水でも氷でもどんとこい! 住友ゴムの「アクティブトレッド」技術が変えるタイヤの未来
2023.11.24 デイリーコラム状況に応じてタイヤの硬さが変わる
記者のような浅学の文系人間からしたら、化学というのは理解不能。魔法とか陰陽師のアレみたいなもんである。しかし今日では、その魔法みたいな領域での研究こそが、自動車を進化させ、人々の生活をよりよいものにし、社会の在り方をも変えていくのだろう。
2023年10月26日、住友ゴムはジャパンモビリティショーのプレスカンファレンスで、ウエット路面でもアイス路面でも高いグリップ力を発揮するタイヤ技術、アクティブトレッドの概要を発表した。水に触れたり温度が下がったりするとゴムが柔らかくなり、アンカー摩擦(路面への引っかかりで生じる摩擦)、粘着摩擦、ヒステリシス摩擦(ゴムの変形によるエネルギーロスで運動エネルギーを吸収する摩擦)が増して、滑りにくくなるというわけだ。彼らはこの技術を用いたオールシーズンタイヤを、2024年秋に発表するとしている。
高校時代に物理化学とオサラバした身からしたら、この段階でもう「??」だ。水に触れて柔らかくなるというのはまだしも、温度が下がって柔らかくなるとはナニゴトか? 自然界の摂理に反するではないか……。悩める羊に気を使ったわけではないだろうが、後日、住友ゴムはこの技術を詳しく解説する技術説明会を開催。記者はあまたのクエスチョンを抱えたまま、都内某所の会場へと向かった。
最初に紹介されたのは、水の上でもグリップ力を保持する技術「TYPE WET(タイプウエット)」である。当たり前だが、ぬれた路面ではタイヤは滑りやすくなる。ゴムが路面をつかむのを、水がジャマするためだ。住友ゴムのシミュレーションだと、ウエット状態では摩擦力は11%低下し、それを完全に補うためにはタイヤを40%柔らかく、エネルギーロスを13%増大させる必要があるという。
そこで彼らが注目したのが、イオン結合である。
水に触れたら柔らかくなる素材を開発
……突然の化学用語の登場に、記者と同じ文系諸氏は早くも読むのがキツくなったことだろう。どうか頑張ってください。
皆さんご存じのとおり、タイヤのゴムにはさまざまな性能を担保するため、さまざまな充てん剤が混ぜられている。ゴムを補強するカーボンブラックに、低温性能やウエット性能を高めるシリカ(二酸化ケイ素)、シリカとゴムをくっつけるカップリング剤、軟性を確保するオイルなどなど……。もちろん、皆がてんでバラバラだとタイヤもバラバラになってしまうので、これらは化学的に結びついて、ひとつの形を成している。
で、通常のタイヤでは、これらの素材は共有結合でがっちりくっついているのだが、これだとぬれた程度ではなんの変化も起こらない。一方、静電気の力でくっついているイオン結合には、水に触れると結束が溶け、乾燥すると再びくっつく特徴があるのだ。そこで住友ゴムは、ENEOSマテリアルやクラレ、信越化学工業とともに、イオン結合性素材を開発。ポリマー(タイヤの主材料となる、ゴムと樹脂が結びついてできた巨大分子)同士の、あるいはポリマーと充てん剤との結びつきをイオン結合に置き換えることで、ウエット路面で柔らかくなり、ドライ路面で硬さが戻るタイヤをつくり出したのだ。
加えて、疎水性素材のカタマリであるタイヤに水をしみ込ませるため、水浸透補助剤を投入&超微細な水のパス(通り道)を成形。タイヤ軟化時に、ポリマーや充てん剤の擦れによって大きなエネルギーロスを発生させる仕組みも取り入れた。
住友ゴムによると、これらタイプウエットの技術を用いたタイヤは、ぬれた路面で34%軟化し、エネルギーロスも11%向上。コンセプトタイヤによる実車評価では、通常のサマータイヤと同等のドライブレーキ性能を保ちつつ、それとほぼ変わらないウエットブレーキ性能も確認できたという。
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世の中に存在しない素材をつくる難しさ
一方、冷温時(=氷上)のグリップ性能を高める「TYPE ICE(タイプアイス)」技術においても、そのカギとなったのはやはり素材だ。この場合は「高温で硬く、低温で柔らかく」と、一般とは逆の性質が求められ、住友ゴムは北海道大学の野々山貴行准教授(大学院先端生命科学研究院)と一緒に研究を進めてきた。
注目したのは樹脂と軟化剤を混ぜた新素材で、高温では両者が分離し、低温では混合するという、温度によって混ざり方が変わる特殊イオン性化合物を発見。構造の変化を利用して低温で軟化する特性を実現した。
この新技術に加え、住友ゴムでは低温で硬くなりにくいポリマーや、低温でエネルギーロスが高くなるレジン、低温で凹凸が生じるゴム等々、温度が下がると摩擦を高めるさまざまな新素材も開発中。これらは2024年の新タイヤには間に合わないものの、実現し次第、順次製品に導入するとしている。
……以上が、今回の説明会で明らかにされたアクティブトレッド技術の詳細である。門外漢の解説ゆえ多少の不備はご勘弁いただくとして、読んでもらえれば分かるとおり、タイプウエット、タイプアイスともに過去の常識とはかけ離れたシロモノだ。当然のこと、技術の蓄積なんてものはどこにもなく、新素材の探求にはシミュレーションをフル活用。ときにはスーパーコンピューターの「富岳」も動員し、研究開発のスピードと精度を高めていったという。
住友ゴムでは、こうして得たアクティブトレッド技術を電気自動車(EV)用のタイヤにも応用。2027年には従来品(2019年)より転がり抵抗を30%減らすとともに、20%の軽量化も実現した次世代EV用タイヤを発表するとしている。
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化学はビジネスの在り方さえ変える
さて、ここで賢明なる読者諸兄姉は「ちょっと待て」と思うことだろう。「住友ゴムよ、そんなタイヤをつくって本当に大丈夫か?」と。
元来、タイヤというものはジャンルによって得手不得手があるものだった。それゆえに、製品の使い分けやサマータイヤからウインタータイヤへの履き替えといった需要が生じ、メーカーは恩恵を得ていたわけだ。もしここで「年中使えるタイヤ」なぞ発売しようものなら、せっかくの利益を手放すことになるのではないか?
結論から述べると、住友ゴムは覚悟のうえのご様子である。彼らは2017年に、新世代タイヤの技術開発コンセプト「スマートタイヤコンセプト」を発表。自動車の電動化や自動運転レベルの向上、カーシェアリングを含む移動手段&サービスの変化、そして環境負荷の低減などを鑑み、これからタイヤに課せられる課題を多方向への取り組みで解決すると表明した。
今回のアクティブトレッドの説明会でも、「全天候型タイヤの実現によるタイヤカテゴリーの集約と、性能持続技術・耐摩耗性向上技術の進化による長寿命化により、タイヤの製造本数を低減。省資源化を実現する」と話があった。ことタイヤの本数に関しては、住友ゴムは減ることを見越して、というか減らすために技術革新に取り組んでいるのだ。
イベントの後、この点について村岡清繁常務に話をうかがったところ、「これまでのように資源を使ってモノをつくり続けるやり方が、今後も許されるとは思わない」「こうした提案を率先して行うことこそ、われわれのような“業界2番手”の役割だと思う。そうしてメーカーの間に空気を醸成して、業界全体がこちらの方向(タイヤの製造本数低減による省資源化)へ向かざるを得ないようにできればいい」と述べていた。……最近、似たような話を海の向こうでも聞かされた気がするが(参照)、あるいは大きな企業のトップの間では、こうした問題意識が共通して持たれているのかもしれない。
「つくって売ろう!」の次の時代に、住友ゴムはどういったビジネスモデルを考えているのか。アクティブトレッドは本当にその一助になるのか。いろんな意味で、今回の新技術には興味津々(しんしん)なのである。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/住友ゴム工業、webCG/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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