ヤマハMT-09 Y-AMT ABS(6AT)
ノスタルジーをもブッちぎる 2024.09.10 試乗記 シフト操作は一切不要! 新開発の電子制御トランスミッション「Y-AMT」を搭載した「ヤマハMT-09 Y-AMT」にサーキットで試乗。新機能が実現する新たなファン・トゥ・ライドを体験し、その先に広がる新しいバイクの可能性を考えた。クラッチレバーがないってスバラシイ
それはさかのぼって1992年の話。手に入れたばかりの400ccのバイクがあまりに楽しすぎた。そのバイクを僕はやみくもに方々へと走らせ、揚げ句、マイ左手首はダルく重くなってついにはクラッチレバーが引けなくなるほど痛くなってしまった。「ウッヒョー♪」が「痛ててて……」に。なんのことはない。腱鞘(けんしょう)炎だ。
クラッチを使わずにシフトアップ、ダウンする術を身につけようとひとしきりあがいたものの、ダウンはなかなか難しくて結局最後までままならなかった。あのときは「クラッチレバーが使えないって不便だなあ」と思ったけれど、約30年後の2024年にまさか「クラッチレバーがないほうが楽チンかも!」に開眼するなんて──。
ヤマハがこのたび新しく開発した技術、その名はY-AMTという。耳になじみのないこの電子制御シフトを搭載したマシン(MT-09 Y-AMT)だが、今月末の9月30日に発売されることがすでにアナウンスされている。そのデビューに先駆けて、袖ヶ浦フォレストレースウェイで行われた試乗会に参加してきた。
レバーもなけりゃペダルもない!
Y-AMTはすでにラインナップされているMT車のトランスミッションをベースに、クラッチやシフトアップ/ダウンの操作をアクチュエーター(エネルギーをなんらかの動作に変換する装置のこと。この場合は、要するに電動モーター)によって自動化させた、電子制御シフトの新機構のことである。それは単純にクラッチレバーを車体からすっかりさっぱり取り去り、その操作にまつわる“いろいろ”をバイクが代わりに執り行ってくれる、というもの。「じゃあスクーターの無段変速みたいなものなの?」というと、そうではない。あくまで有段変速で、そのためのトランスミッションも既設のまま定位置に存在する。ユニットの重量はわずか2.8kg。従来の車体に“足す”ことができるこの仕組みが、新しいY-AMTなのだ。
そんなY-AMTが装着されたマシンが目の前にある。ここでライダーに与えられる選択肢は大まかに2つあって、ひとつは「変速そのものをぜんぶマシンにお任せ」にしてしまう「ATモード」と、もしくは「変速は自分でするけどクラッチをつなぐ操作はお任せ」にする「MTモード」。どちらかアナタが好きなほうを選んでね、ということになる。
繰り返すがクラッチレバーはない。そこにあるべき金属棒(レバー)がない違和感はどこか「ホンダ・スーパーカブ」と似ているが、それにも増して空虚なのは左の足元だ。シフトペダルもさらにない。MT-09 Y-AMTの“ヤル気”のありそうなフォルムに反して……まるで丸腰じゃないか! という不安が先行するのは僕の本音。なにせ居丈高な900ccクラスのスポーツバイクに、クラッチレバーとシフトペダルがないのだ。その不在感は53歳の名ばかりベテランおじさんにとってはあまりに心もとなく、正直「どう話しかければいいの?」とモジモジ、ドキドキ。オレは童貞か。
シフト操作にみるヤマハの深い見識
それだけに試乗前の技説はいつもより背筋を伸ばしてマジメに聞いた。「よりイージーに」との題目で開発された装置がイージーに動かせなかったら……小っ恥ずかしいからね!
ざっくり言うとスロットル、フロントブレーキ、リアブレーキなど、これまでカラダの右半分で行ってきたことについてはなにも変わらない。大きく変わるのはカラダの左半分で、クラッチワーク、シフトアップ/ダウンのアクションから完全に解放され、その身代わりに“左の人さし指(と親指)”だけを動かすことになる……ということらしい。その人さし指(と親指)が担うのが、手元のシフトレバーを押すこと。変速のためのアクションはそれだけだ。
ビビっていても仕方ないのでさっそく試乗だ。まずATモードの手順はこう。
01 イグニションON(Nであることを確認)
02 ブレーキを利かせつつエンジンスタート
03 ギアをN→1へ、発進
04 あとはスピードなどに応じて自動でシフトアップ/ダウン
05 減速→停止ではシフトダウン後、自動で1速へ
……めっちゃカンタンじゃん! そしてMTモードはこれに手元のスイッチによるシフトアップ/ダウンが加わるだけ。なんだかあっけない。AT/MTモードの変更はハンドル右側のスイッチボックスにある切り替えレバーを押すことで行える。シフトに使用するシフトレバーはシーソー式になっていて、左の人さし指で「+」レバーを(手前に)押してシフトアップ、親指で「-」レバーを(奥に)押してシフトダウンが決まる。素晴らしいのは、そこに加えられるもうひとつの手元アクション。「+」レバーを人さし指で前方にはじく(奥に押す)ことで、親指をグリップから離さずにシフトダウンを遂行できるのだ。
このアイデアが秀でているのは、車体の加速G、減速Gがかかる方向とレバーそのものにかかるGのベクトルが同じであること。まさに直感的で使いやすいアクションが人さし指一本でまかなえるのはステキだと断言しよう。親指による「-」レバーはなくてもいいかな、とさえ思ってしまった。
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自動化のデメリットは(ほぼ)ない!
MT-09 Y-AMTにサーキット試乗しての感想を、メリットとデメリットの2つに分けて並べてみた。
メリット
- 下半身がマシンをしっかりとホールドでき、その体勢をキープできる
- 左手がハンドルグリップをしっかりとつかむことができる
- クラッチレバー+シフトペダルによる旧来の操作よりも格段にスピーディーな変速アクション
デメリット
- ユニット装着による重量増(約2.8kgプラス)
- 車両価格の上昇(11万円アップ/MT-09比で)
- ATモードでコーナリング中、不意の変速によるドキッ
- フツーのMT車に戻ったとき、自らのシフトダウンの遅さ、不正確さにガックシ
メリットについては、事前に思い描いていたイメージ以上に大きかった。ことサーキットのような、街乗りよりも精神的にアッパーになってしまう状況では、明らかにライディングに余裕が生まれてすべてのアクションが楽になった。しかも変速にかかる時間は通常のマニュアルシフト車で0.2~0.5秒のところ、Y-AMTであればたった0.1秒で完了するという。これは胸のすく快感だ。
褒めてばかりいると、新技術バンザイ! 的な予定調和と思われそうだが、そうではない。スキルのもっともっと高いライダーであれば「自動変速に頼らずとも」という境地があるのかもしれないが、メーカー主催の試乗会かつクローズドサーキットという異常事態(笑)にあっては、シフトミスや下手クソなシフトダウンなどはできれば避けたい。その点Y-AMTは120%、見えっ張りの僕の味方だった。ありがとう!
ごく短い時間だったが低速路でのテストもできた。あえてビミョーな速度でUターンなどを試みてみたものの、期待するほど(?)に扱いにくさはなく、むしろそつなくこなしてしまう。「これは別の機会にもっと意地悪してみたい」と思った次第。性格わるいね。ちなみにY-AMTをしてクルマのパドルシフトを思い浮かべるライダーも多いと思うが、操作してのダイレクト感はその比ではない。股間に挟まれてうなるエンジン、揺さぶられるトランスミッション。プリミティブな構造のバイクは、げに愉快である。
デメリットについてはもはやユニット装着にまつわる重量/コストアップを指摘するのみ。操作感の素晴らしい手元のシフトレバーをはじめ、フィジカルでの違和感は周回路においてほとんどないと思った。唯一、ATモードを選んでコーナーでバンクをしている真っ最中の、不意の変速によるドキッ! が挙げられるが、でもこれは慣れの範疇(はんちゅう)かもしれない。雑にクラッチをつなぐわけでも、いきなり過大なトラクションが路面にかかる/抜けるわけでもないので、きっと“やり過ごしていい”程度のもの。ただし自分の場合、この“不意”に慣れるまでには少し時間がかかりそう。この一点で僕は、サーキットやワインディングロードではMTモードを積極的に選びたい。
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選べるって最高!
いままで以上にスロットルワークやブレーキコントロール、さらには前方視界やラインどりに集中することができ、マシンを安定させることができるY-AMT。「それって、どれほどのこと?」といまいちピンとこない読者も多いだろうが、こればかりは鼻息荒く本記事で力説するよりも、試乗による体感が一番クリアな(それぞれにとっての)正答へと導いてくれるはず。ショートな街乗りであればそれほどありがたみを感じないかもしれないが、これがサーキットでの追い込んだ走りにあっては印象が好転したし、まだ経験がないものの旅のロングディスタンスでも心情はいきなり変わるのかもしれない。
遠くない将来、ノスタルジックな行為になってしまうかもしれないクラッチ操作。オートマチックな電子制御シフトが当たり前になってもよし。これしか知らないユースライダーがこれからどんどん増えていく可能性もじゅうぶんある。でもね、クラッチ操作は操作で楽しいわけです。かなた大半の四輪車はとうの昔に置いてきてしまったけれど、こなたバイクはまだまだ趣味のモノとして多くのマシンに残されている。なによりこれから僕らは自動変速、手動変速のどちらのマシンもフラットに選ぶことができるのだ。最高じゃないか。
(文=宮崎正行/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2090×820×1145mm
ホイールベース:1430mm
シート高:825mm
重量:196kg
エンジン:888cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:120PS(88kW)/1万rpm
最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段AT
燃費:20.8km/リッター(WMTCモード)
価格:136万4000円
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宮崎 正行
1971年生まれのライター/エディター。『MOTO NAVI』『NAVI CARS』『BICYCLE NAVI』編集部を経てフリーランスに。いろんな国のいろんな娘とお付き合いしたくて2〜3年に1回のペースでクルマを乗り換えるも、バイクはなぜかずーっと同じ空冷4発ナナハンと単気筒250に乗り続ける。本音を言えば雑誌は原稿を書くよりも編集する方が好き。あとシングルスピードの自転車とスティールパンと大盛りが好き。
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