電動式と機械式のパーキングブレーキ、それぞれメリットは?

2026.03.03 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

新しいクルマのパーキングブレーキはたいてい電動式になっていますよね。普及が進んだのは、時代のニーズというかメリットがあってのことと思いますが、具体的にはどんな長所がありますか? 機械的に“引く”従来型ブレーキのほうがいいという人もいるので気になります。

電動パーキングブレーキ(PKB)がメジャーになった背景としては、電気信号を使ったいわゆる「バイワイヤ」と呼ばれる技術が普及してきたことが挙げられます。それまでリンクやケーブルで物理的につながっていたエンジンのスロットルやブレーキ、ステアリングなどが、電動化により、直接はつながっていない状態になるテクノロジーですね。

流れとしては、まずエンジンのスロットルから始まり、今ではほとんどのクルマのエンジンがバイワイヤ化されています。次がブレーキです。今どきのクルマはブレーキのペダル側と車輪側とが物理的にはつながっておらず、電気的に制御されています。

ご質問のPKBについては、いわゆるクルマ好きの方は「手動のブレーキレバーは誰でもしっかり引けるもの」と思われるかもしれませんが、広く一般の方を調査してみると、十分引けていない人が意外と多いのです。

それで、坂道などで車体が不用意に動いてしまって事故が起こるという事態は絶対に避けたい。ブレーキを電動化し、スイッチ操作でしっかりと必要なぶんだけブレーキをかけて、停車中に動くようなことがないようにしようというのが電動PKBのねらいです。坂道発進の際の後退を防ぐ自動ブレーキ制御なども簡単にできるようになりました。運転に不慣れな人でも安全に走れるアイデアが次々と生まれ、それがクルマには普通に搭載されるようになり、電動PKBが主流になった。このおかげで大多数の方は安全に走行できています。

すると「つまらない」「味気ない」と言う人が必ず出てきます。私が開発を取りまとめた初代「トヨタ86」では、リアブレーキにわざわざ機械式のサイドブレーキを付けて、いわゆる「スピンターン」のニーズに応えようとしました。「サイドターンができないスポーツカーなんてあり得ないだろう」という考えからの、あえての措置でしたが、そのおかげでマニアの方からのクレームもなく、楽しんでいただけたようです。

それから十数年たった今の時代でも、手動のPKBには一定のニーズがあります。「GRヤリス」やその後の「GR」シリーズも、そうしたものを残す工夫をしています。ただ、これは極めて特殊な世界で、ラリーやジムカーナをやらない人には、サイドターンができても、何ひとつうれしいことはないのです。モータースポーツ全般ではなく、なかでもラリーとジムカーナのためだけの機能といえます。

だから、どこまでそういった声に応え続けるかは問題です。あるいはオプションと割り切って、あらかじめ後付けしやすい構造にしておくといった工夫が必要かもしれません。

実は86の前、私がABSなどの電気制御ブレーキのシステムを開発していた時、当時の「MR2」を使って「誰でもスピンターンが完璧に決まるシステム」を開発したことがあります。

PKBターンで難しいのは、フロントにしっかり荷重をかけないと、ターンポイントの目印であるパイロンにつけない(パイロンに限界まで寄れない)という点です。ブレーキを強く踏んでフロントに荷重を移しながら、ピタッと寄った瞬間にPKBを引いてリアだけをロックさせるという操作は、かなり上級者でないと難しい。そこで、ABSの機能を使って、強めにブレーキを踏んでPKBを少し引くと、フロントタイヤはロックさせず、リアの油圧だけを勝手に上げて即座にロックさせるという“ジムカーナ対応スピンターンモード”搭載のMR2を何台か製作しました。

自分たちでも実際のジムカーナに参戦してその効果を確かめたのですが、私のようなジムカーナ下手でもPKBターンだけはめちゃくちゃうまく回れて、競技会場で「なんなんだあれは!」と言われたほど“無敵のMR2”でした。TRDからキットとして発売しようと準備を進めていたくらいです。

現実的にはレギュレーションの問題などもあって、そうこうしているうちに私の仕事内容も変わってしまい発売には至りませんでした。とはいえ、競技用の電子PKBやABSを含めたシステムとして考えれば、やれることはいっぱいあります。それが商売になるかどうかは、また別の話ですが。

→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。