第250回:幻の輸入車ディーラーを巻き込んだ、大矢アキオ少年時代の「犯行」
2012.06.22 マッキナ あらモーダ!第250回:幻の輸入車ディーラーを巻き込んだ、大矢アキオ少年時代の「犯行」
頻繁に扱い車種が変わるディーラー
先日わが街のカーディーラー街を流していたら、従来三菱を扱っていた販売店がプジョーの取り扱いも始めていた。まだ間もないらしく、プジョーのほうは布看板が柵にくくり付けてあるだけだ。そういえば、充電ステーションが整備されていないこの街で、三菱の電気自動車「i-MiEV」のOEM車である「プジョー・イオン」をたびたび見かけるようになったが、もしかしたらこの販売店のものかもしれない。
イタリアでは街の自動車ディーラーが、頻繁に扱いブランドを変えたり、別のブランドを併売し始めたりする。ボクの家から半径30km圏内で、過去に扱うブランドが変わった店を探せば、オペルからトヨタ、ダイハツ、サンヨン、トヨタからシボレー……と直ちに例を挙げることができる。
この背景には、各メーカーのイタリア法人が日本よりシビアにディーラーのスクラップ&ビルドを行っていること、裏を返せば、ディーラーを経営する会社の基盤が脆弱(ぜいじゃく)で、安定経営できないケースが少なくないこともある。
ただし幸いアフターサービスに関しては、ユーザーからそれほど不満を聞かない。なぜなら、イタリアのディーラー整備工場は、他店で購入したクルマにも比較的寛容だからである。ちなみに、それどころか並行輸入物に対しても差別は少ない。あるドイツ製高級車の整備関係者は、「20年ほど前までは、並行輸入車の整備は受け付けなかった。でも統一ユーロの時代に、そんな垣根を作って差別することは実際問題として不可能だ」と語る。
また小さな地方都市などでは、たとえ扱うディーラーが変わっても、そちらにも大抵知り合いの知り合いが勤務していたりする。また知り合いがなくても、地域のセールスマン同士で顔見知りということが多いから、「あいつのところに行くといいよ」と気軽に紹介してくれたりする。したがって、ディーラーがいきなり扱いをやめてしまっても、大して困らないのである。
懐かしい日本の輸入車販売店
日本では地域の自動車ディーラーが扱うブランドを変えたり、エリア内の他販売店にディーラーシップを譲ったりといったことは少ない。いっぽう思い出すのは、ボクの少年時代、極めて限られた期間だけ存在した輸入車販売店の数々だ。
まず一つ目は、資本提携先のクライスラー車を扱っていた三菱の販売店である。ボクが小学校低学年だった1970年代前半のことだ。さらにいえば当時、ボクが住んでいた東京郊外の農協は、三菱と販売に関して協力関係にあったようで、カウンターの横に「ミニキャブ」のカタログが置いてあるにもかかわらず、駐車場に回ると農協のえらい人が買った(買わされた?)と思われるオーストラリア製の小さな「クライスラー318」が置かれていたものだ。
もう一つは1970年代半ば「HISCO」という略称で呼ばれていた「ホンダ・インターナショナル・セールス」である。こちらはホンダ系でありながら欧州フォードを扱っていた。
1970年代にホンダは、クライスラーに移籍する前にフォード社長を務めていたリー・アイアコッカから小型車エンジン供給に関する打診を受けたことがある。後日この構想はヘンリー・フォード2世会長の反対によってご破算となるが、両社の関係は日本における欧州フォード車販売というかたちで残ったようだ。
実際わが家には、HISCOのセールスさんが「フォード・コルチナ」の実車とカタログを持ってやってきた。さらにしばらくして、今度はシルバーだったかオレンジだったかの初代「フィエスタ」を見せにやってきたのを覚えている。
いすゞが扱うGM車というのもあった。ボクが中学生だった1980年代初頭のある日、いすゞの営業所長が、HISCO同様ボクの家に持ってやってきたのは、打倒・日本車を掲げて鳴り物入りで登場した「Xカー」こと「シボレー・サイテーション」だった。
ただし、コルチナ、フィエスタ、そしてサイテーションとも販売は苦戦していたようだ。親の話によると、いずれも大幅値引きを提示されたという。サイテーションに至っては、何度かわが家にやってきたのち、最後には希望小売価格約300万円のところを「目の前にあるこのクルマなら半額の150万円で即納しますよ」というオファーが所長の口から飛び出したらしい。
ちなみに当時のボクとしては「サイテーションは、小さくてもアメリカ車っぽくて悪くない」と思ったのだが、いかんせん3ナンバー車の自動車税が高額であったこと、父がアメリカ車になじみがないことを理由に却下となった。
カタログ欲しさに
後年フォード車の販売はマツダ系のオートラマ店に変わり、HISCOはホンダの中古車販売店に姿を変えた。三菱やいすゞは再び自社ブランドの販売に専念するようになった。当時、そうした店から輸入車を購入した人たちはその後どうしたのか、興味あるところだ。
ところで、けっして富裕層ではないわが家に、輸入車のセールスマンが次々やってきたのには訳がある。当時愛読していた自動車雑誌『CAR GRAPHIC』には輸入車代理店の広告が多く載っていた。そうした広告の片隅には、切り取り線が入った「資料請求券」なるものが印刷されていたのだ。たとえ広告とはいえCG誌のページを切り取るのは忍びなかったが、ボクとしてはカタログが欲しかった。そのため、自分や親の名前を書いたハガキに資料請求券を貼ってはせっせと投函(とうかん)したのだ。すると後日セールスさんがいちるの望みを託して訪問してきた、というわけである。
今となっては、免許もないのに勝手に資料請求を送ったボクをさしてとがめなかった親にも頭が下がる。だが一少年のカタログ欲しさの“犯行”だったにもかかわらず、貴重な時間を割いて訪問し、クルマを丁寧に見せてくれた当時のセールスマンの、心の広さにも感謝せざるを得ない。クルマが売れないと嘆かれる昨今だが、こうしたゆとりが今も自動車販売店の世界にあるのだろうか。
ただし「子供とはいえ未来のお客さんだから、大切にしておこう」と考え、怒りたい気持ちをグッと堪えてくれていたのだとすると――ディーラーごとなくなっちゃったのだから仕方ないけど――今日までボクは期待に応えることなく逃げ切ってしまったことになる。セールスマンさん、ごめんなさい。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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