ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感
2026.06.03 デイリーコラムまるでグループBの再来
「GRヤリス」を土台にミドシップ四駆を開発中……というニュースを耳にしたのは2025年の東京オートサロンでの話。その際に展示された「GRヤリスMコンセプト」にはこれまた開発中のG20系2リッター4気筒ユニットが、確かに荷室のところに鎮座召されてました。
これ売るの? とか、もう走ってるらしいとか、いろんなうわさが飛び交う現場で思い出したのは1980年代前半のWRC人気を支えたグループBのクルマたちでした。
四駆をスポーツドライビングの最前線に登用したフェルディナント・ピエヒの持論を、WRCでの圧倒的戦闘力で証明した「アウディS1クワトロ」に待ったをかけるべく、当時のグループBカテゴリーの開発競争は激化。それに伴いフォードやランチア、プジョーなどの名門はミドシップの四駆という究極のレイアウトでアウディに対抗します。
当時のグループBは200台のホモロゲ車を販売すれば公認ベース車両となるザル規格だったこともあり、見た目はライトもウインカーも付いていて市販車と大差ないのに、ガワはハリボテ、その実シャシーはバキバキの競技仕様というクルマをメーカーが市販車要件などそっちのけでレーシングコンストラクターなどに依頼して製作していたという背景があります。
そこまでして勝ちにこだわったグループBマシンはいくら四駆とはいえ、最終的には後軸側に搭載する600PS級の1.8リッターエンジンで1t切りの車体を蹴り飛ばすという、針の穴に糸を通すような際どいクルマになりました。結果、ドライバーだけでなく観客を巻き込む大事故も発生。FIAは1986年にグループBの中止を決め、翌年からは市販車ベースを厳格化するグループAへと移行したことで、日本のメーカーにも活躍の場が広がったわけです。
オートサロンの会場に置かれたMコンセプトの荷室……もといエンジンルームは開発車ゆえ当然ながら化学プラントでも見ているようにむき身のパイピングが張り巡らされ、鎮座するタービンも「TO4E」かよと思うほど大径で、その不穏な眺めの向こうにオッさんはいや応なくグループBの歴史を重ねてしまいました。つくる側も乗る側も見る側もと、三方狂乱だったあの時代の封印を、よもや21世紀にトヨタが解こうというのだろうか。期待と心配が渦巻きます。
そんなMコンセプト、その後はスーパー耐久参戦に加えてラリーイベントのエキシビションなどでデモランを披露。われわれの目に触れる機会が都度設けられてきたわけです。そんななか、トヨタからお誘いを受けたのは開発車両への同乗試乗でした。場所はGRとレクサスが開発拠点を構えるテクニカルセンター下山のテストコースと、きな臭い匂いがプンプンです。
「神に祈る時間」とは?
というわけで筋肉痛必至の当日を迎えていざ下山へ。開発車両が行き交うガチの稼働日ということで、構内に入ると乗ってきたバスの窓がカーテンでふさがれ、送検される容疑者のような気持ちを味わいながら現場へと連行されました。
現場で筆者を迎えてくれたのはGRヤリスの開発を統括する齋藤尚彦チーフエンジニア、そしてGRヤリスの開発を担当するレーシングドライバーの大嶋和也選手、佐々木雅弘選手です。まずは「GRヤリスGRMN」の助手席に乗って基準車(といっても、エンジン搭載位置が真逆ですが)の運動性能を体になじませます。
ところが、これがそんな悠長なものではありませんでした。コースインとともにGRヤリスはコースの白線枠のみならず、縁の縁を使い切る勢いでコーナーに飛び込んでいきます。大嶋選手たちも開発時は白線枠内で限りなく同じアウトプットを出し続けるような実験走りを求められることが多いそうですが、この日は縛りが一切なしということで、クルマの動きは揚々としていました。もちろんこれは開発をともにするレーシングドライバーだから許されることで、中の人だと用意する始末書だけで『週刊文春』くらいの束になってしまいそうです。
目前に迫るガードレールにドキドキしながら谷底にあるタイトターンに向けてジャンピングスポットを駆け下りる。リアルワールドの道路に近い緊張感の連続のなか、いかにドライバーの思ったとおりにクルマが動くか。下山アタックを大嶋選手の速度域で体感して思ったのは、そのうえでさらにGRヤリスの動きにはドライバーへの優しさがあることです。
自分のようなお手々では体験できないゾーンに至るまで唐突な挙動やグリップの変化がしっかり抑え込まれていること、ジャンピングスポットのようなイレギュラーな荷重変化にも取り乱しの兆候さえうかがえないこと、なんならそんな域でも乗り心地さえしなやかに感じられること……と、誤解を恐れずにいえば、GRヤリスは万人向けともいえる素地をもった四駆スポーツなのかもしれません。細かな改良が加えられてきたモデル年次ごとに、じわじわとクルマの度量が上がっていたのは実感していましたが、初期の特別仕様であるGRMNであってもそういう性格が備わっていたのは意外な発見でした。
が、大嶋選手のドライブをもってしても時折顔を出すのがいわゆるアンダーステアです。外に張り出していくしかない平成の四駆に比べればはるかに軽微とはいえ、中速コーナーなどではあえて車体を振らずに曲がりを待っている(というか、そのように体感させてくれた)のかなと思う場面もありました。これを豊田章男会長は「神に祈る時間」と表現するそうで、よりしっかりと曲げていく、思いどおりに動かすためにパッケージからガラリと見直したクルマをつくってみようというのがMコンセプト誕生の経緯になります。前述のオートサロンで突如現れたように見えながらも、その企画の端緒は2021年にまでさかのぼるそうです。
2リッターで400PS級を目指す新エンジン
ドライブトレインはGRヤリスの4WDシステム「GR-FOUR」を前後逆のレイアウトで搭載することになりますが、駆動軸をいったんリアに回し、そこからカウンターギアを経由して前軸側の電子制御カップリングへと送るという変則的な道筋を描いています。これはもちろん横置きエンジン&トランスミッションの全幅やマウント高に配慮しながら最適にパッケージするための策。開発車両ゆえのトライにもみえますが、現時点では大きな欠点もなく、齋藤さんはこのレイアウトに手応えを感じているようでした。
搭載エンジンは次世代のトヨタのスポーツユニットと目されるG20系4気筒で、こちらは2024年のワークショップでその存在が明らかになりました。ショートストローク化とも相まって体積や重量の低減を図りつつ、400PS級の出力も想定しているといわれる完全新骨格の純内燃機です。もちろんバリバリの開発途上ゆえ、定まったディテールはありませんが、このMコンセプトでもその程度の出力はすでに出ているようだと、齋藤さんとの会話のなかから察することができました。
となると、なおさら大変になるのが熱問題です。グループB時代の「205」や「S4」は側面にクーリングチャンネルを設けて、全幅いっぱいに大きなインテークを構えていました。対すればMコンセプトは穴だらけではあるものの、本格的な側面冷却のレイアウトには至っていません。現時点では前部にラジエーターとインタークーラーをVマウントすることで連続走行に耐えうる冷却性能は得られているということですが、それはサーキットでの話。車体が横を向いている時間が長いダートや車輪からの掃き出しで開口部が詰まる雪道など、さまざまな状況に耐えうるレイアウトのハードルはかなり高く、試行錯誤中とのことです。ちなみに今回、同乗用に用意されたのは5台目の試作車で、現在スーパー耐久を走っているのが6台目……ということは、性能的にもかなり最前線に近いものと察せられます。
ガチガチにケージが回された車内になんとか潜り込んで体をシートに縛り付けると、背中方面から熱風が容赦なくキャビンに吹き込んでくるのが分かります。運転環境は完全にレーシングカー。お仕事とはいえ、これで何十周も走るドライバーの疲労はおもんぱかるほかありません。
リアサスはストラット
佐々木雅弘選手のドライブでコースイン……しかしそんな環境でこそ、なおさら心に留まったのがクルマの動きの穏やかさでした。ホイールベース/トレッド比的にはカミソリ感覚でスパスパ曲がりそうなキャラを想像しますが、それをさらに強調すべくアシを固めて旋回Gを高めて……という方向性とはむしろ逆で、伸び伸びとした上屋の動きでドライバーへのインフォメーションの濃さを高めていると、そういう味つけがなされているようにうかがえます。エンジンの搭載位置は真逆ですが、ラリー出自のGRヤリスとはその素養がしっかりつながっているのでしょう。
ちなみに現時点ではホイールベースがGRヤリスと同じなのに対してトレッドは50mm程度拡幅……といいますから、全幅的には1850mm前後に設定されているとみられます。市販車になぞらえれば「911カレラ」と同等と、4気筒を横置きにするミドシップとしてはややコンパクトかもしれません。これについては車格や重量、コストや整備性などにも配慮し、リアサスをストラットで構成していることも効いているようです。
それにしても速い、のみならず安定している。想定されるパワーが400PSとすれば、縦方向のグリップ力はしっかり担保できているような印象です。そしてここで気づくのがG20系ユニットの吹けの軽さや回転の質感の滑らかさでした。トヨタの4発といえばZZやZR系など、実用ベースのもっさりエンジンを時折ヤマハが料理して……と長らくそんな印象でしたが、久々に真の4発が現れるのではないかと、そんな期待を抱かせるものです。
クルマの旋回性自体にストレスは感じません。重いアンダーに悩まされることもなくクイッとインに入っていくサマはさすがミドシップだなと感心させられます。でも、運転する佐々木選手を横目で見ると、細かく修正舵を当て続ける場面が幾度かあったのも事実です。すみません、横のバラストが激重で……と最初は思っていたのですが、クルマの挙動と照らしてみると、もしかしてストレスなく曲げるために操舵を先入れしているのかなという動きも見られました。
尋ねてみれば、やはりベストな旋回力を引き出すためにドライバーが工夫しなければならないところはまだまだあるそうで、それを未来の商品像に照らし合わせながら、どこまでをよしとするかの試行錯誤が続いているとのことです。このままいけば、ひたすらクルマが曲げてくれるという味つけもできなくはない。現時点でもそのくらいのスタビリティーは感じさせるものの、ドライバーとの意思伝達や技術介入によってもっと速く楽しく曲げていける味つけを模索している。そんなところでしょうか。
開発トップが描く市販車像
と、そこでうれしいサプライズが。ダートコースで試作車を実際に走らせるという僥倖(ぎょうこう)に恵まれました。まずはコースの慣熟を兼ねてGRヤリスで現行車の動きを身につけます。
そしていよいよ試作車に。聞けばそれはMコンセプトの開発が決定されて初めてつくられた1号車だそうで、2023年に走り始めたクルマだといいます。搭載エンジンはGRヤリスと同じG16E-GTSですが、それゆえ動きの違いはさらに分かりやすく伝わってくることでしょう。
前後の駆動力配分は先に乗ったGRヤリスと同じ50:50に設定されており、ダートの定常円旋回で多少速度を上げてみたところで旋回能力に大差はみられません。舵角どおりに至って安定して曲がっていきますが、そこからさらにペースを上げてスリップ領域になると、その違いはやはり歴然でした。GRヤリスがズズッとアウトに膨らんでいくような状況を、Mコンセプトはさらにさらにインへとノーズを向けていく。そしてアクセルをスッと抜けば、さらにインに巻き込むような挙動を見せてくれます。
そういう際にGRヤリスはアクセルを踏んで駆動力で向きを変えていくわけですが、ここでの“待ち”はなるほど、確かに神に祈る時間です。Mコンセプトはそもそもの素性が曲がりたがりであるうえに、祈り続けるだけでなく、アクセルやブレーキを駆使してさらに積極的に旋回へと傾けられる、そんな引き出しがいくつもあります。
でも、調子に乗って踏み続けていくとスルッとオーバーステアが表れる、そんな挙動も幾度か体験しました。際(きわ)をどう使い切り、際の向こうにいかに素早く対処するか、そこに運転の楽しみを見いだすのはもちろんアリですが、場所はおのずとクローズドコースになる。そのくらいの速さをMコンセプトはすでに有しています。ともあれ、想像していた地獄の犬のようなイメージとはまるで異なる、人肌感のある動きのクルマであることはよく理解できました。
Mコンセプトがここからいかに市販車へと結びついていくのか。齋藤さんは「それ以前にクルマとしてまだまだ課題だらけですよ」と苦笑いします。でも頭の中にはその図が描けているのではないでしょうか。それが「セ」のつくクルマであるか否かは分かりませんが、可能な限り小さく軽く適価であることは意識していますともおっしゃっていましたから、われわれにとって余りに縁遠いミドシップ四駆のあれこれとは異なるものにはなってくれるのだと思います。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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