メグロ 激動の40年 ―日本のバイク史を駆け抜けた幻の名門の盛衰―
2024.11.29 デイリーコラム 拡大 |
軽二輪の新型車「カワサキ・メグロS1」の発売により、いま再び注目を集めているモーターサイクルブランド「メグロ」。日本における二輪産業の黎明(れいめい)期を駆け抜けた幻のメーカーは、いったいどんな存在だったのか? 今も特別な響きを持って語られる、彼らの足跡をたどる。
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誕生は大正13年(1924年)
メグロ(目黒製作所)の生い立ちはとても興味深い。激動の時代に翻弄(ほんろう)されつつも高い技術力で成長し、そして最後には時代の流れに追従できなくなり、姿を消していくのである。目黒製作所の起源を探ると、大正8(1919年)年8月にまでさかのぼる。日本が参戦していた第1次世界大戦が終わった翌年である。幕府による長い統治が終わって50年が過ぎたこの頃、日本は近代化を推し進め、西欧諸国に肩を並べる工業国になろうとしていた。
ここで勝 精(かつ くわし)に触れておくことにしよう。勝の存在が目黒製作所の誕生に影響しているからである。勝 精の旧姓は徳川。江戸幕府15代将軍 徳川慶喜の十男である。精は勝 海舟の嫡子、勝 小鹿の長女伊世子の婿養子として勝家に入り、勝 海舟が死去した後は勝家の家督を相続していた。
さまざまな趣味を持っていた勝は、バイクにも興味を持つようになり、当時エンジンをつくっていた友野鉄工所に勤務していた村田延治に声をかけ、屋敷内に村田製作所を設立する。村田は友野鉄工所でエンジンに関して高い技術を身につけていた。ここに加わったのが、目黒製作所創業者のひとりとなる鈴木高次である。鈴木は海軍の技師として働いていたが、ワシントン海軍軍縮条約の結果、海軍が主力艦の製造を取りやめたことから海軍を離れ、村田製作所で働くことになった。
村田製作所にはほかにも元海軍の技術者らが加わり、排気量1200ccのビックバイク「ジャイアント号」を開発。市販化には至らなかったが、村田と鈴木は二輪に関するさまざまな技術を習得していった。
入社から2年がたった大正13年(1924年)、関東大震災の翌年に鈴木は独立。目黒製作所をスタートさせる(初期は鈴木製作所と名づけていたが、後に目黒製作所に改名)。創業して1年後には村田も加わり、共同経営者として目黒製作所を育てていった。
当初はトライアンフの部品製造や自動車の整備を主な仕事にしていたが、昭和4年(1929年)頃から本格的に自動車事業へ参入するようになる。モータース商会が製作した「MSA」というバイクのトランスミッションをつくったのを皮切りに、さまざまな自動三輪のトランスミッションを開発。メグロの変速機は高い評判を呼び、駆動系パーツを中心に製造して日本各地のメーカーに納入するようになっていった。昭和7年(1932年)からは二輪車、四輪車のエンジンも開発するまでになったのである。
戦争を乗り越えて迎えた最盛期
二輪車に目を戻すと、完成車第1号となる500単気筒の「Z97型」が完成したのは、昭和12年(1937年)。昭和14年(1939年)にはメグロ号が白バイにも採用された。この頃から会社組織を株式会社目黒製作所とし、村上が初代社長、鈴木が専務となって会社を経営していくことになる。中国大陸で小型二輪車を販売することを目的として沼津に昌和製作所を設立するなど、順調に業績を伸ばしていくかと思われた矢先、太平洋戦争がぼっ発する。
戦争により、目黒製作所では軍のエンジン関係の部品を製造するようになる。戦況が悪化してからは、工作機械を栃木の烏山や東京の五日市に疎開させて軍需品の製造を続けていった。そして昭和20年に終戦となり、焼け野原となった日本は復興への道を歩みだすことになる。目黒製作所は軍需品の製造をしていたことから活動休止を余儀なくされるが、昭和22年、再び二輪車の製造に踏み出すことになった。
空襲で工場の建物は消失していたが、幸いだったのは疎開によって機械が被害を受けていなかったことだ。「Z型500」の製造販売が再開され、昭和24年には全国の販売店が「メグロ会」を結成し、販売網も整理していった。
この頃、メグロでは大きなプロジェクトが動きだそうとしていた。
「昭和25年には陸王号とのからみもあり、警視庁のあと押しもあって1000ccW型を計画した。」(八重洲出版『国産モーターサイクルのあゆみ』鈴木高次より)
高性能と信頼性でファンを増やしていったメグロとは対象的に、ハーレーのライセンス製造をしていた陸王は業績が悪化。営業を停止していた。鈴木の言う「陸王号とのからみ」がなにを意味するのは不明だが、白バイとして活躍していた陸王の後継機種となるビッグバイクを開発するということだったのかもしれない。しかしこの計画が実現することはなかった。
「ところが海外を見てもそんな大きなものを造る時代ではなく、むしろ小型化する状況だった。そこで登場するのが250ccだ。」(八重洲出版『国産モーターサイクルのあゆみ』鈴木高次より)
こうして登場した「J型250」は大人気となる。この頃から日本は爆発的なモーターサイクルブームに突入し、メグロでも300cc、350cc、650cc、125ccと次々に新規機種を開発。生産台数は年間1万5000台を記録し資本金も増額。株式も公開している。浅間火山レースでは500ccクラスでZ号が優勝、上位を多数のメグロが占めるという大活躍をみせた。
名門を追い込んだブームの終わりとトレンドの変化
しかし加熱していたモーターサイクルブームは昭和30年代に入って急速に収束していく。淘汰(とうた)の時代が始まったのである。100社以上が乱立していた国内の二輪メーカーは倒産が相次ぎ、メグロの業績も悪化。昭和35年(1960年)に川崎重工と業務提携し、昭和37年(1962年)には川崎目黒工業と改称。昭和39年(1964年)には倒産して、メグロの名前は消えることになった。荒波を乗り越えようと奮闘していたさなかに、労働争議に見舞われたのも痛手だった。
鈴木高次は、先ほどからたびたび引用している『国産モーターサイクルのあゆみ』のなかで、こう述べている。
「世間では目黒はストライキで倒れたと見られているが、私は、真の理由は技術の遅れだと考えている。36年にはホンダ、ヤマハが登場してスーパーカブなど50ccの小型に人気が集中したが、この時期がモーターサイクル業界の転換期だったと思う。500ccから250ccの転換で成功した目黒も50ccでは技術的に追いつけず、製作してもコスト高で競争力がなかった。」
そしてこう結んでいる。
「問題は売れる商品を造るだけの技術力が私たちになかったことだ。大きいものから小さいものへの転換はコスト的にもロスが多いものだが、ロスを恐れて転換期に思い切った方針を打ち出せなかった私たちの消極性が、結局はメグロ号の退場につながったのだと私は今も考えている。」
しかしメグロの技術が途絶えることはなかった。カワサキでその技術が生かされていくからである。二輪事業へ本格的に参入したばかりの川崎航空機は、二輪製造やレースに関するノウハウが不足していた。それをメグロからやってきた人たちが補ったのだと当時を知る人たちは言う。メグロの500ccツイン「スタミナK1」をベースとした「カワサキ500メグロK2」や、排気量を650ccとした「W1」が発表され、「ビッグバイクのカワサキ」の礎となっていくのである。
(文=後藤 武/写真=カワサキモータースジャパン、webCG/参考文献=モーターサイクリスト臨時増刊『国産モーターサイクルの歩み』/編集=堀田剛資)

後藤 武
ライター/エディター。航空誌『シュナイダー』や二輪専門誌『CLUBMAN』『2ストマガジン』などの編集長を経てフリーランスに。エアロバティックスパイロットだった経験を生かしてエアレースの解説なども担当。二輪旧車、V8、複葉機をこよなく愛す。
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