中古車価格は上がるの? 下がるの? ビッグモーター事件の市場への影響を考える
2023.09.06 デイリーコラムマーケットに及ぼす影響は限定的
年商は7000億円。全国に300以上の店舗を構え、約6000人の従業員を抱える中古車販売大手のビッグモーター。そのあきれた不正の数々が明るみとなった今、「ところで今回の事件は、今後の中古車マーケットにどういった影響を及ぼすのだろうか?」と考えている人も少なくないだろう。いや、中古車マーケットという広く漠然としたもの以前に、「自分は今、中古車を買うべきなのか? 待つべきなのか?」という個人的な損得について思案している人のほうが多いのかもしれない。
結論から申し上げると、ビッグモーター事件のあれこれは、あなたの今後の中古車ライフにさしたる影響は及ぼさない。それゆえ、もし中古車を買う必要が生じたならば、そのタイミングで普通に購入すればいいし、そうでなければ、これまでと同じように中古車を買わないまま生きていけばいい――というのが筆者の見解だ。
もちろん、短期的にはいくらか影響が出る可能性はある。信用調査会社の帝国データバンクによれば、2022年度の国内中古車販売業界の市場規模は、約3兆9000億円(売上高ベース)。その市場のなかで、ビッグモーターの売上高は業界トップの推定5800億円。市場占有率は約15%にも達する。そんな企業が、もしキャッシュフローを維持するために自社の在庫車両を一気に放出したら、オートオークションの相場は大きく崩れるだろう。一方で、マーケットがいくら安値傾向になったとしても、事件の報道によって一般的な潜在ユーザーの中古車を志向するマインドはどうしたって冷え込む。つまり中古車が売れなくなる。そして売れないものだから、よりいっそう売価も利益率も下がり、最終的には、経営に行き詰まる中古車販売店が各地で続出する――というのが、中古車ビジネスを営む側から見た場合の、かなり悪い方向のシナリオだろう。
しかし筆者は、このような事態には至らないと予想する。
![]() |
中古車市場は皆が想像するよりデカい
なぜ筆者がこの事件の影響を限定的なものと考えているかというと、まぁさまざまな根拠があるわけだが、一番の理由は、ビッグモーターという企業がこの世にあろうとなかろうと、中古車は社会や人々に求められているからだ。ビッグモーターの経営が悪化し破綻・倒産の憂き目に遭おうと、今一時、消費者の間で中古車を忌避する機運が高まろうと、やがては人々は普通に中古車を購入する生活に戻るため、「結局、中長期的なトレンドに大きな影響はありませんでした」とならざるを得ないのだ。
言葉ではなく数字でも話をしよう。台数ベースで考えた場合、中古車の市場規模は、おそらくあなたが想像しているよりもずっとデカい。日本自動車販売協会連合会&全国軽自動車協会連合会の統計データによれば、2022年1-12月の自動車販売台数は、新車のそれが420万1320台であったのに対し、中古車は630万1651台。新車よりも中古車のほうが1.5倍も多いのだ。そしてこの傾向は、半導体不足などで新車の生産とデリバリーが大きく影響を受けた2022年だけのものではない。2019年も2020年も2021年もずっと、中古車の販売台数のほうが常に多いのである。
中古車を購入する理由は人それぞれだが、とにかく人は“それ”を必要としてきたし、今もしている。加えてその市場規模は巨大で、仮にビッグモーターの自社在庫が、彼らの豪語していたとおり「全国5万台」だったとしても、その数は全体の1%にも満たないのだ。ビッグモーターという“汚染物”を投げ込んだとしても、中古車の現物市場および潜在市場という大海は、いつしかそれをなかったも同然にしてしまう……。それくらい、“海”は広くて深いのだ。
![]() |
一般的でまっとうな中古車を手に入れるチャンス
これが、中古車市場全体のトレンドに関する筆者の見立てだが、冒頭で申し上げたとおり、皆の間ではそんなことより「結局今、自分は中古車を買うべきなの? 待ったほうがいいの?」という個人的な話のほうが切実に違いない。これについては「買いたければ(買う必要があれば)普通に買えばいい。というか、むしろ今は“買いのタイミング”かもしれない」というのが筆者の意見だ。
筆者のように変態的な中古車を多数購入してきた自動車変態は、ビッグモーターの件があろうとなかろうと、中古車というモノに対する見方は変わらない。だが一般的なユーザーの中古車に対するイメージは今、おそらく最悪に近いだろう。「やっぱり中古車なんてダメだ」「いんちきだらけ」「買ってもすぐ壊れる。いや、壊される」「売ってる人間も全員悪人!」
こういった負のセンチメントをなんとか解消すべく、一般的でまっとうな中古車販売店は今、これまで以上に一般的でまっとうな仕入れおよび整備、販売、アフターサービスを心がけているはず。であるなら、今はむしろ「一般的でまっとうな中古車を手に入れやすいチャンスの時期」であるともいえるのだ。負のセンチメントの関係で、売価も若干だが安いかもしれない。
「とはいえ、もうちょっと時間がたてば、ビッグモーターの悪評のせいで中古車相場はさらに下がるのでは? つまり待ったほうがいいんじゃないか?」という意見もあるだろう。確かに、その可能性がないわけではない。だが、“相場”というのは株だろうが為替だろうが、そして中古車だろうが、100%正確な未来予想など誰にもできない代物だ。
現状でいうなら、「今後はちょっと下がるかもしれない。ビッグモーター事件だけじゃなく半導体のことや東欧の戦争のことも考えると、下がる可能性のほうが上がる可能性よりは高いかなと思う。でも、結論としては『わかりません』と言うほかない」のだ。そんな不確かなことに賭けて購入を先延ばしするのも、個人の自由ではあると思うものの、同時に「ナンセンスだなぁ」とも正直思う。仮に下がるにしても、例えば100万円の中古車が50万円になるわけではないのだ。
中古車に限らずなんだってそうだが、よほどのことがない限り、モノというのは「欲しいときや必要なとき」にさっさと手に入れて、さっさと有効活用するのが、結局は一番なのである。
(文=玉川ニコ/写真=webCG/編集=堀田剛資)
![]() |

玉川 ニコ
自動車ライター。外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、自動車出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。愛車は「スバル・レヴォーグSTI Sport R EX Black Interior Selection」。
-
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代NEW 2025.9.17 トランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。
-
スズキが未来の技術戦略を発表! “身近なクルマ”にこだわるメーカーが示した問題提起 2025.9.15 スズキが、劇的な車両の軽量化をかなえる「Sライト」や、次世代パワートレインなどの開発状況を発表。未来の自動車はどうあるべきか? どうすれば、生活に寄りそうクルマを提供し続けられるのか? 彼らの示した問題提起と、“身近なクルマ”の未来を考える。
-
新型スーパーカー「フェノメノ」に見る“ランボルギーニの今とこれから” 2025.9.12 新型スーパーカー「フェノメノ」の発表会で、旧知の仲でもあるランボルギーニのトップ4とモータージャーナリスト西川 淳が会談。特別な場だからこそ聞けた、“つくり手の思い”や同ブランドの今後の商品戦略を報告する。
-
オヤジ世代は感涙!? 新型「ホンダ・プレリュード」にまつわるアレやコレ 2025.9.11 何かと話題の新型「ホンダ・プレリュード」。24年の時を経た登場までには、ホンダの社内でもアレやコレやがあったもよう。ここではクルマの本筋からは少し離れて、開発時のこぼれ話や正式リリースにあたって耳にしたエピソードをいくつか。
-
「日産GT-R」が生産終了 18年のモデルライフを支えた“人の力” 2025.9.10 2025年8月26日に「日産GT-R」の最後の一台が栃木工場を後にした。圧倒的な速さや独自のメカニズム、デビュー当初の異例の低価格など、18年ものモデルライフでありながら、話題には事欠かなかった。GT-Rを支えた人々の物語をお届けする。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。