第85回:シャンゼリゼ放浪記 青ライオンの誠実さにホロリ
2009.04.04 マッキナ あらモーダ!第85回:シャンゼリゼ放浪記 青ライオンの誠実さにホロリ
ボクもアンノン族
海外に長年住んでいる人というのは、日本を出た時点で時間が止まっている人が多い。女性の場合それは、メイクや髪型などに現れる。
海外にときおり「ザ・ピーナッツ」やオノ・ヨーコのような髪型の日本女性がいるのは、その時代に日本を離れたことを表している。
男性の場合は発する言葉で、日本脱出年代がわかる。たとえば以前会った長年南米で暮らす紳士の口からは、「モーレツ」というフレーズが何度も飛び出した。日本がめざましい成長過程にあった1969年に、丸善ガソリンのTVコマーシャルで小川ローザが発したのが「オー・モーレツ!」。1960年代後半を象徴する言葉である。
いっぽう欧州在住のある先生は、「アンノン族」という言葉を多用する。女性ファッション誌『an・an』や『non・no』の旅行企画を読んで、一人旅する女性を指す。1970年代後半から80年代初頭の流行語である。先生の略歴を拝見したら、やはり1980年代にこちらに来ていた。
前置きが長くなったが、そういうボクも結構「アンノン族」に近いことを、今でもやっている。
今年2月パリで行われたヒストリックカーイベント『レトロモビル』を訪れたときも、取材が終わったならとっとと帰ればいいのに、ついふらふらと彷徨してしまった。今回はそのときに出会った、いくつかの衝撃事象を紹介する。
誰か助けてあげて!
まずは、プランタン百貨店の裏通りにあるショーウインドウ。見れば、男性がうつ伏せに倒れているではないか。なのに誰も助けようとしない。都会はどこまでもクールだ!
と、よく見たら、世界各地でうつ伏せになった人を撮影する「Facedowners」という写真展の告知だった。(2月28日で終了)
脇のソファーに座って、平然とガイドブックを読んでいる日本人観光客と思われるおばさんは、気がついていないのか、それとも冷たい人なのか、気になる。
それを見た直後に発見したのが「歩道に繋がれた自転車」である。この街では自転車を盗まれないようサドルを抜いたり、前輪を取り外したりするサイクリストが多いから、これも盗難防止の一種か? と思ったが、これじゃさすがに乗れない。
「駐輪中、無謀にも路上を走ってきたバイクに車輪を轢かれた、もしくは悪いやつがボコボコにした → 持ち主は諦めて放置した」というのがボクの想像である。だがデザインの殿堂として名高いポンピドーセンターの裏だけに、こちらもシュールなポップアートか? と思うことにした。
ハガキを無料で配達!?
アンノン族といえば、シャンゼリゼである。まずは79番地にあるトヨタのショールーム「ランデヴー トヨタ」を覗いてみる。初代「セリカ」や「トヨタ2000GT」といった、往年のスポーツモデルが特別展示されていた。こんなところで、それも輸出用左ハンドル仕様が見られるとは驚いた。
それはともかく、もうひとつ驚くべきモノが、何を隠そう同じシャンゼリゼの136番地にあるプジョーのショールーム「プジョー アヴェニュー」にあった。
ショールームの片隅に、「ハガキを世界に送ります」と書かれた箱が立てかけてある。専用ハガキに書いて投函すると世界中切手不要、つまり無料で配達してくれるそうな。往年のコンセプトカー3台を展示した「next」と名づけられた企画(4月16日まで開催中)の一環らしい。
とっさにボクは、1985年に日本で行われた「国際科学技術博覧会(科学万博-つくば'85)」のときに企画された、21世紀に届く「ポストカプセル郵便」のようなものかと想像した。が、どうやらすぐに届くようだ。
専用ハガキの脇に書かれたプジョーのロゴが、宣伝できればいいと考えているのかもしれない。
でも日本ならともかく、そんなうまい話があるか?
思い出したのはその昔、日本で学生をしていた時代のことだ。某大手輸入車ディーラーがホテルで展示会を催したことがあった。来場記念品が「ブランドエンブレム入りウィンドブレーカー」というので楽しみに行ったら、「好評につき品切れ。後日ご自宅に発送します」と張り紙がしてあったので、住所氏名を残してきたのだが、24年もたったのに届いていない。
一方、ある自動車インポーターは、自動車専門誌『CAR GRAPHIC』にあった資料請求券をハガキに貼りつけて送ったら、当時ボクは小学生だったにもかかわらず、カタログをいくつも送ってくれた。しかしその会社は昨年ディーラー業務から撤退してしまった。
確かめてみたら
狡猾な者が生き残り、誠実な者は淘汰されてゆく。この世の矛盾を経験していたボクは、このプジョー無料配達企画を疑っていた。しかも誰も投函している様子はない。
でも無料なら何でもやってみたくなるのが、男アンノン族の悲しい性(さが)である。ここはひとつ、プジョーの誠実さを確かめてやろうではないか。
そう思ったボクは、ポストの脇に置いてある専用ハガキを1枚取った。イタリアの家に書いてもつまらないし、日本だと……。ようやく思いついたのは女房の実家だった。日頃はなるべく関わらないようにしているのだが、それくらいしか宛先を思いつかなかったのである。
そして約2週間後、女房の実家から「着いたわヨ」という連絡が届いた。感激である。ちなみにベルギー郵便の切手が貼ってあったらしい。
「ボクはイタリアに住んでラテン気質をいやというほど知ってるんだ。同じラテンなフランスが、『無料でハガキお届け』なんてやるはずないゼ。どこかになくしてしまうのがオチ」と思っていたのに……。しばらくプジョーの青ライオンには頭が上がらない。同時に、こういうささやかながら誠実な企画が、ブランドイメージを高めていくのだと確信した。
気がつけば、日本を離れて13年になるが、まだまだヘンな風景や意外な結末が街には溢れている。おっとボク自身もとっさに、「チョベリグ!」などと、いまどきの高校生には通じない奇声をあげないようにせねば。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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