ベントレー・ブルックランズ(FR/6AT)【海外試乗記(後編)】
比類なき正統派クーペ(後編) 2008.05.17 試乗記 ベントレー・ブルックランズ(FR/6AT)そのボディやインテリアは、もはや工業製品より工芸品と言うべき仕上がり。いよいよ、トスカーナの山道で、その走りを試す。
『CG』2008年5月号から転載。
太いトルク、正確なステアリング
全幅2mの豪勢なクーペを走らせるには、トスカーナの狭い山道はどう考えても不向きだと心配していたが、走り始めると間もなく苦にしなくなるのが不思議である。
無論小さなスポーツカーのように振り回すつもりは毛頭ないが、ZF製6ATを介して20インチ・ホイールに伝わる贅沢なまでに太いトルクが、2.6トン余りもあるボディの重さを感じさせずにスッと押し出してくれることと、アルナージTの前後ダブルウィッシュボーンをさらに締め上げたサスペンション(可変ダンパー付き)と正確なステアリングが安心感を与えてくれるおかげで自信を持って狭いコーナーにも入っていける。比較的車線が狭いくせに流れが速く、しかも路面がうねるスーパーストラーダ(日本でいえば国道バイパス)のコーナーでも、狙った通りに長大なボンネットを寄せることができるのだ。
交通量が多かったためにそのパワーを一部しか試せなかったが、どの速度域でもスポーツモードを選んでダンピングを強めたほうがフラットさが強調されて快適だった。ちなみにフルスロットルを与えれば0-100km/h=5.3秒、最高速296km/h(アルナージTはそれぞれ5.5秒と288km/h)の文句なしの実力を持つという。
クーペ・アンリミテッド
何よりも心強かったのは、試乗車にはすべて装備されていたオプションのカーボン・コンポジット・ブレーキである。フロントは420×40mm、リアは356×28mmという巨大なドリルドローターは現行市販車の中で最大だというが、見た目の迫力だけでなく制動力も絶大、また街中の低速走行でもブレーキは鳴かず、タッチも自然でまったく問題なかった。そのうえ、ベントレーもこのカーボンブレーキは通常の使用状況ならば車そのものと同じ寿命を持つと説明している。
その通りならばいいこと尽くめだが、すでに我々は他メーカーのカーボンブレーキが実はローター・ライフ=カー・ライフと当初言われていたほど長持ちするわけではないことを経験している。簡単に言えば、カーボンブレーキの寿命はサーキット走行をするか否かといった使い方に大きく左右されるのである。ベントレーのエンジニアはその辺の事情も正直に説明してくれた。彼によると、カーボンブレーキの摩耗は使用時の温度によって大きく左右され、700度を超えると急速に摩耗が進むという。そのためにブルックランズではピストンも大型化し、ディスクローターのクーリングには充分に配慮して開発したという。温度を低く抑えることができればブレーキパッドも通常の3倍、10万km程度はもつと説明してくれた。
ベントレーの顧客はすべて、他にも数台の車を持っているというから、いわば自動車文化財になりそうなブルックランズでサーキット走行を敢行する人がいるとは思えないが、望めばどのような特別注文も可能で、フォーマルリムジン顔負けに快適な室内を持つ贅沢なクーペを、必要ならそうやって走らせることもできるという事実が重要だ。本当の富裕層は裕福であるという証明が欲しいのではなく、他に代えがたい貴重な経験を求めているのだとベントレーはいう。クラスやセグメントなどを超越した伝統的な高性能クーペは、そのためにどんな挑戦も顔色ひとつ変えずに一蹴するだけの実力を備えていなければならないのである。
(文=高平高輝/写真=ベントレーモーターズ)
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