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第963回:ベスパで家族円満! ローカルイベントをのぞいてみた

2026.05.28 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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毎週末が「ベス活」

2026年はスクーター「ベスパ」が1946年に誕生してから80周年である。製造元のピアッジオ社は、特別仕様「プリマベーラ80th」「GTS 80 th」を同年5月13日にリリースしたのに続き、6月にはローマで記念イベントを企画している。それに先駆けて、熱きローカルイベントを2日間にわたって筆者が追ってみたのが今回のお話である。

イタリア中部ポッジボンシは、フィレンツェとシエナの中間にある街だ。そこに本部を置く「ベスパ・クラブ・ヴァルデルサ」は2026年5月16日と17日、「キャンティ&ヴェルナッチャ100km」と題したミーティング兼走行会を催した。ベースを取り巻くイタリア屈指のワインの里をめぐる企画で、100kmとは2日目に設定された標準コースの距離を示したものだ。

初日の朝、集合場所の青空駐車場を訪れると、早くも周辺県からだけでなく、トレーラーやキャンピングカーにベスパを搭載してきた遠来組も次々と到着した。400km以上離れたガエタの街から来たナタリーナさんは「毎週末のように各地のベスパ系イベントに参加しているわよ」と胸を張った。さらに前後数週間の開催地を“そら”で教えてくれた。二輪を最高に楽しめるシーズン中、ベスパに全振りしているのである。

ベスパといえば筆者は2024年4月、ゆかりの地ピサ県ポンテデラで4日間にわたって開催されたベスパ・ワールドデイズを取材した。世界クラブ主催のもと、4日間で2万台と推定3万人以上のファンが参集した。いっぽう、今回の参加台数―運営上、台数と人数を制限したところ、すぐに満員となったという―は約550台、参加者は約700人である。しかし、ビジュアル的にも感覚的にも十分高揚感が味わえる規模であった。そしてなによりも、上述の人数・規模ゆえ、2日間を通して何度も同じ参加者と会えるので、交流が自然と深まるのが楽しい。中規模イベントゆえの楽しさが、ナタリーナさんのような「推し活」ならぬ「ベス(パ)活」ファンを生むのだろう。

今回は2026年5月にイタリア中部シエナ県で開催されたベスパ・クラブのローカルイベントをお伝えする。写真はサン・ジミニャーノ郊外にて。
今回は2026年5月にイタリア中部シエナ県で開催されたベスパ・クラブのローカルイベントをお伝えする。写真はサン・ジミニャーノ郊外にて。拡大
ベスパの80周年記念仕様車「GTS 80 th」。(photo : Piaggio)
ベスパの80周年記念仕様車「GTS 80 th」。(photo : Piaggio)拡大
ポッジボンシの「ベスパ・クラブ・ヴァルデルサ」本部で。マッテオ会長(後列左から3番目)と役員一同。
ポッジボンシの「ベスパ・クラブ・ヴァルデルサ」本部で。マッテオ会長(後列左から3番目)と役員一同。拡大
初日の朝8時、遠来組のキャンピングカーがたたずむ一角。お菓子箱のごとく、中から次々とベスパが現れた。
初日の朝8時、遠来組のキャンピングカーがたたずむ一角。お菓子箱のごとく、中から次々とベスパが現れた。拡大
朝9時過ぎ。この日はキャンティ地方をめぐる50kmのツーリングが企画された。
朝9時過ぎ。この日はキャンティ地方をめぐる50kmのツーリングが企画された。拡大
イタリアを代表するクリスタルガラスの産地、コッレ・ディ・ヴァルデルサの工場直売所にて。店長(写真中央でピースしている人物)と、イベント参加者の到着を先回りして待つ筆者(向かって左端)。
イタリアを代表するクリスタルガラスの産地、コッレ・ディ・ヴァルデルサの工場直売所にて。店長(写真中央でピースしている人物)と、イベント参加者の到着を先回りして待つ筆者(向かって左端)。拡大
県道を走り、クリスタルガラスの里に向かう参加者とオフィシャル。
県道を走り、クリスタルガラスの里に向かう参加者とオフィシャル。拡大
工場直売所で。歯医者さんのような音が聞こえるのでなにかと思ったら、ワイングラスのお名入れサービスだった。
工場直売所で。歯医者さんのような音が聞こえるのでなにかと思ったら、ワイングラスのお名入れサービスだった。拡大
ガエタから4時間半かけて参加した、(写真右から)普段は会計士のピエールルイージさん、妻のナタリーナさん、そして息子のクリスティアンさん。
ガエタから4時間半かけて参加した、(写真右から)普段は会計士のピエールルイージさん、妻のナタリーナさん、そして息子のクリスティアンさん。拡大
中世貴族が競って建てた塔が残るサン・ジミニャーノで。
中世貴族が競って建てた塔が残るサン・ジミニャーノで。拡大
即席記念写真ブース。
即席記念写真ブース。拡大
ベスパの各クラブのメンバーは、地元のイベントではホスト/ホステス役に徹する。オフィシャル用の蛍光ベストは、こんな感じ。
ベスパの各クラブのメンバーは、地元のイベントではホスト/ホステス役に徹する。オフィシャル用の蛍光ベストは、こんな感じ。拡大
故障車両の救援車。仲間の電気工事店が所有する「プジョー・ボクサー」を活用していた。
故障車両の救援車。仲間の電気工事店が所有する「プジョー・ボクサー」を活用していた。拡大
ガラス工場に夫婦で先回りし、参加者を迎える準備をしていたサンドラさん(写真左)とジャンフランコさん(同右)。
ガラス工場に夫婦で先回りし、参加者を迎える準備をしていたサンドラさん(写真左)とジャンフランコさん(同右)。拡大
キリスト教系慈善団体ミゼリコルディア会による「フォルクスワーゲン・クラフター」の救急車(写真右)も、万一に備えて同伴した。
キリスト教系慈善団体ミゼリコルディア会による「フォルクスワーゲン・クラフター」の救急車(写真右)も、万一に備えて同伴した。拡大
クラブ役員のヴァルテルさんは、地元の元都市警察官。現役時代に実際に使用していた1971年「モト・グッツィ・ファルコーネ500」をスクラップヤードから回収し、今回は先導車として活用した。
クラブ役員のヴァルテルさんは、地元の元都市警察官。現役時代に実際に使用していた1971年「モト・グッツィ・ファルコーネ500」をスクラップヤードから回収し、今回は先導車として活用した。拡大
筆者にとっては、2ストロークの白煙に燻(いぶ)された週末であった。
筆者にとっては、2ストロークの白煙に燻(いぶ)された週末であった。拡大
サン・ジミニャーノ郊外、オリーブ畑の間を行く。
サン・ジミニャーノ郊外、オリーブ畑の間を行く。拡大

「女子部」も発見

四輪車のファンイベントでは、黙々と参加している口数少なげな参加者を散見する。いっぽう今回参加したベスピスタ(ベスパ乗り)たちは明るく、話が始まると止まらない人々が大半なのが印象的だった。

さらにおもしろかったのは、親子で参加している家族が少なくなかったことだ。エリアさん(27歳)の青い1982年「プリマベーラ」は、父のジャンルイージさんが本人いわく「もっと髪がふさふさしていた」ミラノ在住時代に乗りまわしていた愛車を、譲り受けたものだという。「ナンバーを見てごらん」というので見ると、ミラノを示すMIの文字が刻印されたものだった。べスパは大切な家族アルバム的役割を果たしているのである。両親に反抗してばかりだった筆者としては、「もしわが家にベスパがあったなら、もっと家族円満だったのでは」とさえ思ってしまったのであった。

「女子部」も発見した。1949年、つまりベスパ誕生3年目に設立された北部トレントを本拠とするクラブのいちユニットだという。メンバーの一人に、なぜベスパが好きなのかを尋ねると、「いつも夏っぽいからよ」という、ユニークな答えが返ってきた。

2日目の朝、スタッフが県内の港町ピオンビーノのクラブメンバーたちを迎える。
2日目の朝、スタッフが県内の港町ピオンビーノのクラブメンバーたちを迎える。拡大
写真左から、「ベスパPX125」で参加したサムエレさんとガールフレンドのミケーラさん、そしてサムエレさんの父親である「ベスパ・クラブ・ヴァルデルサ」のマッテオ会長。
写真左から、「ベスパPX125」で参加したサムエレさんとガールフレンドのミケーラさん、そしてサムエレさんの父親である「ベスパ・クラブ・ヴァルデルサ」のマッテオ会長。拡大
デコトラ(デコレーショントラック)ならぬ、モッズスタイルのデコベス(?)で現れた紳士。
デコトラ(デコレーショントラック)ならぬ、モッズスタイルのデコベス(?)で現れた紳士。拡大
フィレンツェ郊外フィエーゾレからの参加者が遅めの到着。後方の「フィアット126」や2代目「フィアット500」もあって、一瞬、風景がタイムスリップした。
フィレンツェ郊外フィエーゾレからの参加者が遅めの到着。後方の「フィアット126」や2代目「フィアット500」もあって、一瞬、風景がタイムスリップした。拡大
ベルガモからやってきたアンドレアさん(写真右)と仲間たち。皆、自分たちよりも年上のベスパと一緒だ。
ベルガモからやってきたアンドレアさん(写真右)と仲間たち。皆、自分たちよりも年上のベスパと一緒だ。拡大
著者が選んだ、ベスト・ドレスアップ賞はこれ。
著者が選んだ、ベスト・ドレスアップ賞はこれ。拡大
「ベスパ女子部」の皆さん。
「ベスパ女子部」の皆さん。拡大

共通の話題があるうらやましさ

ところで、高齢のイタリア人の間では、誰かが“フィアット・ヌオーヴァ500”(2代目「フィアット500」)の思い出を始めると、「そう、俺のはさ」と周囲の人間が次々と輪に加わる光景をたびたび目にしてきた。往年のフィアット社による圧倒的な国内市場占有率によるものだが、日本では類例のない光景である。

ベスパもしかり、いやそれ以上だ。なぜならヌオーヴァ500よりも先に誕生し、早くから若者が比較的容易に購入できたため、広く普及したからである。背景には法律もあった。イタリアでは1993年まで、50ccのいわゆる原動機付自転車に該当する二輪車には、ナンバープレートが存在しなかった。また、14歳以上の未成年に原付免許が義務化されたのは2003年のことだった。ピアッジオの宣伝コピーを借りれば「青春のシンボル」として格好のモビリティーだったのである。そして今日、彼らの息子や孫たちがビンテージ系アイテムとして楽しんでいる。

ベスパという共通の話題があって、こうして集えるイベントが毎週末のように国内のどこかで開かれている。イタリアの人々がうらやましく思えてきたのだった。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA, ピアッジオ/編集=堀田剛資)

ベースの一角で開催された「いかにゆっくり走れるか」大会。
ベースの一角で開催された「いかにゆっくり走れるか」大会。拡大
写真左奥から、県内からやってきたジャンルイージさん、妻のルアナさん、そして父親がミラノ在住時代に愛用していた「ブリマベーラ」で参加した、息子のエリアさん。
写真左奥から、県内からやってきたジャンルイージさん、妻のルアナさん、そして父親がミラノ在住時代に愛用していた「ブリマベーラ」で参加した、息子のエリアさん。拡大
この週末、550匹のハチ(vespa)がワインの里を飛び回った。
この週末、550匹のハチ(vespa)がワインの里を飛び回った。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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