いまだからこそ温故知新!
東京モーターショーのあるべき姿を歴史の中に探る
2017.10.09
デイリーコラム
モーターショウほど素敵な商売はない?
小見出しは1954年に公開されたマリリン・モンロー主演のミュージカル映画、『ショウほど素敵な商売はない』(原題:There's No Business Like Show Business)のタイトルをもじったものである。モーターショーは本質的には商業イベントであり、劇的栄枯盛衰、波乱万丈は宿命なのかもしれない。
東京モーターショーは、幕張メッセで2度目に開催された1991年に、来場者数200万人超とそのピークを迎える。その後も、2007年までは100万人台の半ばを維持していたが、“リーマンショック”後の2009年には61万人に激減した。世情に対する日本人の敏感さが示されたのだろう。2度目の東京ビッグサイト開催となる2013年には約90万人に回復したと思いきや、2015年は約81万人に減っている。この流れは東京だけではない。
ドイツメーカーたちは近隣に需要国を持つ。フランクフルトショーは、リヒャルト・ワグナーのBGMが流れているかのように錯覚させる、壮大なドイツ勢のパビリオンが圧倒的だ。そんな中でよくぞ他国のメーカーが健闘していると思ってきたが、2017年はヨーロッパと日本の9つの乗用車ブランドが降りた。集客も、最盛期の100万を大きく下回る約75万であったという。
フランクフルト、東京、デトロイト、パリの大ショーを離れたメーカーたちは、いずこへ行くのか。多くのメーカーは「ジュネーブに注力する」と答える。スイスは自動車製造産業を持たない国だが、ヨーロッパ諸国からのアクセス性のよさ、“メガ庶民”から“メガリッチ”まで、リアルな購入層が集まる来場者の性質、ショーの中立性、そして「偉大なるマンネリ」とさえ形容できる、華と温かみある雰囲気が強みだ。
そして、最大市場である中国の上海、北京に注力するのも自明のことだ。逆に、既存大手が去ったビッグショーの会場を、やがては国際進出を狙う中国メーカーが埋めるのかもしれない。欧米日の技術知識を吸収したメーカーたちは、かつての日本、韓国メーカーのように欧米のショーに現れることだろう。
世界の先進国、自動車生産国の大モーターショーは、レゾンデートル=存在価値を賭けた正念場に差し掛かっていると思う。歴史はよき教訓であり、また興味ある反復もする。これまでの例を振り返ってみよう。
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栄枯盛衰を味わったイギリスのショー
第2次大戦後、1948年にいち早く再開したのが、ロンドン市内アールズコートで開催されたモーターショーだ。56万人という初年の来場者数は、戦前の最多記録を25万人も上回った。やがて復興なったドイツに抜かれることになるのだが、それまでイギリスは最大の自動車輸出国だった。活気のあった時代で、新型車発表のモデル女性の“露出面積”は年々拡大、ついに1971年ショーで最高潮に達した。私も含め、取材側の大半はスーツにネクタイといういでたちであり、奇妙なコントラストだった。
英国の量産メーカー群は吸収合併、慢性的労働争議と品質劣化などで衰退し、 1975年に民族系のBLMCが国有化、再建を期して1988年に民営化と、波乱の時代を迎える。“アールズコート”は1976年まで続くが、1978年に英自動車産業の集中地、バーミンガムの国有展示センターNECに会場が移り、2004年までここがショーの舞台となった。最近では、ロンドンの波止場再開発会場でディーラー主催のショーが開かれており、ロールス・ロイス、フェラーリなど、大きなショーに出なくなったブランドの車両を見ることができる。
この当時、メディアに人気があったのが、ロンドン、フランクフルト、パリサロンのテストデーである。グッドウッド、ホッケンハイム、モンレリーで、開催国の自動車工業会が国産車を試乗に供した。伝統なのか、最近では“グッドウッド動くモーターショー”で、幸運な者が有名なヒルクライムコースを試走できるとのことだ。
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関係者の取り組みがデトロイトを盛り上げた
北米国際オートショー(通称デトロイトショー)は、デトロイト自動車販売協会DADAの主催である。1987年当時のデトロイトショーは、1月の寒さゆえか、ニューヨーク、シカゴに及ぶものではなかった。複数人で構成されるDADAの副会長らは、精力的に海外の主要モーターショーに出掛けた。現地メーカーにデトロイトへの出展を、ショー関係者に国際ショーへの仲間入りを認めるよう説いて歩いたのだ。かくして、デトロイトは国際モーターショー協会OICAの認証を得て、1989年から北米国際オートショー「NAIAS(North American International Auto Show)」となる。
ビッグスリーもデトロイトでの新型車発表を増やした。そこでNAIAS興隆の立役者となったのが、ビッグ(当時)スリーのデザイン担当役員、ゼネラルモーターズ(GM)のチャック・ジョーダン、フォードのジャック・テルナック、クライスラーのトム・ゲイルである。本社所在地デトロイトの地位を高めるため、彼らは一致してコンセプトカーの多くをここで発表した。
新型車発表では、当時クライスラーCOOであった“ザ・カーガイ”ボブ・ラッツと、当時のマーケティングおよび広報チームが特筆に値する。1992年、デトロイト市長を助手席に乗せたボブ・ラッツは、新型「ジープ・グランドチェロキー」を駆り、会場であるコボホールの正面階段を登り、ガラス窓を突き破って展示場に入った。
その数年後、ピックアップトラックが天井から落下し、ミニバンが人気テレビの主人公のようにカエル跳びで登場し、やはりトラックが床を突き破って出現した。どうやって実現したかをトム・コワルスキー広報部長に直接質問すると、まずラッツとボブ・イートンCEOの“主演”を取りつける。すると関係部門がこぞって予算を供出したという。演出に際してはブロードウエイの舞台特殊効果を雇ったが、ラッツは自ら“絶対安全”を確認したのだとか。こうした手回しのかいもあり、世界へ向けた宣伝・広報効果は絶大であった。
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ツェッチェ博士に見習うべきこと
ダイムラーと合併後も、クライスラーは意表をつく演出を継続した。新CEOのディーター・ツェッチェ博士が、ファミリーカーの発表で自らバーベキューを焼き、ベルンハルトCOOは「ダッジ・バイパー」のエンジンを搭載したド級4輪バイクコンセプト「ダッジ・トマホーク」でごう音を響かせて登場した。
その後、リーマンショックに伴う経済危機により、GMとクライスラーは連邦破産法11章の適用に至る。この時期、ダイムラーのCEOとなっていたツェッチェ博士は、コボホール近くのブック・キャデラック・ホテルでショー前夜祭のホストを務め、メディア向けにコンセプトカーや新型車を紹介していた。イベント後の懇親会に気楽に現れたツェッチェ博士に申し上げた。
「この時期に、このイベントは立派だと思います」
「このキビシイ時期に、この場所で前夜祭を開くことの意義(会場は、半ば廃虚と化していた由緒ある建物を修復し、再開業させたものだった)、お分かりいただけましたか。今こそ、これが必要だと思いました」
ツェッチェ博士のモーターショーは、新車発表時の生演奏、女性、ボーカルとプレゼンテーション、イベント後の会話と、偉大なマンネリとなった。
奇異なことに「国際」を名乗ったことがない東京ショーに話を戻すと、2011年が最も“暗かった”。展示エリアが西と東に分断されたことから来る狭められ感を、トレンディーなのか高級感か、高い小間壁と落とした照明が増幅していた。来場者数が増えた2013年には、会場にも明るさが戻ってきた。2015年で特筆すべきは、欧州勢、特にドイツメーカーの役員やデザイナーの“応援”とも感じられた注力であった。自動車工業会モーターショー委員長の中村史郎日産役員(当時)は、ショー前の1年間、精力的にヨーロッパのデザイントップと折衝していたと聞いた。
意志をもって行動できる旗振り役が、ショーの存在を高める上でいかに重要か。それは、デトロイトでも東京でも変わらない。
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ショービジネスに徹するか、まったく違う道を選ぶか
2017年、東京ショーのテーマ中の「ナレッジ」という言葉が引っかかった。検索すると、IT用語としては「業界知」(……)の意味らしい。しかし、周知ではないだろう。英語の発音は、ノとナの中間。耳慣れない言葉を使うことで興味を喚起しようというのか。これは東京だけはない。デトロイトでは、「コネクテッドカー」が周知される数年前に、米メーカーの技術イベントでこの言葉が使われ、面食らったものだ。
時世が変わり、ショーのテーマも変わるが、反復もする。EV、FCV、安全、環境、燃費、代替燃料などなど。今年は、技術分野ではバッテリーEVやパワートレインの電動化、ドライバー補助や自律走行、クルマのジャンルとしてはSUV/CUVがトレンドか。今年(2017年)のデトロイトでは、カーシェアリングと乗り合いドア・トゥ・ドアに関連するフォーラムやシンポジウム、デモンストレーションも盛り込まれていた。
英知、知識を分けていただくのは歓迎する。しかし、モーターショーの本質は、来場者に生の楽しみを与え、人間に残された少ない貴重な自由な移動の手段である自動車を楽しく、明るく見せることだろう。高邁(こうまい)な理念の前に、ショービジネスに徹することが存続の道だと思う。
一方で、英知、知識のショーとしては、まったく別の在り方も示されている。自動車関連のイベントとして日本が世界に誇れるのが、日本自動車技術会が横浜で開催する大会と展示会だ。一枚屋根の下の展示は、各小間のスペースこそ小さく、モーターショーに比べて質素だが、そこでは世界の有名、老舗、新進のサプライヤーが技術を訴求している。そして、新時代の象徴といえばラスベガスの「CES」こと消費者エレクトロニクスショーである。こちらは産業関係者、研究者を対象としたもので、一般公開はしていない。これらもまた、未来を示すショーの形態であろう。
(文=山口京一/編集=堀田剛資)
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山口 京一
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