第273回:「クルマ不要の現代アート」に「萌える運転免許証」 − 大矢アキオの東京エレジー
2012.11.30 マッキナ あらモーダ!第273回:「クルマ不要の現代アート」に「萌える運転免許証」大矢アキオの東京エレジー
「太陽にほえろ!」の時代が懐かしい
ネット時代というのはおかしなものである。日頃イタリアやフランスで閲覧している真面目なウェブサイトを日本で開いたら、いきなりその下に「ふたりきり♥混浴♥できる宿 しかも1泊5000円以下」とバナー広告が表示されて、調子が狂った。それにとどまらず、イタリアからいきなり日本にやって来ると、なにかと適応に戸惑うことが多い。今日はそんなお話の数々をしよう。
まずは携帯電話である。長期契約が前提のニッポンで、ボクのような通りすがりの男は、簡単に持つことができない。モバイルルーターもしかり。AKBの板野友美が薦めても、同様の理由で簡単には所持できない。
結果として、持参した(イタリアでは主流の)プリペイドSIMカード入りスマートフォンと、日本のプリペイドカード式携帯電話の二刀流でしのいでいる。
イタリアのスマートフォンのローミングサービスは、1週間で10ユーロ(約1070円)である。ただし上限が20メガバイトなので、ウェブサイトをちょっと見たり現在地検索を試みたりするだけで、すぐに使い切ってしまう。だからボクは、メールの送受信用途のみにしている。
それでも先日「使用上限を超えました」という通知が突然届き、残高がゼロに近くなってしまった。よく考えてみたら、クラウドサービスの更新を切るのを忘れていたのだ。ボクが住むトスカーナでは、窓を開けたままのクルマに涼を求めてマムシが入っていた、というのは時折ある話だが、都会では別の恐怖が襲いかかる。
日本のプリペイド式携帯電話も一筋縄にはいかない。音声着信ならお金がかからないが、音声発信は6秒9円という、かなり割高な料金設定がされている。そのため、ボクからかけなければならないときは公衆電話を探す。しかし、今や公衆電話は本当に数が少なくなり、発見しづらい。
そんな折、地方テレビで往年の刑事物ドラマ「太陽にほえろ!」が再放送されているのを偶然見つけた。七曲署捜査第一係の刑事たちは、みんな公衆電話から石原裕次郎演ずる藤堂係長に捜査状況を連絡していた。当時はそれが当たり前だったのに。時代の変化をひしひしと感じた。
記念コイン騒動
携帯電話問題は毎年のことだが、今年は別のちょっとした困難にも直面した。発端はこの夏、イタリアのわが家から1枚の記念硬貨が出てきたことであった。
硬貨とは、1985年に製造された「筑波科学万博記念500円硬貨」である。恐らくその昔、ボクの親が銀行とのおつきあい上、手に入れたものであろう。今回東京都内の金券ショップに持っていくと、「ウチでは硬貨の引き取りはしていません」と、スタッフのおばさんにあっけなく通告されてしまった。
コイン収集の世界においては27年前といっても昨日のようなことなのであろう。そもそもコイン収集の趣味自体がなくなっているのかもしれない。今風に言うと「オワコン」とでもいうのか。
記念硬貨は牛丼を食べようとしても自動食券機が受け付けてくれない。ボクがそう訴えると「通貨として500円の価値は不変なので、銀行に行けば口座に振り込んでもらえるはず」と教えてくれた。
それを聞いたボクは、早速自分の口座がある外資系の銀行に赴いた。すると戸惑った女子行員は「確認してみます」と言って、裏に引っ込んでしまった。10分ほど経過したあとだ。彼女は「誠にすみませんが、当行では扱えません」と言って、ボクに万博硬貨を返した。説明によると、その銀行が日本での業務を開始する前の時代に発行されたものなので、対応できないのだそうだ。
たとえ500円といえども、お金ゆえ粗末に扱うことはできない。困り果てた末に思い出したのは、イタリアに行ってからも放置しておいた邦銀の睡眠口座だった。ところが最寄りの支店を探そうとインターネット検索しても銀行名そのものがなかなか出てこない。しばらくしてわかったのは、その銀行は合併によって行名が変わっていたという事実だった。
以前、JRの駅で「Suica(スイカ)」の存在を知らず、切符を買おうとした欧州在留経験の長いおじさんを心の中で笑っていたが、気がつけばボクもその類いだったのである。
翌日、新名称が冠せられたその邦銀の支店に赴いた。万博500円を出すと、窓口の行員はやはり一瞬戸惑っていたが、外資系銀行ほどは待たせなかった。そしてボクの知らない間に付いていた過去の利息とともに「残高542円」と記された通帳をボクに戻してくれた。
気がつけば、500円を始末するのに、500円以上の電車賃を使ってしまっていた。とほほである。
2013年の東京モーターショーは萌える?
いっぽう先日、現代美術作家・会田誠氏の展覧会「天才でごめんなさい」が東京・六本木ヒルズ52階にある森美術館で開幕した。日本画技法を駆使しながらグロテスクまたはエロチックな作品を数多く展開し、その傍らで自殺、戦争、政治といった現代の事象に鋭い視点を向ける彼は、今日まさに日本モダンアートの旗手というにふさわしい。しかし、同時にボクが気になったのは、彼の作品における自動車の扱いである。実に登場頻度が低いのだ。
ようやく見つけた一台目は、教科書でおなじみの東山魁夷作「道」に対する強烈なアンチテーゼと思われる「あぜ道」という作品の中だ。画面の片隅に、あたかも脱輪したように傾いて止まっている軽トラックが、ようやく発見できる。
そしてもう一台は「津田沼」と題された作品の中だ。一般家庭のブロック塀の向こうに鼻先だけをのぞかせているホンダ製セダンだ。それもナンバーがない廃車状態である。
最前線を走るアーティストが、かくもクルマに対して冷淡な態度を見せていることは、クルマや機械文明を真っ正面から否定している作家の作品以上に、「もはやクルマは社会を代弁しなくなったのではないか?」という不安な気持ちにさせる。ちなみに、会田氏が代わりにコラージュとして用いているのはディスカウントストア「ドン・キホーテ」のマスコットであるペンギンだったりする。
そんな感傷的ムードあふれる日本で、ボクが妙にときめいたものがある。路線バスの中に貼られていた、なかば退色したポスターだ。具体的には「バスで使うICカード(Suica、PASMOなど)のホルダーに、他の非接触式ICカードを入れないで」と訴えるものである。例として掲示されている運転免許証の写真は明らかに1990年代に撮影されたものだ。「埼玉花子さん」と称するその女性を見た途端、学生時代の同級生に突然再会したような感動があった。
そのことを知人のコピーライター氏に話したら、「近頃は、あの頃のような真っ赤な口紅がはやり始めてるんですよ」と教えてくれた。もしや2013年の東京モーターショーは、1990年代風メイクのコンパニオンであふれるのか? 今からひそかに楽しみにしているボクである。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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