第12回:高速道路を考える(その2)〜道路は幸せを運ぶのか?
2010.09.27 ニッポン自動車生態系第12回:高速道路を考える(その2)〜道路は幸せを運ぶのか?
有効に使われていない高速道路でも、人々を幸せにすることがある。そんなことまで感じた四国の旅だったが、道路は必ずしも幸福を運んでくるとは限らない。
問題が入り乱れる地方高速
前回書いたように、四国では道路は完全に北側に偏っており、今、あわてて南側、主として高知県全体部分と、愛媛県の南西で工事が行われている。
そして前回も触れたように、その道路普及の格差は、まずは明らかに経済優先と、道路行政上の収益効率(そしてある種の政治的利権)の上に成立している。
さらに加えるなら、もっと根底に、本当にあれだけ立派な自動車専用高速道路が必要なのかという問題もある。
実は今回、そこまで深く触れるつもりはないし、実際に四国をちょっと歩いただけでは語れない。上記のことは四国に限ったことではなく日本全体の問題だし、現在それを取り巻く状況があまりに複雑になっていて、そう簡単に結論づけたり断言したりするわけにはいかないからだ。
ご存じのとおり、麻生首相時代の自公政権は休日1000円というシステムを導入し、一方、民主党主導で「社会実験」の名目の下に一部高速道路の無料化を試している。それは景気浮揚の一面もあれば、各方面からの圧力をかわすという狙いもあるし、当然政権の人気取りという側面も否定できない。
さらには小泉政権以来の道路公団民営化問題、あるいは道路特定財源の使途方法などもからんでいる。一方では他の運輸業界とのせめぎ合い、環境問題から、国家の財政赤字問題にいたるまで、あらゆる要素が道路をめぐって錯綜(さくそう)して、いま、地方における高速道路の是非うんぬんだけを取り上げて考えるわけにはいかない。
地元は欲しがるが使わない
だが、遍路という一歩行者になって四国各地を歩き、あちこちに高速道路を願う看板や、その建設を進めている現場を見ていると、地方道路をめぐる個人的な感情がわいてくる。
前回紹介した写真にも示されているが、全体的に四国の高速道路はかなり空いている。つまり需要がそれほどない。少なくとも私が普段使い慣れている首都圏周辺に比べるなら、まったくうそのように空いている。
地方の人は高速道路誘致に熱心になり、地元の政治家に陳情する。それによって地元経済が活性化するだけでなく、土地は値上がりし、道路建設に伴う費用が流れ込み、雇用が生まれるからだ。でも、莫大(ばくだい)な税金が投ぜられて、いざその道路ができると、多くの地元住民は使わない。彼らの普段の行動範囲からするなら、それは基本的にそれほど便利でも価値があるものでもなく、それ以上に、高価な通行料を払うことを好まないからだ。したがって、その道路の収益率はひどく悪くなる。
ごく乱暴にまとめてしまうと、地方、それも交通が元々少ない地域の高速道路の問題は、これまで上記のように語られてきた。これはこれで間違いではない。そしてそれがかつての道路公団時代の大きな赤字の原因でもあり、とっくの昔に償還が終わったはずの基幹路線の通行料金に跳ね返ってきていた。
だから地方には無駄な高速道路は要らない。しばしばそう言われたし、私自身もそう考えていた。
だが、四国、それも比較的人里離れたへき地を歩いているうちに、高速道路が欲しいという人たちの気持ちが、別な形でも存在しているような感じを受けた。前回も書いたけれど、単純な流通効率や経済性、収益性だけで道路建設は考えられないことが、実感として分かってきた。
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過疎地と都会とをむすぶ糸
地方に住んでいる人にとって、道路、それも自動車専用道路に象徴される立派な道は、彼らの心の支えになるのである。あるいは、日々の厳しい生活の中で抱く、一種の希望や夢の対象でもあるのだ。
たとえば地方ではよくお年寄りが、家のそばに新しい道路ができたのを喜び、私たちよそから来た人間にわがことのように自慢する。しかも自分で使おうという気持ちは、さらさらないように見える。ということは、そのうらには多分、私たちには理解しがたい思いが込められているのだと思う。
自分はそれを普段使うことはないかもしれない。でもあの道は、どこか遠くにつながっている。そしてその遠くには大きな都会がある。あるいはここよりはるかに華やいだ、豊かなところに結びついている。ここにいても、あの道を通して都会の文化は流れてくる可能性がある。豊かな生活の空気は漂ってくるはずだ。あるいは、あれを使って、遠く離れた親せきや、とうに都会に行ってしまった子供が、再び帰ってくれるかもしれない……。
かなり情緒的な受け止め方かもしれないが、私は土地の人たちが道路の開通を待ちわび、それを喜んでいるのを聞いていると、本当にこんな感じを受けた。
高齢化や過疎化によって、非常に寂しい環境に住んでいる人たちにとって、新しくきれいな道は、外の世界と自分を結んで輝く太い糸のように感じられている、と解釈しても間違いではないと思う。
ただしそのためにあれほどに立派な道がいるのかどうかは、まったく別の問題である。
高速道路が作ったドラマ
とはいえ、現実はこんなに甘いものではない。民営化されて経営方針が変わったためか、この数年は急速に高速道路の建設工事が鈍っているように見える。多くの場所で、2009年から1年間の間に、ほとんど工事が進ちょくしていない箇所が見受けられた。下請けや孫請けとの契約や利権関係が変わったり、あるいは景気後退が、10年前には予想もつかなかったような影響を与えているように思えた。
道路が完成した場所では、それなりのドラマも読み取ることができた。ある場所では、真新しい高速道路が通っている近辺だけ、奇妙に新しい住宅が多かった。しかもその新築住宅の中で、すでに明らかに人が住んでいないものも少なからずあった。そして、そういうところに限って消費者金融の看板が目についた。あたかも道路が、古くからあった共同体を壊してしまったかのようだった。
また高速道路に並行して走り、しかもインターチェンジから遠い主要国道筋では、多くの廃業したスタンドやドライブイン、ラブホテルが目についた。通過交通とそれを使う人々を高速道路に取られて、顧客を失ったのである。
道路は本来は人々の生活を豊かにし、個人を幸福にするために作られたはずである。でも高速道路が遅れてやってきた四国でも、道路は別の面での不幸な社会を生み出してしまっている。それもまた否定できない事実だった。
(文と写真=大川悠)
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大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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