第56回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その5)(矢貫隆)
2004.12.01 クルマで登山第56回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その5)(矢貫隆)
■世界的に見ても美しい
世界遺産に登録されているくらいだから白神山地のブナの森が美しいのはよく知られている事実である。いや、白神山地に限らず、日本のブナの森は世界的に見ても美しいのである。
「それは何故ですか?」
いとも簡単に難しい質問をなげかけるA君なのである。
僕は答えを間違えてはいけないので、ある書籍を紹介してその答えとすることにした。
僕はNPO法人が運営する「山の自然学クラブ」の会員で、そこで自然地理学などを教えてもらっているのだれど、その団体の顧問であり、東京学芸大学の教授、小泉武栄が書いた『山の自然学』(岩波新書)の一部を引用して日本のブナの美しさを紹介しようと思う。
「ブナ林は日本列島のほか、ヨーロッパとアメリカ東部にも分布するから、一見すると世界的に広い分布域をもっているようだが、しかし、まとまったブナ林は、実はこの三地域にしか分布していない」
「世界に三カ所しか分布しないブナ林は、もともとはひとつであった。ときはおよそ3000万年前、当時の地球は温暖で、ほとんどが熱帯に含まれ、温帯の森林はカナダの極北地域など北極をとりかこむ地域にわずかに分布しているにすぎなかった。それが現在のブナ林や亜寒帯針葉樹林の祖先にあたる林なのである」
「その後、気候が少しずつ寒冷化してきたため、植生帯は南下をはじめたが、その際、まず針葉樹林が北方にとどまり、ブナやミズナラ、カエデ類が温帯の北部で優占するようになった。このようにして成立したブナ林は、南下の結果、太平洋、大西洋と中央アジアの乾燥地域によって隔てられ、現在のように三カ所に分かれてしまった」
「三カ所に分かれたブナ林に大きな変化が起こる。大陸氷河の発達である。そのためブナ林は大きな被害を受けてしまう。もちろん植物群は南に逃れようとしたが、ヨーロッパの場合、そこには氷河に覆われたアルプスとピレネー山脈が立ちはだかっており、そのために滅亡する植物があいつぎ、植物相がすっかり単純化してしまうのである。アメリカでも同様な現象が起こり、植物相は貧弱になっていった」
「ところが日本だけは事情が違った。日本では大陸氷河が発達しなかったため、滅亡した植物はすくなく、植物群はほとんどその原型を保つことができた。東北地方にあるブナ林はまさにその直系で、モクレンやトチノキのような原始的な植物を多く含んでいる。いわば、森そのものが『生き残り』とも言うべき存在なのである」
ということなのだよ、A君。
「なるほど、日本のブナの森が美しいという意味がわかりました」(つづく)
(文=矢貫隆/2004年12月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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