スズキが未来の技術戦略を発表! “身近なクルマ”にこだわるメーカーが示した問題提起
2025.09.15 デイリーコラム着実に進むスズキの次世代技術開発
クルマをより重く、大きく、多機能で高価なものへと進化(?)させていく昨今の自動車業界にあって、一人、その潮流に背を向けているのがスズキだ。2024年には「小・少・軽・短・美」というコンセプトを掲げ、技術戦略説明会で「適量なバッテリーの電動車」や「過剰ではないちょうどいいSDV」などを提唱。壇上では鈴木俊宏社長&加藤勝弘技術統括が「次期型『アルト』を100kg軽量化させる!」と豪語し、業界をどよめかせた(その1、その2)。
あれから1年とちょっと。さる9月9日に、その進展と新たな展望を説明する、2025年版のスズキ技術戦略説明会が催された。会場では、上述の車両軽量化技術「Sライト」について、80kg分までの減量のめどがついたこと、電動化やカーボンニュートラル燃料への対応を含め、次世代の内燃機関の開発を進めていること、「牛のフンでクルマが走る!」ことバイオガス事業の実装が進んでいること、将来の社会インフラを支える、新モビリティーの開発を進めていること……などなど、スズキの取り組みが広範にわたり紹介された(参照)。
そのなかには、自動車の排出ガスからCO2を回収し、農作物に提供するカーボンネガティブ技術や、社内有志によるカーボンニュートラル燃料での鈴鹿8時間耐久レースへの参戦など、ユニークで興味深いものも多々あったが、個々の話は写真・画像のキャプションで紹介したい。さすがに全部を本稿で触れていたら、『小辞林』みたいな分量になってしまうので(笑)。
さて、かように今回も盛りだくさんだったスズキの技術説明会だが、記者が特に興味深く感じたのは、彼らが現在の自動車やモビリティーに関して、どのような問題意識を持ち、次世代のベーシックカーはどうあるべきと考えているかについてだった。
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「-100kg」はただの開発目標ではない
例えば500kg台の車重を目指すという次期型アルト、およびその基盤となる車両軽量化技術の開発に際してだが、プロジェクトチームはターゲットとしている3代目アルトを実際に購入し、先達(せんだつ)のつくったクルマを徹底的に解剖・研究。旧軽自動車規格の小さな車体ながら、実際に乗ると狭さを感じないことに驚き、車両寸法をゼロから見直して空間の最適化に取り組むと説明した。
また、今日では相当な量の部材が盛られるNVH(騒音・振動・ハーシュネス)対策についても、当時のクルマではそうしたものがほとんどなかったことを再発見。現代の解析技術を用い、技術者のセンスを磨いていけば、よりシンプルに快適な車内空間を実現できるのではないかと述べた。加藤技術統括いわく、そうしてNVHの部材も減らせれば、さらに10~20kgの軽量化ができるとのこと。鈴木社長も「目標値を120kgにするか、あらためて社内で検討する」と述べ、壇上の技術陣を困り笑いさせていた。
こうした話から察するに、昨年、鈴木社長によって発せられた「100kgの軽量化」というのは、単なる軽量化の技術目標というより、エンジニアや商品企画にマインドセットの変革をうながすキーワードだったのではないかと思う。軽自動車は規格いっぱいのボディーサイズが是。大きいことはいいことだ、盛れるものはとにかく盛っとけという今日のクルマづくりを、見直してみないか? ということだ。
いっぽうで気になるのが、消費者のほうのマインドセットで、多機能で見えを張れる、幕の内弁当みたいなクルマが好きなユーザーが、RightでLightな未来のスズキについてこられるのか……という疑問については、前回もコラムで記したとおりだ。
せっかくの機会なので、この点について質問したところ、鈴木社長は、電動化などの潮流によってクルマのコストが上昇し、そもそも重厚長大でないと商品を成立させにくくなっていることに言及。重くて大きなクルマが本当にいいのか? と問題提起するとともに、近距離移動型の軽EVを例に挙げ、適材適所なクルマの在り方を考えるべきとの考えを示した。
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安価で身近なクルマをつくりつづけるために
実際、近年は厳しさを増す環境規制や、予防安全・運転支援機能の法制化などもあって、クルマの開発・製造コストがどんどん上昇。安価な小型車を事業的に存続させるのが難しくなりつつある。
わが国でのクルマの価格上昇については読者諸氏もご存じだろうが、それは日本に限った話ではない。欧州でも、本年6月にステランティスのジョン・エルカン会長が「欧州も『eカー』として、日本の軽自動車のようなミニカーを導入すべき」と発言。氏によると、欧州において1万5000ユーロ(約260万円)未満のベーシックカーは、この5年で49車種から1車種(!)に減少。販売台数も100万台から10万台にも満たない数に縮小しているという。(『ロイター』2025年6月13日より)
そうした流れのなかにあって、より環境が厳しくなるだろう2030年以降にも、人々の生活に寄りそうクルマを提供し続けるには、どうすればいいか? どういったクルマであればそれが可能なのか? 前回・今回の説明会で解説された“ちょうどいい”を是とする技術の数々は、スズキの問題意識と、彼らの想像する未来のベーシックカー像を示すものだったと思う。
いっぽうで、適価のために「ちょうどいい」を実現するということは、過剰なものを除くこととイコールであり、なにが必要でなにが不要かを見誤ると、やっぱり顧客にそっぽを向かれてしまう。なおかつそれは、クルマのジャンルやマーケットによって違ってくるから難しい。スズキは「Easy to buy」や「High value」「Easy&Safety drive」など6つの標語を掲げ、モビリティーの「本質価値極大化」を目指すとしているが、実際に各機能・装備を取捨選択し、その意図を製品に落とし込むのは、慎重にも慎重を重ねて取り組むべき作業だろう。
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マツダやトヨタがそうだったように
もちろん、そうした点もスズキはちゃんと認識している様子。先述の記者の質問に関しては、鈴木社長の回答に加え、横浜研究所の林 泰弘所長も「常に新しい情報を収集し、技術戦略に落とし込むことで、顧客に新しい価値を提供していく」とコメント。技術戦略本部長の角野 卓氏も、「顧客が感じる『本質的な価値』をつかむことが重要。現場での顧客との対話を通じて、本当に必要な価値を見極め、商品に反映させるプロセスを重視する」と述べていた。
価値創造やら新しい価値の提供やらというと、いきおいプロダクトアウト的なイメージを持ちがちだが、スズキは現場主義を徹底し、顧客の要望をすくい上げてそれを模索する考えのようだ。加藤技術統括も、「お客さまのアンケートを取っても、大抵当たらないんですよ(笑)。現場でお客さまに接して、使われ方を見て、お客さまと一緒にクルマに乗せてもらう。そういう活動をこれからも続けていく」としていた。今回の説明会に合わせ、スズキでは新たな行動理念の「3現・2原」(既存の現場・現物・現実の“3現主義”に、原理・原則の“2原”を取り入れたもの)を発表しているが、これもその一環なのだろう。
今回説明された各技術の展開だが、軽量化技術のSライトを取り入れた商品の投入は、2030年ごろを想定。いっぽうSDVライトや「バッテリーリーンなBEV(電気自動車)/HEV(ハイブリッド車)」については、間もなく登場する新型BEV「eビターラ」がその端緒となるという。マツダの「SKYACTIV」やトヨタの「TNGA」がそうだったように、スズキの次世代技術(こっちも、そのうちカッコいい総称がつくことでしょう)も、時間をかけて、少しずつモデルラインナップに浸透していくのだろう。そして5年後か10年後かに、私たちは「スズキの変革って、あれがはじまりだったよね」と、この2回の技術戦略説明会を振り返るのかもしれない。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=スズキ/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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