第876回:待望の穏健派・知的ミニバンか? 「ヒョンデ・スターリア」のデザインに思う
2024.09.12 マッキナ あらモーダ!シャープによる新しい「目の付けどころ」
今回は、ミニバンのデザインについてのお話を。
2024年9月6日、シャープはEV(電気自動車)のコンセプトモデル「LDK+(エルディーケープラス)」を、東京国際フォーラムで同年9月17日から18日に開催される自社のイベントで公開すると発表した。
親会社である鴻海科技集團(フォックスコン)主導で開発されたEV用オープンプラットフォームをベースに、京都を拠点とするEV企業フォロフライの協力も得た。鴻海は2020年10月、EV向けハード/ソフトウエアのオープンプラットフォーム「MIH(Mobility In Harmonyの略)」を発表している。
LDK+は、車内を「リビングルームの拡張空間」として捉え、“止まっている時間”に焦点を当てている。後部座席は回転式。ドアが閉まると両側面の窓に搭載した液晶シャッターが閉まる。空調や明るさは、家庭内のAI家電が学習した情報をもとに自動調整する。車内後方には65V型ディスプレイを搭載。シアタールームや子どもの遊び場、リモートワークなどにも活用できる。また、画面を通じて家屋内にいる家族とのコミュニケーションを実現することで、「隣の部屋にいるかのような安心で便利な空間を提供」できるという。さらに、自宅駐車場ではEV用蓄電池と太陽電池が家全体とつながり、AIが最適な総合エネルギー制御を行う。
自動車を部屋のひとつとして捉えるのは、決して新しい発想ではない。筆者が即座に思いついたのは、建築家・上田 篤氏による1979年の著書『くるまは弱者のもの-ツボグルマの提唱』である。著者は、まず自家用車の稼働時間が、実は極めて少ないことを指摘。そのうえで、一般的な乗用車より専有面積が少ない約1坪で済み、かつ駐車時は部屋のように使えるクルマを提案している。当時中学生だった筆者は、中公新書から刊行されたその本を読んで、大いにうなずいたものだ。
シャープLDK+は1坪には収まっていないようだ。だが、ツボグルマが内燃機関を想定していたのに対してEVであるため、パワーユニットのパッケージングは、より自由度が増していることになる。加えてAIとの連携は、ツボグルマ時代には考えられなかったものだ。
それよりもLDK+で注目すべきは、エクステリアデザインである。ミニバンでありながら極めてシンプルだ。本稿執筆時点で配給されている写真ではフロント部分のショットはないが、同時公開された動画で確認すると、そちらも極めて簡潔な造形である。
今買える未来
LDK+は目下コンセプトカーであるが、市販車で意欲的なデザインのミニバンといえば「ヒョンデ・スターリア」だ。2021年の発表で、イタリアでは2023年から発売されている。
整然としたフロントフェイス、日本で既発売の「コナ」と同様のデイタイムランニングランプ「シームレス・ホライゾンランプ」、メーカーがワンカーブと表現するシルエット、(実際の窓部分は、やや小さいが)下端を極限まで低くしたグラスエリアが特徴的だ。それは事実上キャラクターラインも兼ねている。したがって側面の造形は極めてシンプルであるが、映し出される周囲のリフレクションは、惜しくも2019年に他界したイラストレーター、シド・ミード氏のイラストレーションを思わせる。参考までに、スターリアは「レッドドット・デザインアワード・プロダクトデザイン2022」で「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を受賞している。
スターリアと聞くたび筆者は、劇画『宇宙戦艦ヤマト』における惑星イスカンダルの女王スターシアを思い出してしまう。だがヒョンデによると、Stariaは「Star(星)」と「ria(リア:川の氾濫によって形成される長い水域)」を組み合わせた造語である。参考までに後者は、日本で「リアス式海岸」と呼ばれているものだ。
このスターリア、目下のところ目撃する頻度は極めて少ない。というか、見たことがあるのは近隣住民が路上駐車している1台だけだ。統計を見て納得した。2024年5月における各国・地域別販売台数は、販売トップ4であるオーストラリア527台、ドイツ309台、タイ148台、トルコ126台に対して、イタリアは62台にとどまる(出典:Chinamobile.ru)。
したがって、シエナ県におけるヒョンデ販売店「スーペルアウト」を訪問するにあたっても「きっと実車は無いだろう。せめて情報だけでも」と考え、アポイントメントなしで赴いた。
ところがどうだ。実際に行ってみると販売店の屋外に1台展示してあるではないか。といっても新車ではなく、走行3万kmの中古車であった。4WDで、グレード名で「ワゴン」と名づけられた9人乗り標準仕様である。セールスパーソンのマッティア・ラゼッリ氏に聞いてみると、これまでに販売店が2台新車で売ったうちの1台が“帰ってきた”のだという。といっても、車両に問題があってではなく、大家族だった前オーナーが離婚。同店で併売している「ホンダ・シビック」に乗り換えたため下取りに出したのだという。
「写真をお撮りになるのなら、もっと奇麗に磨いておきますので後日に」と主張する完璧主義のマッティア氏を説得し、その場で撮影させてもらうことにした。外観は前述の印象を裏切らない。開発当時、ヒョンデグループの社長兼デザインマネジメント責任者を務めていたピーター・シュライヤー氏(2022年からエグゼクティブデザインアドバイザー兼ブランドアンバサダー)のディレクションを評価したい。
いっぽうでドアを開けて広がったインテリアは意外だった。エクステリアと比較すると未来感が希薄なのである。1955年「シトロエンDS」に乗り込んだときのような衝撃からは遠い。特に展示車両は、7人乗りの豪華版「ラクシュリー」ではなく、9人乗りで実質志向の標準仕様なので、未来感覚はさらに抑制される。日本でも既発売の「アイオニック5」しかり、ヒョンデ車の室内は外観ほど先鋭志向ではない。
標準仕様は前席パワーシートやステアリングヒーターこそ付いている。だが、スライドドアが手動であったり、エンジンのスタート&ストップが従来のキー式であったりするから、さらに興奮が限定的となる。イグニッションをオンにしたとき聞こえるのが、ヒョンデのテレビCMと同じジングルであるのは粋だが、実際に所有するとすぐ飽きてしまうかもしれない。
しかし必要にして十分な面積のメーター用ディスプレイ、近年のモデルにしては明確なATセレクターボタンなど、大切な部分をあえて複雑なデザインにしていないことは評価に値する。
広い窓の恩恵で室内は明るく、全周囲の視界は良好だ。後方の見晴らしもよく、標準装備であるリアビューカメラの助けを借りなくても容易に後退できる。3列目シートも閉所感が少ない。このあたりにもデザイナーの良心が感じられる。
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あの抵抗感は突破できるか
読者諸氏もご存じのように、近年の日本ブランドによるミニバンは、過度にエモーショナルな造形が目立つ。特にフロントマスクは威圧感を強調したものが市場を席巻している。「複雑な凹凸が多すぎて、付着した虫を落とすのに苦労しそうだな」という冗談はさておき、なぜ自動車があんな怖い顔をしていなければならないのか理解に苦しむ。他車のドライバーや街行く人が見たとき、ミニバンは他の車型より塊感がある。ゆえに心地よいデザインのほうがいいのに、と思うのである。
そのような思いを抱き、穏健派・知的ミニバン待望論を唱えるのは筆者だけか? と考え、長年自動車販売業界で働くイタリア人に日本製ミニバンの写真を見せた。すると彼は「私や私の考え方が時代遅れなのかもしれないが、本当の感想を聞きたいか?」と笑った。そのあとで「私自身は、風や自然がもたらす調和から着想を得たデザイン、もしくは逆に、一切そうしたものとは決別をしたデザインが好きだ」と言う。で、一体どういう感想なのだ? というと、「たとえ切羽詰まった必要性があっても、私はそんなクルマ(日本製ミニバン)を買うことはないだろう」と断言した。
旧グループPSA系製ミニバンを所有するフランス人の知人は、「正直言って、とても醜いと思う。グリルは不釣り合いだ。デザインは重く、流動性や優雅さがみじんも感じられない」と、ばっさり切り捨てた。そして比較対象として、イタリアのカロッツェリアが手がけたクルマの優雅さを挙げた。
残念ながら、LDK+は本稿執筆時点では発売未定である。スターリアも前述の統計によれば市場は25の国・地域に限られ、上位4カ国を除いて月間販売台数は2ケタ台である。日本でヒョンデはEVと燃料電池車に特化しているから、内燃機関のみのスターリアが導入される可能性は低いだろう。
しかし、2台のようにクリーンな形のミニバンが欲しいユーザーは相当数存在するはずだ。業界のゲームチェンジャーとまではいかなくても、ミニバンの姿を考えるきっかけになることを期待したい。特にスターリアに関しては、日本に導入されれば韓国ブランド車に対する一種の抵抗感を突破する契機にもなるかと、おぼろげながら思うのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、シャープ/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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