ベントレー・ブルックランズ(FR/6AT)【海外試乗記(前編)】
比類なき正統派クーペ(前編) 2008.05.16 試乗記 ベントレー・ブルックランズ(FR/6AT)英国モータースポーツ発祥の地名が冠される高性能クーペ「ベントレー・ブルックランズ」。伝統と絢爛のフラッグシップに『CG』高平高輝が試乗した。
『CG』2008年5月号から転載。
お客様のための試乗会
ベントレーの販売・マーケティング担当役員のスチュアート・マックローは上機嫌だった。これまで度々宣言してきた通り2007年には1万台きっちりのセールスを実現し、このブルックランズのオーダーリストもほとんど埋まっているというから能弁になるのも無理はない。それにしても、わずか550台の限定生産モデルだというのに、豪勢な発表試乗会を催す真意はどこにあるのだろう?
フィレンツェ市街地を見はるかすトスカーナの丘のヴィラで開かれた試乗会のディナーの席で、マックロー重役に機先を制されてしまった。「一昨日の晩、北米のジャーナリストから質問されたんです。もうほとんど売れてしまっている車の試乗会をわざわざ開催する目的は?とね」それこそ、空港に迎えに来たアルナージTの後席で考えていたことだった。
それで、あなたはなんと答えたんですか?「もう売れてしまっているなら、それ以上PRする必要はない。そういうドライな考え方もあるでしょう。ただ私たちは、ベントレーが今何を考え、何をしているかをアピールすることは大切だと思っています。その時点での注文書の枚数にかかわらず、です。それからもうひとつ、待っていてくださるブルックランズのオーナーの皆さんへ伝えることも大事でしょう? あなたの選択は間違っていませんよ、とね」
さすがはヨーロッパにおけるレクサス・ビジネスを取り仕切り、高級車界の両極を知る男である。余裕の発言の中に、正しくオーナーに伝えてくれ、と品良く我々にプレッシャーをかけることも忘れていない。
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ほぼ完売
ブルックランズは、昨2007年のジュネーヴ・ショーで発表されたベントレーのトップ・オブ・ザ・レンジであり、英国モータースポーツ発祥の地名を冠する高性能クーペ。もともと一品生産品のようなベントレーの中でも、今年から3年ほどかけて550台を限定生産するというスペシャルモデルだ。
昨年のフランクフルト・ショーの頃でも、初年度生産分はソールドアウトと言われていたが、そろそろヨーロッパでのデリバリーが始まるという現時点ではすでに注文書の9割がたが埋まってしまっているという。英国で税込み23万ポンド、初夏には導入される予定の日本仕様(何台割り当てられるかは不明)で4070万円もする豪勢なクーペがほぼ完売しているというのだから、今どきなんとも景気のいい話である。
サブプライム・ローン問題に端を発する景気後退の気配もものかは、本当の超高級車の世界ではまだ不景気の声は聞こえてこないようだが、背景には富裕層の調査結果がちゃんと存在する。私たち庶民には実感できないが、世界のリッチ層は着実に増えているのだという。
毎年共同で調査を行なっているメリルリンチとキャップジェミニのリポートによれば、2006年の富裕層は前年比で約8%増加しておよそ950万人になったという。さらに2011年には世界のHNWI(High Net Worth Individuals=居住用不動産を除く純資産で100万ドル以上所有)は1100万人に達するというデータがある。ついでに言えばその前にUltraが付く純資産3000万ドル超のUHNWIは同じく9.5万人に増えたとしている。
いつの時代にも本当のお金持ちはいるものだが、実際にターゲット層が増えているというデータは、少なくとも今のところベントレーにとって良いニュースである。
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最後の“伝統的”ベントレー?
現在のベントレーはコンチネンタル系とアルナージ系の2種のラインナップに大別されるが、当然ブルックランズはアルナージTをベースにしたフル4シータークーペである。2ドアクーペということではドロップヘッドのアズールに近いかもしれないが、それと比べても全体の40%は専用部品だという。
アルナージと事実上同じ全長5.4m、全幅2m、ホイールベース3116mmの堂々たる体躯はいわゆる“コーチビルド・ボディ”で、ほとんど手作業で行なわれる1台当たりの製造時間は660時間、このマンアワーは一般的な小型量産車のざっと30倍に当たる。インテリアのウッドトリムを1台分仕立てるだけでも1ヵ月を要するのだという。ビスポーク(誂え品)が当たり前のベントレーの中でも特別なモデルだけに、インテリアトリムには牛16頭分の革が使用され、ルーフのライニングまでレザー張りが標準だが、これはベントレーでも初めてらしい。そう聞くと4000万円オーバーの値段も納得せざるを得ない。もはや工業製品より工芸品と言うべきかもしれない。
エンジンは伝統の6.75リッターV8ツインターボの制御システムや排気系を見直してさらにパワーアップ、アルナージより30psと50Nm増しの537ps/4000rpm、107.1mkg(1050Nm)/3200rpmを生み出す。言うまでもなくベントレーV8としては史上最強である。だが、ベントレーの文字通りの心臓として、様々な改良を受けながら半世紀を生き延びてきたこの6.75リッタープッシュロッドV8にもそろそろ引退時期が近づいている。
現在のエミッションレートはユーロ4、つまりその後のユーロ5には適合が難しいということになれば、次期モデルへの搭載を諦めなければならない。ベントレーを率いるボス、ペフゲンCEOがジュネーヴ・ショーで明らかにしたようにバイオフューエルなどを使えば可能性はあるが、現行仕様のままではさすがに限界がある。3年間で550台という数字はその辺りから出ていると見ていいだろう。(後編へつづく)
(文=高平高輝/写真=ベントレーモーターズ)
