アバルト695ビポスト フルスペック仕様(FF/5MT)
2015快感加速大賞 2015.09.29 試乗記 0-100km/h加速5.9秒をうたう究極のアバルト、「695ビポスト」に試乗。ノンシンクロの“ドグミッション”を搭載したスーパーアバルトは、一体どんな走りを見せるのだろうか。エアコンなし、リアシートなし、シンクロなし
「史上最速のアバルト」が、695ビポストである。1.4リッター4気筒ターボを190psにまでチューン、なんていう情報よりも、エアコンなし、リアシートなしの公道レーサーと言ったほうが話が早い。
今回乗ったフルスペック仕様(845万6400円)は、標準モデル(599万4000円)にさらにサーキット用スポーツキットをフル装備したもので、5段ギアボックスはシンクロ機構のないドグリングミッションになる。ラリーのコックピット映像などでおなじみ、「ヒュー、ガシャ!」と音を立てる電光石火シフトの競技用変速機である。
左右のウィンドウはポリカーボネート製で、引き戸式の小窓は、声くらいしか出入りできない。真夏に乗るクルマじゃないことは容易に想像がついたが、それよりもやはり心配なのは変速機である。
webCG編集部が試乗予約の電話を入れると、だれが運転するのかを尋ねられたそうだ。某自動車専門誌は、田町のFCAで借り出して、片道10kmも行かないお台場で撮影を済ませ、早々に返却したらしい。
果たして、運転できるのだろうか。という不安は、FCAからピックアップしてくれた編集部Tさんのひとことによって軽減された。「変速機は恐るるに足らずです」だという。ただ、付いているETC車載器がうまく作動せず、首都高の料金所では往生したらしい。
シビれる加速
朝5時すぎ、かなり足応えのあるクラッチペダルを踏んでエンジンをかける。十分に暖機してやりたかったが、スポーツエキゾーストから噴出するベーッという排気音は早朝の住宅街向きではない。30秒ほど回したところでシフトレバーを1速に動かすと、意外や無音無ショックで吸い込まれるように入った。そのまま走りだして、高速道路に向かう。
ノンシンクロのドグボックスといえば、最近乗ったのは公道ルマンカーのごとき「ラディカル」である。「スズキ隼」の6段ミッションをクラッチペダルとシーケンシャルのシフトレバーでコントロールするのと比べたら、695ビポストのギアチェンジははるかにラクである。
そもそも飛ばし変速が可能なHパターンを維持しているということは、そんなに神経質な変速機ではないはずだ。走行中もストレートカットのバックギアが立てるようなギアノイズは出ない。
スムーズな変速のコツ。シフトアップはとにかく素早くやる。速いシフトダウンには回転合わせが必要だが、急がない時は、軽く力を入れたシフトレバーが行きたい時に行かせてやれば、きれいに入る。たしかに恐るるに足らずである。ノンシンクロがあたりまえのオートバイ乗りなら、すぐに慣れると思う。
集合場所のPAで荒川カメラマンにお願いして、助手席に乗ってもらう。その先にある料金所の一般ゲートは自動発券機なのだ。右に寄せすぎて、OZレーシングのホイールを傷めたりしたらコトである。
無事にゲートをくぐり、この日初めてフル加速を踏む。1から2へ、シフトアップがバシュっとキマり、シームレスの猛ダッシュを続行すると、助手席で上がった「ホーッ」という声がそのまま笑い声に変わった。シビれるではないか。2015快感加速大賞かもしれない。
LSDがレーシングテイストを演出
軽量な変速機をインストールし、カーボンパーツをふんだんに使ったフルスペック仕様は、乾燥重量997kgをうたう。しかし、これはどうやらイタリアン表示で、日本仕様はカタログ値で1060kgある。
そもそも、内燃機関のクルマはガソリンやオイルがないと走らないのに、乾燥重量ってなんだ!? とすると、5.9秒の0-100km/hデータもちょっと怪しいが、そんな真贋(しんがん)問題はべつとして、フルスペックビポストはもちろんすばらしく速い。112km/hまで伸びる2速の加速はとくに痛快だ。しかも、これだけパワフルな前輪駆動なのに、急加速時もトルクステアは発生しない。調教された速さである。
そんな印象を下支えしているのが、ボディー剛性の高さだ。「フィアット500」のボディー剛性はあまりたいしたことないが、さすがにこのトップ・オブ・アバルトは鬼のように固い。とくにボディー後半部の剛性感は500系アバルトのなかでもずばぬけている。取り払ったリアシートの空間に組まれたチタン製ロールバーの恩恵だろう。
町なかで変速機以上にレーシングテイストを演出するのは、強力な機械式LSDである。角をゆっくり曲がる時でも、ガガガっとムズがる音を立てて小さく回り込もうとする。気分は“コースイン”である。足まわりは当然かなり締め上げられているが、サベルトのシートが快適なせいもあって、いやな硬さではない。
ストレスを背負う楽しみ
室内で圧巻なのは、フロア中央に建つシフトレバーの塔である。アルミ鋳物のフレームに、NC旋盤大活躍のプレートやリンクやピローボールが組み合わせられ、真ん中に長さ40cmのシフトレバーが屹立(きつりつ)する。部屋に飾っておきたいほどカッコイイだけでなく、画然としたゲートをトレースするシフトレバーの操作感もまたカッコイイ。
虎の子の試乗車を無事返すために、むちゃな変速はしなかった。ギアチェンジの前には必ずクラッチペダルを踏んだ。競技用のノンシンクロギアボックスなら、1戦ごとにオーバーホールするだろうが、このクルマではまさかそんなわけにはいかない。変速機にストレスをかけないために、自分がある程度のストレスを背負う必要はある。でもそれがフルスペックビポストを駆る魅力だ。「愛には、引っ掛かるクギが必要だ」と、中島らもも言っている。
最良の、とは言わないが、こいつは最高のアバルト、サイコーのチンクエチェントである。850万円近い価格は非現実的だが、それでも、このフルスペック仕様から先に輸入台数をすでに売り切ったらしい。日本のフィアット/アバルト・ファンはアツイのだ。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
アバルト695ビポスト フルスペック仕様
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3675×1640×1480mm
ホイールベース:2300mm
車重:1060kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:5段MT
最高出力:190ps(139kW)/5750rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/2500rpm ※SPORTスイッチ使用時は27.5kgm(270Nm)/2500rpm
タイヤ:(前)215/35R18 84W/(後)215/35R18 84W(グッドイヤー・イーグルF1)
燃費:14.0km/リッター(JC08モード)
価格:845万6400円/テスト車=845万6400円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:543km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:261.3km
使用燃料:27.8リッター
参考燃費:9.4km/リッター(満タン法)/10.2km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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