第5回:走ること、歩くこと(その2)〜トンネルなんか怖くない
2010.08.09 ニッポン自動車生態系第5回:走ること、歩くこと(その2)〜トンネルなんか怖くない
多くの遍路が怖がり、嫌うトンネル。たいていの歩き遍路はトンネルを通るたび、道路はクルマ優先だと怒る。だが、四国のトンネルの安全対策は、想像以上に進んでいた。
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歩き遍路はトンネルが恐い
つらい、キツイと思いながら歩いていると、つくづくこの世は歩きにくいと心底で感じる。その一例が国道、県道などのトンネルである。
トンネル内の歩行は、歩き遍路では避けがたく、途中何十という隧道(ずいどう)を通過しなければならない。もちろん、昔はそんなものはなかったから峠道を上り下りするしかなかった。今でもその旧道が残っているところもあるし、昔の山道がきちんと整備されて、魅力ある遍路道になっているところもある。そういうところは、多くの場合、旧道を選んで峠を越える。
だが、たいていは、古い山道は荒れ果てて通行できなくなっているし、仮にそこを選べば数倍の時間と労力を要求され、荒天のときは危険とも向き合わなくてはならない。したがって、イヤでもトンネルを通ることになる。実際、迂回(うかい)路がまったく無いトンネルの一つ、四万十市から足摺岬に向かう新伊豆田トンネルは、全長は1.62kmあるから、通過に25分近くかかる。感覚的には相当キツイ。
歩き遍路を経験した多くの人は、トンネルの恐怖を訴え、トンネルをあしざまに非難する。その根底にあるのは、大きな道路のトンネルは基本的に自動車用に作られ、人間をないがしろにしているという主張である。
ほとんど病的なまでにトンネルを怖がっていいる人は多く、足がすくんで歩けなくなるとはよく言われるし、それゆえに歩き遍路をあきらめる人すらさえいると聞く。
たしかにあまり気持ちのいい場所ではない。でも実際にそれを体験して、私は、予想以上に安全で歩きやすくになっていることに、むしろ驚いた。
音、振動、風圧、排気が襲う
トンネル恐怖症の人が挙げるのは、すぐ傍らを追い抜いていくクルマの音と振動、風圧と排気である。そしてヘッドライトの光にすらおびえ、間近に見るトラックなどの圧倒的な車体に恐怖をあおられる。つまり普段の生活で知らなかったものに出会ったがゆえの怖さである。
音や振動は、慣れない人にとっては相当に怖いだろうことは分かる。次第にかなたから聞こえ始めた機械の音は、どんどんクレッセントしていき、トンネルの壁を震わすほど大きくなる。エンジンの音だけではない。タイヤが立てるロードノイズ、風切り音など、すべてのノイズが一体となって、あたかも巨大な岩石のようになった音塊が、暴力的に歩行者にぶつかってくる。そしてそれが頂点に達した直後に、傍らを抜けていくのは小さな軽のトラック1台だったりするのである。
軽自動車1台でこれだから、巨大なダンプが何台もすれ違ったり追い抜いていくときは、やはり相当に不快だ。この場合、イヤなのは音より風圧。近づいてくると圧縮された空気がトンネルの壁に向かって歩行者を押しつぶそうとするようだし、すれ違った直後は反対に、渦流によって一種の負圧が生じて、体は車道に引きずり込まれるような感じがする。
何台も過ぎ去るダンプの風圧に抗するように、体を低くかがめ、飛ばされそうになる菅笠(すげがさ)を片方の手で、もう片方の手は金剛づえで体を押さえるようにしながら暗いトンネルを歩く遍路に向かって、熱気がこもったトラックの排ガスがさらに襲ってくる。
トンネルという壁に囲まれたところでは、音は複雑に反響するから、クルマが前から来るのか、後ろから来るのかちょっと分かりにくい。ただただグァングァンとトンネルチューブだけが震える。またトラックでも形状によって風圧が違う。オープンデッキのトラックやクルマのトランスポーターのたぐいは、あまり強い風を残さない。反対にコンテナのようにトレーラー部の体積が大きな場合は、過ぎ去った後の渦流が一段と強くなる。そんなことを身をもって知ったのも、いい経験だった。
安全対策が進む四国のトンネル
でも、私としては事前に想像していたよりははるかに楽だったし、安全だと感じた。トンネルが怖いという話は、多くは数年から10年ぐらい前の遍路紀行で強調されていたが、この数年間にずいぶん安全対策が講じられているのを知って、むしろそれが収穫だった。
まず一番心理的に安心なのは、歩道分離が進んできていることだ。たしかに一部には、路面の白線一本で歩行用にしている箇所も残っている。ここはやはり怖い。一般道と違って反対側はトンネルの壁なのだから、それにへばりつくように歩くことを強いられる。しかもそういうところに限って、コンクリートの継ぎ目から漏れた地下水が路面にたまってぬかるみになり、ひどく歩きにくいから、ともすれば道路中央部に体が動く。
だが、たいていのトンネル、少なくとも500m以上のものは、ほとんど歩道が分離されていた。もちろんきちんとガードレールがあるのはごくわずかで、大半は1m幅ほどの歩道部分が15cmぐらい盛り上がっているだけだが、それでも白線一本よりはずっと安心感がある。
加えて、さまざまな歩行者安全が考案されている。たとえばセンサーがあって、移動する歩行者に合わせて上方のライトが順次点灯するトンネルもあったし、入り口にボタンが用意され、これを押すと、トンネル内を通過している間だけ路面のウォーニングライトが点滅するシステムもあった。さらには、入り口に小さなボックスがあり、その中に歩行者用の蛍光反射タスキが用意され、それを使った後は出口の同じボックスに戻すという方法をとっているトンネルも2、3見られた。
つまり、トンネルで本当に危険なのは音でも振動でも風圧でもなく、ドライバーが歩行者を感知しにくいということなのである。そしてそれに対しては歩行者側も自衛する必要がある。実際に私たちは、つえの先端に近い部分、菅笠の前後、そして背負うリュックに反射テープを貼り、トンネル内では常にLEDの小さな携行ランプを点灯していた。多くの人が訴えていた排ガスを警戒してマスクを用意していたが、これも不要だった。排気の熱気はいかんともしがたいが、不快なにおいなどは昔に比べるなら格段に減っている。日本のクルマでは、ここ数年で急速に排気浄化が進んでいることを、思わぬところで実感することになった。
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互いの存在を認め合えばいい
歩行者にとって、たしかにトンネルは不快だ。自転車などはもっと怖いだろうことは想像がつく。だが、トンネルというものがいかに地域の移動に役立っているかを考えるなら、そして、もしそれがない場合のことを考えるなら、社会の財産としていかに大切か、あえて説明するまでもない。
つまりトンネルの安全問題の鍵は、条件の違う移動体同士が、どう互いで確認し、互いの存在を認め合うかということにある。
それを考えるなら、四国においてはトンネル内の対歩行者安全は、かなり考えられていると思う。多分、遍路という形での歩行者が、他の地域よりも多いからだろうが、いかに歩く人間を守るか、それも大きな費用をかけることなく、どうしたら有効な対策がとれるのかに、まじめに取り組んでいる。少なくともこの地では、相手を思いやる精神が生きているとさえ感じた。
ただ一つ気になったのは、1kmを超える長いトンネルでも、無灯火のクルマが目についたことだ。くどいようだが、クルマと人間、お互いが相手の存在を確認できるか否か、それが安全の鍵である。不思議なことに、私が観察した限りでは、無灯火は圧倒的に女性ドライバーが多かった。その理由を考えるのも、また興味深いテーマになると思う。
(文と写真=大川悠)
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大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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