第125回:よみがえったちょびヒゲ男がクルマでドイツ周遊
『帰ってきたヒトラー』
2016.06.17
読んでますカー、観てますカー
1945年から2014年にタイムスリップ
ヒトラーは映画の素材として根強い人気がある。古典的名作が『独裁者』だ。チャップリンはもともと蓄えていたちょびヒゲを生かしてヒトラーになりきった。彼の顔は記号性が極めて強く、髪型とヒゲだけで表現できる。チャップリンもそうだが、俳優の顔がヒトラーに似ていなくても問題はない。
ナチスの所業が広く知られていることも、映画を成立させやすい理由だ。ストーリーを語るのに、細かい説明をする必要がない。ナチスは絶対悪として扱われることになっているから、役割が明確なのだ。タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』のように、史実を曲げてヒトラー暗殺を成功させてしまうことすらできる。『アイアン・スカイ』に至っては、月の裏に隠れていたナチス残党が地球に攻めてくる話だった。
『帰ってきたヒトラー』も、ファンタジー色の強い作品だ。自殺したはずのヒトラーがよみがえり、タイムスリップして2014年のドイツに現れる。植え込みの陰で目覚めた彼は、心配そうに見つめるサッカー少年をヒトラーユーゲントだと思い込んだ。「デーニッツ元帥はどこだ?」と問いかけるが、わかるわけがない。やっとのことでブランデンブルグ門にたどり着くと、“ヒトラーコスプレ”に気づいた人々がスマホ片手に集まってくる。
総統はフィアットには乗らない
新聞を見て自分が69年後の世界にいることを知るが、記事を読んでポーランドがまだ存在していることに驚いた。各政党の活動を吟味し、最も正しいのは緑の党だと断言する。環境保護を掲げているのは素晴らしいというのだ。ナチスが当時の世界では最も進んだ環境政策を進めていたのはまぎれもない事実である。「BLITZ」という名の洗剤を見たヒトラーが「電撃洗剤か?」と聞くシーンもあり、ナチス小ネタがちりばめられているから歴史好きは楽しめるはずだ。
失業したTVディレクターが、撮影した映像にヒトラーが映り込んでいるのを見つける。モノマネ芸人だと思い込み、彼を連れてドイツ全土を巡る番組を企画した。人々の反応を撮影して、TV局に売り込もうというのだ。ヒトラーもこの企画に乗った。堕落したドイツを立て直し、民衆を教化して再び栄光の国を作りあげるためだ。思惑がすれ違ったまま、2人は番組作りを始める。
ディレクターが用意したのは「フィアット・フィオリーノ」。小型の商用バンで、花屋仕様だ。ヒトラーは見るなり「これはクルマではない!」と怒りだす。彼にとっては国民車「KdF-Wagen」こそがまっとうなクルマなのだろうから無理もない。しかも、格下だとばかにしているムッソリーニの国で作られている。偉大なるドイツ帝国の総統が乗るにふさわしいクルマとはいえない。
出会った人にインタビューすると、「賃金が低くて生活できない」「民主主義に参加しているという実感がない」などと政治に対する不満が噴出する。中東からの難民が問題化しつつあった時期で、「ヒゲだらけの奴らを追い出せ!」「移民の連中が仕事を奪った」とヘイトスピーチを始める輩(やから)も多い。これは演出ではない。人々の反応は、ドキュメンタリーとして撮影されているのだ。
SNSで独裁者が人気者に
ヒトラーの姿を見た時の反応はさまざまだ。あからさまに不快感を示したり、うれしそうにハグしてきたり、リアクションには幅がある。もちろん、本物のヒトラーだと思っているはずはないから、ものまね芸人に対しての対応だ。ヒトラーというシンボルが現れたことで、心の中の声を表出しやすくなる。排外主義者はここぞとばかりに自らの差別感情を彼に託す。
ニセのリポーターを登場させて人々の本音を引き出す手法は、『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』と通ずるものがある。サシャ・バロン・コーエンがカザフスタンのTVリポーターにふんし、アメリカを紹介する番組を制作するという設定だった。田舎町をまわってインタビューすると、外国人ということで気を許したレッドネックたちが「ユダヤ人を殺せ!」と叫びだす。通常のドキュメンタリーでは引き出せない発言だ。
インタビュアーがヒトラーの姿だと、聞かれるほうも歴史に参加している気分になれるだろう。彼に遭遇した人々は、スマホでツーショットを撮りたがる。ヒトラーが悪人であることは知っているが、ポップアイコンという認識なのだろう。自撮り写真はSNSで拡散され、ヒトラーは瞬く間に有名人になる。ユーチューブの動画再生も爆発的な勢いで、ヒトラーの主張は現代ドイツ人の心をとらえていく。
ヒトラーのような人間はネットとの親和性が高い。ハイテンションでストレートな物言いは、見る者の感情を刺激する。単純で強い言葉は耳に心地よく、彼らは知らず知らずのうちに洗脳されてしまう。
メルセデス・ベンツで堂々たる姿を示す
10年以上前に公開された映画『ヒトラー~最期の12日間~』は、今でも人気がある。追いつめられて狂気に陥ったヒトラーがわめき散らすシーンが秀逸で、さまざまなパロディー動画が作られ続けているからだ。特に日本で人気なのは、ヒトラーが「あんぽんたん」「大っ嫌いだ!」「ちくしょうめぇー!」といった空耳セリフを連発するからだ。
勝手に字幕を書き換えることで、ヒトラーの言葉を借りてまったく違うストーリーに仕立てあげる。「総統閣下は◯◯にお怒りのようです」というタイトルで、ユーチューブにはとてつもない数の動画がアップされている。「スバル・レガシィ」のトランスミッションや「トヨタ86」のデザインにクレームをつけるバージョンもあって楽しませてくれる。この映画にも関連があるので、未見の人はDVDをチェックしておいたほうがいい。
ヒトラーはパロディーのネタとしても不動の人気なのだ。笑っていられればいいが、ドキュメンタリーの部分を見ていると次第に不安に襲われる。ヒトラーが「メルセデス・ベンツ280SEカブリオレ」で街なかを行くと、堂々たる威厳に道行く人々は興奮して拍手喝采する。本来ならば「770K」に乗るべきだが、総統の時代にはなかった新世代メルセデスもなかなか似合っていた。
この作品が暴露した事実が指し示すのは、ドイツだけの問題ではない。悪の象徴を登場させて現代の闇を映し出すことができるのはむしろうらやましいくらいだ。わが国では不可能な手法である。日本人がヒトラーを笑うことなどできるはずもない。悪玉を設定して敵と味方を峻別(しゅんべつ)し、怒りをあおって民意をコントロールする政治家が今ももてはやされている。人気投票選挙で圧倒的な票を得て選出された首長を、一転してフルボッコにする茶番が繰り返される。独裁者を求め潮目が変わると徹底的に打ちのめすのは、いつも同じ民衆なのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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