ホンダWR-V Z+ プロトタイプ(FF/CVT)
オッカムの剃刀 2023.12.21 試乗記 全長4.3m超のボディーサイズにして200万円台という価格が話題を集める、ホンダの新型SUV「WR-V」に試乗。タイで開発を行いインド工場で生産されるグローバルモデルの走りを、2024年3月の発売を前に、ホンダの栃木プルービンググラウンドで確かめた。これまでとは異なる立ち位置
もしかしてフロントグリルに「H」マークが入っていなければ、ホンダ車と思う人は少ないのでは? 誤解を恐れずに言えばそれがWR-Vの実車を前にしての第一印象だった。分厚いフロントグリルが直立し、このパートだけですでにタフなSUVをイメージさせる。前後のオーバーハングは短く、都会派として市民権を得ているいまどきのクーペライクなSUVと一線を画すフォルムは、武骨と表現してもいい。
高く配置したベルトラインと厚みのあるボディーサイド、面積の小さなグリーンハウス、そして台形のフェンダーアーチにクラッディングといったパートは、WR-Vの明確なデザインキューだ。スポーツカー顔負けのシュッとしたモデルがSUVブームのメインストリームを行くなかで、WR-Vはちょっと違った方向を向いた個性派である。
そうした“ホンダらしくないフォルム”にあっても、ボンネット先端に備わる控えめなメッキ加飾とその下に配置されるヘッドランプには、かすかにホンダテイストを感じることができる。そこからは北米市場で人気のミドルクラスSUV「パスポート」や大型SUV「パイロット」に共通するイメージも漂う。しかし、重ねて言うが、日本のホンダディーラーに並ぶモデルとは異なる立ち位置が見えてくる。
そしてもうひとつ。WR-Vにおけるトピックに車両価格がある。WR-Vはエントリーモデルの「X」が209万8800円、中間グレードに位置し量販モデルになるであろうと想像できる「Z」が234万9600円、最上位グレードの「Z+」が248万9300円という設定である。
ホンダ関係者によれば、「コンパクトSUVという触れ込みとこの価格帯から、お客さまからは『ダイハツ・ロッキー』『トヨタ・ライズ』のガチの対抗馬と見られます」とのことだが、車格は明らかにWR-Vが上。同車が店頭に並べばそうした“誤解”も解消されるだろうが、全長×全幅×全高=4325×1790×1650mmというボディーサイズだけをみれば、同門の都会派SUV「ヴェゼル」と食い合いしないかと余計な心配をしたくなるサイズ感だ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
必要十分という潔さ
WR-Vに搭載されるパワートレインは1種類。自然吸気の1.5リッター直4ガソリンエンジンにCVTを組み合わせ、最高出力118PS/6600rpm、最大トルク142N・m/4300rpmを発生する。このパワートレイン自体は、ヴェゼルのエントリーモデルとしてラインナップしている「G」のものと同一だ。もっともヴェゼルがFF車と4WD車をラインナップするのに対してWR-VはFF車のみと割り切っている。
両FF車を比べた場合、WR-VのWLTCモード燃費値が16.2km/リッター(ZおよびZ+グレード)であるのに対してヴェゼルの同燃費値は17.0km/リッターと、若干違いがある。この差はアイドリングスタート/ストップ機構の有無によるものだろう。そう、WR-Vにはターボどころか電動駆動関連システムすら採用されない。潔いまでの“素エンジン”である。
アクセル開度や車速に合わせてエンジン回転数を上昇させる「G-Design Shift制御」と、ブレーキ操作に合わせてギア比を制御し、安定したエンジンブレーキやスムーズな再加速を実現する「ブレーキ操作ステップダウンシフト制御」を採用するCVTの働きもあって、いわゆるラバーバンドフィールは皆無とはいわないものの、騒ぎ立てるほどのことでもない。
今回はあくまで一般道を模したホンダのプルービンググラウンド内での試乗であったので、果たしてパワートレインのドライブフィールをリアルワールドでどう感じるのかはその機会を待たねばならないが、クルマのキャラクターを考えれば、動力性能は適切と判断できる範囲に収まりそうだ。
モワーンと回るエンジンは回転を上げても面白くなるわけではないし、スポーティーに走れるわけでもないが、必要十分とはこういうことだと、あらためて感じた。テストコース上を単独で走行する限り、速くも遅くもなく、何の不満もないパワーユニットであった。ちなみにハイブリッド車が主力となるヴェゼルにおいて、このガソリン車の比率はわずか数%とのこと。パワーユニットにだけ注目すれば、WR-Vにはもともとハイブリッドがないのだから、ヴェゼルとはかぶりようがないともいえる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
実用性と機能性へのこだわり
見た目もマッシブな17インチタイヤを履く足まわりは、同コース内を走るぶんにはそつなくまとめられていた印象である。シャシーは「フィット」をベースにリファインされたもので、SUV用に各セクションを強化、進化させているという。足はよく動き、乗り心地もいい。不整路面や踏切を模したコースを走行しても、ボディーの揺れがすぐに収まり、快適性が大きく損なわれることはない。
小回りも利く。最小回転半径はヴェゼルのFF車が5.3mであるのに対してWR-Vは5.2mである。混み入った街なかで実際にUターンしたり、ショッピングモールの駐車場といった日常で試したりしたわけではないが、ボディー前面が垂直かつバンパーの角が適度に丸められているので、ひょっとしたらいつもの路地を切り返さずとも曲がれるかもしれない。回転半径の数値だけでなく、フロントコーナーのデザインは日常面で効いてくる。
視界の良さも、大きなアドバンテージになるだろう。グリーンハウスが狭く一見死角が多そうだが、フロントウィンドウが適度に近く、SUVらしくアイポイントも高い。ダッシュボード上端やボンネットが水平なのも運転が楽に感じる要素である。ひとことで言えば、ドライバーが無理・無駄を強いられることなく自然体で乗れる。運転しやすいクルマを嫌いな人はいないはずだ。
リアのドアは後端が垂直にデザインされ、乗り降りがしやすい。開口部も外から見るよりずっと広い。そのドアの開口部とリアシートのヒップポイントの関係性は、入念に検討した自慢の設計とのこと。リアシートから降車するシーンで、腰を落とした位置から外に出るのにボディーをさほど邪魔に感じないのは、実用性と機能性へのこだわりがあってこそだ。細かいことだが、こうした小さな工夫の積み重ねが身銭を切ったユーザーの満足度を引き上げるはずだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
アイデアと工夫でいいものはつくれる
荷室を開けると、ボディーサイズ以上に広く感じる空間が出現する。深く、奥行きが長い。左右のタイヤハウス内側の出っ張りは小さいものではないが、形状が工夫されているので荷物の積載時にはあまり邪魔にならなさそうな印象だ。容量はクラストップをうたう458リッター。初代ヴェゼルの荷室容量は404リッターで、2代目ヴェゼルの荷室は初代よりも狭いと聞けば、WR-Vの長所がわかる。その広さの秘密は、荷室から遠いフロントのバルクヘッドまわりにあるという。前輪軸と運転席ペダルの位置関係に独自のノウハウがあり、スペースを積み重ねることによって荷室容量を稼ぎ出しているという説明であった。
はやりのクーペSUVのように特筆すべきデザイン面でのウリがあるわけでもないし、メカニズム的に新機軸と呼べるものもない。開発を指揮したホンダの四輪事業本部 四輪開発センターの金子宗嗣氏は「あるものを吟味し磨き、あるものだけで勝負しました」と語る。その言葉どおり、新型車の登場でよく耳にする“世界初”や“初搭載”の文字はWR-Vには用いられていない。
金子氏の発言は、手持ちの技術だけでもアイデアと工夫次第でいいものをリーズナブルにつくれると証明してみせたなかでの発言ととらえていい。製品として確立された技術やアイテムを使うことで、確実に開発の時間とコストの抑制に結びつく。車両の想定使用年数と使い方によっては、車両本体価格の高いハイブリッド車よりもシンプルなエンジン車のほうがトータルコストは安くつくという主張も耳にする。
2040年に全車電動化を掲げるホンダの新型車が非電動モデル? と、どこかしっくりしない感じで臨んだWR-Vとのファーストコンタクトだったが、車両自体の出来には感心しきりであった。それは例えるなら、ぜいたくなトッピングに頼らず、だしと麺と薬味のネギで勝負するウドンを食べたときのような気持ちに似ていて、ムダを極力省くと唱える科学的単純性の原則、いわゆるオッカムの剃刀(かみそり)に通じる考えかもしれない。限られた時間と場所で触れた印象にすぎないが、WR-Vで街に出て、高速道路を走り、家族を乗せたときに同じ感想であることを願いたい。
(文=櫻井健一/写真=本田技研工業/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ホンダWR-V Z+ プロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4325×1790×1650mm
ホイールベース:2650mm
車重:1230kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:118PS(87kW)/6600rpm
最大トルク:142N・m(14.5kgf・m)/4300rpm
タイヤ:(前)215/55R17 94V/(後)215/55R17 94V(ブリヂストン・トランザT005A)
燃費:16.2km/リッター(WLTCモード)
価格:248万9300円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--年型
テスト開始時の走行距離:151km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
MTBのトップライダーが語る「ディフェンダー130」の魅力
2025.10.14DEFENDER 130×永田隼也 共鳴する挑戦者の魂<AD>日本が誇るマウンテンバイク競技のトッププレイヤーである永田隼也選手。練習に大会にと、全国を遠征する彼の活動を支えるのが「ディフェンダー130」だ。圧倒的なタフネスと積載性を併せ持つクロスカントリーモデルの魅力を、一線で活躍する競技者が語る。 -
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか?