第90回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その2:1200年前から守られてきた森(矢貫隆)
2007.05.01
クルマで登山
第90回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機その2:1200年前から守られてきた森
政治的、宗教的な理由
「それにしても、開発の波に飲み込まれることなく、よくぞ今まで豊かな自然を保ち続けることができたものですねぇ」
さすがA君、鋭い疑問だ。
と、こうやってキミを誉めるのも、これが最後だと思うと淋しいぞ。思えばあの頃、キミはまだ独身で……。
「しみじみしてないで話を続けて下さい」
今から1200年前の744年(天平16年)、行基が薬王院を開いて以来、高尾山は政治的、宗教的な理由から森そのものが守られてきた。
『高尾山』(酒井喜久子著・朝日ソノラマ)がそれについて書いている。
「戦国時代には、小田原の北条氏の支配下におかれた。高尾山の北側、谷ひとつ隔てた城山(註・深沢山)に、氏照は山城を築いている。八王子城だ。武蔵南部の支配を目論んでいた北条氏の拠点にするのが目的だった。北条氏にとっての高尾山は、軍事上の重要拠点であった」
「氏照はまた、高尾山の山林を保護した。たとえ一本一草たりとも、伐ることを禁じた。その禁を犯した者は打ち首という厳しい制令をだしている」
途方もない価値がある『すごい山』
「1590年(天正18年)、八王子城は豊臣方の軍勢、前田利家、上杉景勝らの攻撃を受けて落城する。だが、鎌倉街道や甲州への街道が集まるこの地域は、交通の要衝としても重要だった」
「徳川の時代に入っても、家康は高尾山を幕府の直轄領においた。よりいっそう保護管理に力を注いだ。家康時代の代官、大久保長安も、竹林伐採を禁ずる制令をだした」
「明治維新後は、幕府の直轄領はそのまま皇室の御料林となった。戦後は国有林となる。そして国定公園の指定だ」
1967年に「明治100年」を記念して<明治の森国定公園>に指定された高尾山。
1200年の間、いくつもの偶然と必然が重なり合ってこの山の自然は守り続けられてきたわけなのである。
「なるほど、それで『奇跡の山』ですか。どうやら高尾山は、途方もない価値がある『すごい山』だということがわかりました」
(つづく)
(文=矢貫隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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