「日産GT-R」が生産終了 18年のモデルライフを支えた“人の力”
2025.09.10 デイリーコラム1500台の2025MYが即完売
2025年8月26日、R35型「日産GT-R」の最終生産車がラインオフしました。このトピック、ゴールデンタイムのニュースなどでも取り上げられていましたからご覧になった方も多いのではないかと思います。ちなみに最後にラインを離れたのは右ハンドルの「プレミアムエディションT-spec」、塗色は「ミッドナイトパープル」で内装はT-spec専用の「モスグリーン」でした。米国の最終限定車「タクミエディション」と同じ仕様のこの個体、日本の顧客に納車されるそうです。
ちなみに生産終了の理由は、衝突被害軽減ブレーキなどの先進運転支援システム(ADAS)まわりやサイバーセキュリティーなどの求められる現代的要件に、古い電子プラットフォームが適応できないこと。日産は再建途上ゆえ、理由はお財布事情と勘ぐられることが多いですが、GT-R単体でみれば商売的に赤字ということはありません。
あくまでうわさですが、2024MYでは日本仕様の排気音量低減のために2桁億単位の開発投資をかけたと耳にします。これに外装意匠の変更等を加えた額を、万の単位には満たないだろう販売台数で相殺するとあらば、400万円近い値上げはつじつまが合うことになります。逆にいえば、ADASのセンサー類設置を伴う電子プラットフォームの刷新は投資的につじつまが合わないということでもあるわけです。
ゆえに日産としての勝負どころは通常の年間販売が3桁の真ん中前後というなかで、24MYの需要を千の単位にもっていけるか否かということでしたが、毎回瞬殺の「NISMO」に加えて乗り心地にも留意した「T-spec」の効果もあり、北米販売もラストイヤーとなった24MYは注文が受け付けられないほどの人気となりました。で、勢いそのまま最終年次の2025MYは国内1500台の枠を確保しましたがこれまた瞬殺……と、GT-Rの底力をあらためて証明することになったわけです。
高すぎる(?)開発目標
2007年の春、取材と称してニュルブルクリンクの傍らにあるモダンなレンタルガレージに足を運ぶと、3台の試作車がリフトの上で整備を受けていました。前後部には後にティーザーのビジュアルとしても用いられた黒いカバーリングが施されています。のどかな田園が望める広いリビングスペースにはところ狭しとラップトップが並び、傍らにはカップラーメンの入った段ボールやブランケットが無造作に置かれていました。
少数精鋭による開発現場はさながら野戦病院のようでもあります。今回のラインオフ式で開発初期からGT-Rに携わってきた車両計画・車両要素技術開発本部の松本光貴さんはその思い出を振り返りつつ「3~5週間くらい、このガレージへ出張するたびに体重が6kg落ちていた」と語っていました。それほど過酷な環境でGT-Rは生まれたわけです。やれコンプラだ働き方改革だとかまびすしい今日このごろでは考えられない話ですが、このバンカラぶりが18年にもおよぶモデルライフの足腰となったことは間違いありません。
「重さを速さに変える」
「300km/h領域でも助手席と会話が楽しめる」
「ノルドシュライフェ市販車世界最速」
時の開発責任者である水野和敏さんがホワイトボードに書き出しながら語るR35型GT-Rのキーワードは刺激的にすぎて、眉唾だろうといぶかしがってしまうほどです。でも、許されたアウトバーンの試乗では地面にめり込まんばかりのグラウンドエフェクトとともにあっさり290km/hを突破。そしてノルドシュライフェでは開発ドライバーである鈴木利男さんの隣で桁外れの旋回性能を体感し、確かにこれはとんでもないタマだと思いを改めた次第でした。
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欧州製スーパーカーとは異なる価値観
日本ではおなじみの「スカイライン」銘柄から独立し、その名を知らぬ世界に打って出るためにGT-Rが選んだ策は他の何とも異なるスタイリングとメカニズムの確立。そして性能の徹底した数値化・可視化です。例えばノルドシュライフェのラップタイムというのは、その最たるもの。ワールドプレミア時に7分38秒台のオンボード映像を披露して世界を驚かせたのもつかの間、翌年には7分29秒台を記録したとするアナウンスにポルシェが異論を唱えたのは有名な話です。以降、ニュルを舞台とした性能の可視化は、ホンダとルノーとフォルクスワーゲンのFF最速バトルに代表されるように、名を上げるには絶好の機会としてマーケティング側からも一層過熱していったわけです。
ポルシェにも口を挟まれるほどのパフォーマンスをフロントエンジンの2+2シーターで実現する。GT-Rはパッケージ的にGTの要素も切り捨てることはありませんでした。それでも世界最速級の速さがかなえられたのは、プロペラシャフトが前後に交錯するトランスアクスルの4WDという特異なメカニズムを成立させたからです。これは2001年の東京モーターショーで披露された「GT-Rコンセプト」から提唱されていたもので、その発想は2014MY以降、GT-Rのチーフプロダクトスペシャリスト(CPS)を務め、現在は日産のブランドアンバサダーを務める田村宏志さんが描いたものでした。
そして、その独創的なメカニズムを包み込みながら0.27のCd値とマイナスリフトの空力性能とを両立するデザインを担当したのが現在は日産を定年退職された長谷川浩さんです。GT-R愛が深すぎるこのお二人が、R35型に欧州のスーパーカー群とはまったく異なる価値観と存在感をもたらすことになったと。個人的にはそう思っています。
“人の手”が実現した混流生産
それと同時に、GT-Rの距離感をわれわれクルマ好きの側に寄せ続けてくれたのが、今回のフィナーレの場所となった栃木工場です。発売当初は「フーガ」なども含むFR系モデル全般をアッセンブルしていたラインに混流でGT-Rを流し込める体制を組んだことで、当初は777万円からというぶっ飛んだ値札を実現するに至りました。性能以上に欧州スーパーカー軍団の逆鱗(げきりん)に触れたのがこの点で、速さと物語の両面でブランドをストーリー化してきた方々の長年の積み重ねを民生化してしまったKY感は、少なからぬあつれきを生んでしまっただろうと思います。
個人的には24MYがラインに載る2年余り前に、栃木工場のラインを取材する機会がありました。そこで驚かされたのがGT-R専用となる組み付けのほとんどの工程が熟練工による手作業に委ねられていた点です。携わるその人数も限られたもので、例えば横浜工場で組み上げられるVR38DETTに携わったのが歴代で9人、現在は4人という情報は目にしたことがある方もいらっしゃるでしょう。
栃木工場ではアッセンブリーラインに割り込ませるリアアクスルまわりは、わずか2人の工員がアライメントまで入念に調整しながら組み上げる。そのリアアクスルとデュアルクラッチトランスミッションを合体させたトランスアクスルユニットは3~4人がかりで斜めに押し込みながら車体に組み付けられるという難儀な工程を見ることができました。これはほんの一例ですが、ともあれGT-Rの製造のあらかたは熟練工たちのマンパワーによって支えられてきた、それがゆえに混流生産が実現し、価格低減につながったことに疑いはありません。
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次世代があるとするならば
今回のラインオフ式では、設計時に想定していた製造公差が生産現場の自主的な努力によって詰められたというエピソードが語られました。それによって得られた剛性向上値は約8%というから、コンマ秒を削り取るGT-Rのようなクルマにしてはまったく無視できない数字です。GT-Rは部材だ接着剤だと対処的な術はあれど、抜本的な剛性強化を施すことなく18年におよぶモデルライフを完遂しましたが、これもまた誇るべきエピソードではないかと思います。
日産らしいやり方で、世界最速を世に送り出す。開発から製造までが一丸となって臨んだR35型GT-Rがローダーに積まれて栃木工場の門を出る、その姿をもう見届けることはありません。でも、今回のラインオフ式ではビデオメッセージで参加したエスピノーサ社長から、GT-R第4章の開発に極めて前向きな発言がありました。田村さんも具体的なソリューションには触れずとも検討そのものは明言。そして松本さんも次世代のメンバーたちが新しいGT-Rの姿を見せてくれるだろうと後進にメッセージを送っています。
R35型GT-Rが去ったラインではこの後、「フェアレディZ」に加えてフルモデルチェンジが明言されているスカイラインの生産を担うことになるわけですが、一方で栃木工場では「アリア」と並行して新型「リーフ」の生産も始まりつつあります。仮に次世代のGT-Rがあるとすれば、電気自動車であれハイブリッド車であれ、何らかのxEV化が前提になるのは間違いないところでしょう。とあらば、伝統と革新が交差する栃木工場が再びその任を担うのが適切なのだろうと、個人的にはそう思っています。
(文=渡辺敏史/写真=webCG/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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