第41回:映画「007」の新作ロケとニアミス! 恐怖のカロッツェリア
2008.05.17 マッキナ あらモーダ!第41回:映画「007」の新作ロケとニアミス! 恐怖のカロッツェリア
伝統の学生バカ騒ぎ
毎年5月になると、普段は静かなシエナの街が妙に騒がしくなる。
大音量の音楽が、そこいらに響きわたる。音質は最悪で、何の曲がかかっているのかなどわからない。
スピーカーを載せているのは、ヘンテコな自動車の隊列だ。
何かというと、「フェスタ・デッラ・マトリーコラ」という大学新入生のお祭りである。
イタリアで大学の新年度は周辺諸国と同じ9月だ。しかし、新入生祭りは年を越えて夏休み前、つまり学年末近くに行なわれる。
毎年会期中には、学生の中から年男たる王子様を選ぶのが慣わしだ。この王子様歴は、生涯の誇りらしい。だから「俺は若い頃、王子様だった」などと言う親父にときおり出くわす。少なくともイタリアでは、カレーの王子様よりも偉いのである。
広場のバルコニーからアーティチョークをばら撒くのも伝統儀式だ。おばさんたちは、夕食のおかずに(?)「待ってました」といわんばかりに、下で待ち構えている。
そうした大学イベントのなかで、冒頭のヘンテコな自動車が毎年登場するのである。地域によってさまざま経緯があろうが、古くは山車(だし)で行なっていたものを次第にクルマで行なうようになったと思われる。
「シトロエン・メアリ」の元祖?
今年参加した学生にインタビューしたところ、お祭り車は「約1カ月前から郊外に仲間と集まり、廃車のボディの改造にかかった」という。
元車両は「フィアット・ティーポ」「セアト・マルベーリャ(フィアット・パンダのスペイン版)」「プジョー309」……と、傾向としては1990年代前半のモデルである。なかには、よりハイグレードな「ボルボ850」を改造してしまったのもあった。
多くはルーフを切り取って即席オープンにしている。まあ街なかを低速でパレードするのだから、ねじれ剛性とか気にしなくてよいのだろう。
内装もほとんど剥ぎ取るのが慣例である。あの「シトロエン・メアリ」を開発した人は、こうしたクルマから目覚めたのではないか? 勘ぐってしまう。
そしてこれも慣例だが、ボディ表面には、トイレの落書きもビックリのたわいもないエッチ画を描く。ときには巨大なエッチ・オブジェも載せる。恐るべき、にわかカロッツェリアである。
ウチの娘を!
新入生は、こうしたクルマにハコ乗りして街を徘徊する。ナンバーもなかったり、付いていても明らかに効力を持っていなそうなものだ。どうして走らせることができるのか?
実は、ちゃんと市当局から期間限定・エリア限定ながら、特別の通行許可証が発行されるのである。
ちなみにシエナ大学は、1240年にその歴史を遡るヨーロッパ最古の大学のひとつである。今年で創立768年を迎える。
昔からヨーロッパの古い大学都市ではバンカラ大学生に比較的寛容だが、実はこうしたクルマパフォーマンスにも甘いのである。
今月はシエナ市内で、映画「007」シリーズ第22作目となる「クアンタム・オブ・ソレース」のロケ準備が始まった。にもかかわらず、学生たちはわが者顔で仮装グルマを乗り回した。映画の隅に写ってしまいそうで怖い。
隊列の中には真っ赤に塗りたくられた「フィアット・ウーノ」もいた。デザイナーのジウジアーロが見たら泣くであろう光景だ。
東京で同型車に乗っていたことがあり、クルマはオリジナル状態に限ると信じてやまない工場出荷状態保存主義者のボクである。「ウチの娘をキズ者にしやがって!」と嫁入り前の娘を持つ親父のようなことをつぶやき、思わずカッとなった。
ところが先頭を行く初代「フォード・モンデオ」改造車に乗る青年は、医学部の1年生だった。将来彼にどこかで助けてもらう日が来るかもしれないと考えたボクは、一度振り上げた拳を下げた。
とはいっても、「そこの東洋人のおじさん、大丈夫っすか?」と言われて乗せられた救急車が、学生時代にとった杵柄でヘンテコ装飾が施されていたら、これまた困るが。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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