レーシングスピリットあふれる内外装デザインと装備、そして最高出力258PSの電動パワーユニットの搭載を特徴とする電気自動車「MINIジョンクーパーワークス エースマン」に試乗。Miniのレジェンド、ジョン・クーパーの名を冠した高性能モデルの走りやいかに。
-
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】 2025.11.11 ボルボの小型電気自動車(BEV)「EX30」にファン待望の「クロスカントリー」が登場。車高を上げてSUVっぽいデザインにという手法自体はおなじみながら、小さなボディーに大パワーを秘めているのがBEVならではのポイントといえるだろう。果たしてその乗り味は?
-
メルセデス・ベンツGLB200d 4MATICアーバンスターズ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.10 2020年に上陸したメルセデス・ベンツの3列シート7人乗りSUV「GLB」も、いよいよモデルライフの最終章に。ディーゼル車の「GLB200d 4MATIC」に追加設定された新グレード「アーバンスターズ」に試乗し、その仕上がりと熟成の走りを確かめた。
-
アウディSQ5スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】 2025.11.8 新型「アウディSQ5スポーツバック」に試乗。最高出力367PSのアウディの「S」と聞くと思わず身構えてしまうものだが、この新たなSUVクーペにその心配は無用だ。時に速く、時に優しく。ドライバーの意思に忠実に反応するその様子は、まるで長年連れ添ってきた相棒かのように感じられた。
-
MINIジョンクーパーワークスE(FWD)【試乗記】 2025.11.7 現行MINIの電気自動車モデルのなかでも、最強の動力性能を誇る「MINIジョンクーパーワークス(JCW)E」に試乗。ジャジャ馬なパワートレインとガッチガチの乗り味を併せ持つ電動のJCWは、往年のクラシックMiniを思い起こさせる一台となっていた。
-
NEW
ホンダが電動バイク用の新エンブレムを発表! 新たなブランド戦略が示す“世界5割”の野望
2025.11.14デイリーコラムホンダが次世代の電動バイクやフラッグシップモデルに用いる、新しいエンブレムを発表! マークの“使い分け”にみる彼らのブランド戦略とは? モーターサイクルショー「EICMA」での発表を通し、さらなる成長へ向けたホンダ二輪事業の変革を探る。 -
NEW
キーワードは“愛”! 新型「マツダCX-5」はどのようなクルマに仕上がっているのか?
2025.11.14デイリーコラム「ジャパンモビリティショー2025」でも大いに注目を集めていた3代目「マツダCX-5」。メーカーの世界戦略を担うミドルサイズSUVの新型は、どのようなクルマに仕上がっているのか? 開発責任者がこだわりを語った。 -
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――フォルクスワーゲン・ゴルフTDIアクティブ アドバンス編
2025.11.13webCG Movies自動車界において、しばしば“クルマづくりのお手本”といわれてきた「フォルクスワーゲン・ゴルフ」。その最新型の仕上がりを、元トヨタの多田哲哉さんはどう評価する? エンジニアとしての感想をお伝えします。 -
新型「シトロエンC3」が上陸 革新と独創をまとう「シトロエンらしさ」はこうして進化する
2025.11.13デイリーコラムコンセプトカー「Oli(オリ)」の流れをくむ、新たなデザイン言語を採用したシトロエンの新型「C3」が上陸。その個性とシトロエンらしさはいかにして生まれるのか。カラー&マテリアルを担当した日本人デザイナーに話を聞いた。 -
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦
2025.11.13マッキナ あらモーダ!アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。 -
ディフェンダー・オクタ(後編)
2025.11.13谷口信輝の新車試乗ブーム真っ盛りのSUVのなかで、頂点に位置するモデルのひとつであろう「ディフェンダー・オクタ」。そのステアリングを握ったレーシングドライバー谷口信輝の評価やいかに?




















































